第13章 外交儀礼の舞台袖で踊る道化師たち 06/07
帝都防空司令部。
執務室にいたマイアのもとに、急報が届いた。
先日〝ランサー〟の爆弾を〝モアブ〟に換装した際に、2000ポンド爆弾が紛失したことが確認されたというのだ。
「なんたる失態じゃ――兵器管理部はなにをしておった? 担当者とその上官は即刻、逮捕・拘禁せよ。後事はいずれ真相を突き止め沙汰する」
マイアは狼狽した様子もなく、憮然として言った。
また、それにともなって、
〝何者かが、リーベルランドにかかる横断鉄道の橋を爆破する可能性がある〟という報告がよせられた。
警告を発した部隊は、ハーレークイン小隊で――彼らはリーベルラントに不法越境し、爆破を阻止すると言ってきた。
「坊や――また無茶をしおって」
マイアは猶子の無鉄砲に呆れつつ、ただちに対応策を立てる。
まずは稼働可能な、航空戦力の動員だ。
しかし、近接航空支援として――議会の承認を得ず、他国領に出撃するのは違法だ。
厄介なことに、この日に限って――帝国は魔界との講和協定書への署名を控えている。
政治的には内政、外交上――身動きがほとんどとれないタイミングだろう。
「いかがなされまする? おひいさま」
「無論、出撃じゃ――よいか? 此度はあくまで〝捜索救難〟と定める。救難飛竜の援護のために〝最低限〟の護衛として出撃を許可すると、伝えるがよい。リョーエン大尉、ホッグ飛行隊にスクランブルをかけ、海軍にもSARの出動を要請せよ。妾はこれより参内し、陛下より勅命を賜る。馬を引けい!」
椅子から飛び降りて、竜王は宮殿〝神姫〟の坐す――謁見の間へ急ぐ。
「今すぐ横断鉄道の列車を止めるよう言え――スヴェンソン准将に掛け合ってもらうんだ」
ヨハンは端末水晶を通じて、鉄道局と交渉しようとした。
だが、証拠と情報に乏しい状況下では――鉄道局の協力は得られそうもない。
また、大陸横断鉄道は帝国と魔界連邦が共同で出資し――リーベルラントの鉄道公社に、経営と運営を委託している。
正面からでは、もう間に合わない。
「大河を渡る横断鉄道の橋脚は無数にある――どこが標的かわかるの?」
ハーキュリーズのキャビンで合流した、ソフィアが訊いた。
「ああ」
「どうして? 女神様の神託? それとも〝イエス〟という名の、預言者の声が聞こえたの?」
「いつでも聞いてるぜ♡ だって、世界1有名なプログレ・バンドだもんな♪」
「真面目に」
例によって、妖精の少女は――素行不良の大尉の耳を引っ張って叱った。
この場に品行方正にして、文武両道の女騎士の副官――ミリアムがいない代わりに、強い力で。
「痛てて、マジぴえん――でも、これは示威行動だろ? 帝国と魔界を分断するためのな。なら、橋をぶっ壊す場所は限られるはずだ」
「つまり?」
ソフィアが促すと、彼はハーキュリーズのハッチを開いた。
「見ろ――大河の両岸、帝国と魔界を結ぶ軸線には、なにがある?」
上空を飛ぶハーキュリーズからは大河の様子がよく見えた。
ヨハンが身を乗り出すと、その肩に乗った妖精の少女は目を細める。
「リーベルラント?」
敵が帝国と魔界の分断を画策するなら、その狙いは――リーベルラントを挟んだ橋脚を破壊するのではないか。
ヨハンはそう推測した。
さらに、素行不良の小隊長は言う。
「こいつが嫌がらせなら、俺にはよくわかる――俺の特技は〝人の嫌がること〟を進んでやることだ」
「ん」
ヨハンの無駄口を聞いて、ようやくソフィアも同意した。
《ハーレークインたちよ――これより我は低空飛行に移る。50フィート以下まで一気に降下》
ハーキュリーズ級飛竜、バンジョウ大尉が告げると――ヨハンはキャビンのハッチを閉めた。
「お前さんはシニアと残れ」
ヨハンが言うと、妖精の少女は首を振った。
「嫌」
この期に及んで、ソフィアの我儘に――彼は苛立ちを露わにして言う。
「あのなあ――俺たちはこれから、自治領に不法越境すんだぞ? おまけに、やるのはDAとEODだぜ? メスガキちゃんの出番はないっつうの!」
「起爆方法が端末水晶の遠隔装置だったら? 私なら、複数の周波数帯域とチャンネルを同時に妨害できる――それに」
「あ?」
「あなたのそばを離れたくない――と言ったら、嬉しい?」
ヨハンの双眸が見開かれた。
「嬉しくない――あっちいけ」
即答したヨハンの耳にソフィアが小さい声で囁く。
「嘘つき!」
ハーキュリーズというより、飛竜という種全体に言えることだが――彼らは空中に留まることを得意としない。
不可能ではないが、それは単独で行う場合に限られる。
仮に兵員輸送用のキャビンを抱えた状態で行えば、激しい振動で――乗り込んだ兵士はたたではすまない。
地雷を踏んだ車両に乗っているのと同じだ。
ハーキュリーズ級輸送飛竜、バンジョウは――今回の作戦後に、帝国海軍の空母に着艦する予定だった。
そのことを思い出したヨハンは言う。
「バンジョウ大尉! アレスティング・フックを使えないかっ!? 電線に引っ掛けるんだ!」
飛竜は瞳孔を縦に長くした。
《まったく――竜王様の猶子殿は、無茶を申すものぞ》
150歳のベテランの飛竜は呆れつつ、降着用の脚部にある装具の〝爪〟を伸ばす。
これを、鉄道の横に併設された――外灯の電線に引っ掛けろと、ヨハンは指示した。
空母には、着艦用のワイヤーが何本も横に敷かれ――〝爪〟を引っ掛けられる確率を上げる工夫がされている。
その分野に詳しい人に言わせれば、着艦とは〝計算された墜落〟だという。
これを、耐久性の検証や機能の保証もない――ただの電線でやろうと、ヨハンは言い出した。
無謀にも程がある。
《……誘導ボールなし、ILS信号なし――目視のみとは、なんたる野趣。これもまた一興ぞ》
低速、低空で進入しつつ――一瞬だけ、頭から上半身を上に向けて――ハーキュリーズは自身を失速させた。
直後に脚の〝爪〟を電線に引っ掛ける。
無事に〝墜落未遂〟したところで、ヨハンたちは――自動小銃の銃口を下に向けながら、キャビンから飛び出す。
《幸運を祈る、ハーレークインの勇士たち》
彼らの降下を見届けた、ハーキュリーズはそう告げ――翼を広げて、垂直に上昇していく。
《我は上空で待機し、貴官らの通信を中継・支援する――撤退はしない。敵に尾を振る竜など、この世におらぬ。我らすべからく、万里万軍を見据えて雄飛すべし》
飛竜、バンジョウ大尉はそう言った。
そのまま、ヨハンたちは戦闘に入る。
「敵だ!」
「コンタクト!」
線路上での交戦がはじまる。
降下地点に敵がいた、ということは――ヨハンの推測は正しかったことになる。
「シニアはシエラたちと上から狙撃! ブレイク、ブラボー・チームはシュミット、ベイツを連れて敵の爆弾を探せ! ブレイク、アルファは俺に続いてピール・ムーブ! 敵を排除して、ブラボーを援護しろ!」
《シックスへ――ブラボー了解!》
《ハーレークイン・ファイブ、了解――ご武運を、大尉》
ヨハンは片膝をついて小銃を速射した。
「今だ! 行け!」
《大尉! 後方から列車です!》
シニアが警告した。
振り返ると、ヨハンたちの背後――帝国側から進発した貨物列車が、警笛を鳴らしながら迫ってくるのが見えた。
「はー、つっかえ――頼りにならねえ連中だ。マジで鉄道会社の馬鹿ども、話を聞ねえな」
彼は毒づいた。
自分たちの警告や情報を無視した、あるいは――それが伝わるのが遅かった、手続き上の不備に対して憮然としたのだろうか。
「それどころじゃない」
ソフィアが無数の魔法陣を背後に展開し、直進する光線を発振――敵の位置を知らせた。
「アルファ全隊! ピール・ムーブは中止! ブレイク、通り過ぎる列車を遮蔽にして、一気に前進するぞ! シックス、アウト!」
「私は?」
妖精の少女が訊くと、小隊長は親指を立てて言う。
「上から、俺たちに敵の位置を教えてくれ――頼んだぞ、メスガキちゃん♡」
「ん」
「貴重なパンチラ要員の大活躍を、期待してるぜ!」
「任せて」
ソフィアは頷いて、背中の翅を揺らし――鱗粉を輝かせるように、光の筋を伸ばしながら飛翔した。
空へ。




