第13章 外交儀礼の舞台袖で踊る道化師たち 04/07
部下たちの視線を集めたヨハンは言う。
「MOABは保険だ――万が一、あの魔族のガキがとち狂ったときに、確実に仕留めるためのな。以前の作戦で、俺はあの野郎に弾を喰らわせたのに、外れちまったことがある」
ヨハンはソフィアを見た。
「私もその場にいた――彼ら〝使徒〟の末裔は、天候にある程度干渉する魔術を得意としている」
「どういうことでしょう?」
ミリアムが首をかしげた。
「ヤツは空気の壁に真空の隙間を、ミルフィーユだかペチコートみたいに張り巡らせて――弾道を逸らせるんだと。もしくは俺の射撃が下手か。おい、ここ笑うとこだぞ?」
「だって、面白くないもん」
「今日もメスガキちゃんは冷たいな♪」
そう言って、ヨハンはソフィアのスカートを狙って指をはじいて――やつ当たりした。
短いスカートが翻って、淡い桃色の小さな布地が露わになる。
「ほら、ピンクのパンツもスースーしてるぜ♡」
相変わらず、妖精の少女はスカートをめくられても無反応だ。
「大尉っ!」
ミリアムがたまらず、上官の不品行を叱った。
気を取り直して、シニアが神妙な面持ちで言う。
「それでMOABというわけですか――短絡的にも、ほどがあります。大尉」
「……天候を操作できる能力を上回る、爆風を直接ぶつけるんですね」
落ち着きを取り戻した、ミリアムが確認するように訊くと――ヨハンは頷いた。
「マーク84でもいいんだが――奴さんの底力がわからない以上、半端なのを使っても意味ないからな。出し惜しみはなしだ」
「ん」
「お待ち下さい――大尉。そもそも、我々の任務はサムエル公子殿下の身辺警護のはずです。その我々が、なぜ殿下の攻略法を検討しているのですか」
ヨハンは瞬いた。
「だから〝万が一〟って言ったじゃん? いくら講和の特使って言っても、奴さんは魔族なんだぜ? 平和の使者が本当に額面通りとは、限らないだろ」
「……」
ミリアムは思わず黙ってしまった。
それから、数日前のヨハンの言葉を思い出す。
〝握手を片手で交わすのは、もう片方の手で銃を持つためだろ? お互いにな〟
この上官は、日頃から不品行と不見識な言動を絶やさないが――いざ、戦いとなれば信用できる。
外交という、互いに腹を探る舞台の上では――正直さは命取りになりかねない。
「警護の話に戻るが、お前さんは殿下に張り付いてもらう――礼服はあるよな? シャツにはきっちり糊を利かせておけよ」
ミリアムは意外そうな顔をした。
王侯貴族の護衛ともなれば、責任者であり――部隊の最高階級の人間が、対象の傍を固めるものだ。
その慣例を敢えて破るとヨハンが言った。
こういうとき、彼には必ず何か別の狙いがある――というよりも、悪いことを企んでいるはずだ。
「では、大尉は?」
「俺は別働隊を率いて〝ヒャッハー〟だ――前回はドタバタして、放っておくしかなかったが、この機会に暗殺犯どもは懲りずに仕掛けてくるだろう? そうはさせん。1人残らず、ぶっ殺す♪」
彼は笑みを浮かべて親指を立てた。
「わかりました――大尉の名代として、サムエル殿下の直衛に付きます」
ヨハンは頷く。
「頼んだ――シニア、あんたは前と同じくハーキュリーズに乗り込んで、全体の統制をしてくれ」
「了解」
「私は?」
ソフィアが訊いた。
「いつも通り、通信の管制だ――シニアに同行して、随時状況を俺に報告しろ。並行して、周辺部隊の通信の傍受もやってくれ」
「ん――わかった」
「では、次に――暗殺者の動向と前回の襲撃未遂を踏まえた上での、警備計画ですが……」
帝国海軍、連合艦隊旗艦〝ギャルリー・デス・グレース〟を中心に――艦隊は輪形陣を組む。
陣形を保ちながら〝彼女たち〟は大河を遡上した。
艦隊は数日かけ、事前に通告のあった――大河の中間地点で、魔界連邦の艦隊と邂逅を果たした。
そこから数十海里ほど離れた洋上。
千年前の、最初の世界大戦を通じてよりわわ〝中立〟を貫いた立会人も集った。
代表して、セイレーンやレヴィアタン――自由と平和を謳歌する、大小さまざまな海竜たちが集結し、歴史の一幕を見届ける。
彼らは大艦隊を組んで、ともに大河を下り――帝都から最も近い湾を目指す。
帝国と魔界の海軍が艦隊を組むのは、これが初めてのことだ。
それから3週間後。
帝都の港に艦隊の陰が見えた。
「行こう」
礼服を身に着けたミリアムが、部下を率いて上陸舟艇に乗り込んだ。
波打つ豊かなプラチナ・ブロンドの髪と、濃紺の外套の裾をなびかせ――礼装の女騎士が現れた。
ミリアムのエメラルドの瞳が、任務の使命感と栄誉の情熱に萌えている。
「おや」
それを見つけた魔族の美少年は、褐色の肌を輝かせて――少しだけ意外そうな顔をした。
しかし、すぐに微笑をたたえて――彼女との再会を喜んだ。
サムエルをはじめとした、魔界側の代表団は舟艇に分乗――ギャルリー・デス・グレースに接舷した。
ミリアムが間に立ち、旗艦の艦長と連合艦隊を指揮する提督を――サムエルに紹介した。
海軍の重鎮たちは、魔界の藩王公子にして――親善特使を自分の舟に迎えられたことに、感謝と歓迎の社交辞令を述べた。
「それで〝彼〟は?」
調印式が始まる前に、儀礼用の金糸の刺繍がふんだんに施された――豪奢な白装束に着替えるサムエルが、衝立越しに訊いてきた。
ミリアムは背を伸ばして答える。
「殿下に対し奉り謹んで申しあげます――スミス大尉は、ご親近を騒がせうる賊を討伐するため、本日未明より出撃されました。大尉からは〝サムエル藩王公子殿下におかれましては、ご無礼とご容赦を賜りたい〟との由です」
この品行方正な副官は、畏まって――ヨハンの、
〝お邪魔虫どもをヒャッハーで駆除してくる♡〟と言った捨て台詞を、適切な言葉遣いに翻訳した。
「うん――わかったよ。彼が本当は何と言ったかを含めてね。再会が楽しみだ」
魔族の貴公子は、人懐こさを匂わせるような――柔らかな笑い声を立てて頷いた。
相変わらず、この〝使徒〟は――幼さと妖艶さを兼ね備えた、妖しい魅力の持ち主だった。
「ところで、彼が〝人に無礼を赦してもらう〟ことって――あるのかな?」
付添の侍従に、頭にターバンを巻きつけてもらいながら――サムエルが言った。
「……」
ミリアムは答えに窮してしまった。
同じ頃。
郊外に建つ屋敷に、アルファとブラボー・チームが接近する。
ヨハンたちは、サムエルを狙う暗殺犯の情報を得て――その隠れ家に強襲をかけるところだ。
場所は帝都の郊外にある、断絶した貴族の屋敷である。
持ち主が転々とした後に、民間の海運会社が税金対策の一環で保養施設として購入したものだ。
彼らは表の私道ではなく、裏手の林から小川を渡渉してきた。
川べりに身を伏せ、
「……」
ヨハンは手信号だけで、ブラボー・チームの部下たちに――所定の位置へ移動するよう指示を下した。
水を吸ったブーツの内側から、歩くたびに水が抜けていく。
屋敷の裏の林と庭を隔てるフェンスを、部下がボルトクリッパーとワイヤーカッターを駆使して――無音で切断する。
その間に、ヨハンは端末水晶を通して――別働隊の狙撃班に呼びかける。
「シエラ・チームへ――シックスだ。ピクチャーをくれ」
《シックスへ――こちら、シエラ・ワン。標的を捕捉。いつでもどうぞ》
《ツー、同じく》
「シックス了解――シエラは合図を待て。ブレイク、ブラボーへ。現状は?」
《シックスへ――こちらブラボー・チーム。掩護位置につき、LMGを2挺セット済み》
「シックスより、シエラとブラボーへ――そのまま待機しろ。アウト」
部下の報告を聞いたヨハンは、小銃の安全装置をはずした。
彼はヘルメットの前を拳で2度叩きながら、
「ブリーチャー、前へ」と命じた。
彼らの周囲は、狙撃班とは別の位置に――軽機関銃で重武装した援護班が陣取って、周りの監視をしている。




