第13章 外交儀礼の舞台袖で踊る道化師たち 03/07
ヨハンは席を立つ。
「ちょっくら、試射と精度を出しに行ってくる――なにかあれば、射撃場へ来い」
工具と私物の弾薬を手提げバッグに詰めて出た背中に、ソフィアが声をかける。
「ご飯までに戻って」
しばらく経った頃。
昼食の時間になっても戻ってこない、ヨハンを呼びに――ソフィアがやってくる。
「前より点数が下がってる――下手っぴになった?」
標的の孔を数えた妖精の少女が訊いた。
「フロントサイトが大きくなったせいだ――単純な精度はけっこう落ちてる。両手持ちの25ヤードで、前は3インチにまとまったが、今は7インチに散らばってる」
「点数がいらないの?」
「その代わり、近距離でのスピードが格段に速くなったぞ――2発目以降のコンマ2秒がどれだけの差か、わかるか? ヒントは、少尉のおっぱいとおんなじくらいだぞ♡」
「すごく大きいってこと?」
饒舌なヨハンは、目に見えて上機嫌な様子で――銃とは無縁の、妖精の少女に語った。
ソフィアはソフィアで、それを大人しく聞いている。
以前の彼女ならば、
〝興味ない〟または〝ふーん〟と返したところだろう。
「精度より速度?」
「跳ね上がった照準を、見つけやすくなった」
「ん」
軍隊では拳銃を使う場面は限られる。
そのため、あまり重要視されていなかった。
そもそも小銃に比べて、有効射程と威力が桁違いに低い。
将校の護身用といった、消極的な用途にしか運用されていないのが実情だ。
ところが、ハーレークイン小隊のような――不正規戦に特化した部隊となると、話は別だ。
拳銃は小さい武器で、隠匿携帯しやすい。
民間人を装っての諜報活動、通行人に紛れての要人警護――といった任務に適している。
また、市街戦では狭い場所での戦いも強いられる。
そこでは、限られた遮蔽物を有効に活用しなくては生き残れない。
そのためにも、小さく構えられる拳銃を積極的に使用する必要が生じてくる。
これらを踏まえて、ヨハンは積極的に拳銃を使用するため――基本性能を見直す必要があると判断したようだ。
広告の謳い文句に有効な、
〝25ヤードでワンホール(※ただし屋内のレストマシンでの結果)〟という理想を無視して。
実際の人間が〝どう撃つか〟に的を絞ることを念頭に置いて。
当初は銃身をはじめに、内部の大幅な改良を施そうとした。
だが、市販されている高精度な部品と――帝国陸軍の制式弾薬に使われている、雷管との相性が悪かった。
そのため、不発や装填――閉鎖不良が頻発した。
市販の競技用に使われる、高信頼性弾薬を用いたときには――それらの諸問題は発生しなかった。
とはいえ、軍隊という組織は弾薬の管理に厳格だ。
支給火器には、支給弾薬を込めなくてはならない――これに従うならば、拳銃の改良は慎重にならざるを得ない。
「ふーん」
ヨハンの説明と愚痴と無駄口を聞かされた、妖精の少女が、
「そんなのより、ご飯が大事――だって、今日はキッシュの日だもん」と言った。
2人は昼食の後で執務室に戻った。
そこで、シニアから統合参謀本部に出頭するよう――通達が来たことを伝えられた。
「またかよ、マジぴえん――〝ルビャンカ〟に行かなきゃなんないの、やだやだヤダモン・カルダモン」
駄々をこねながら、ミリアムとソフィアに留守を任せ――ヨハンはシニアと統合参謀本部に出向いた。
そこで、例のごとく――ハーレークイン小隊に新しい任務が与えられる。
内容は要人の警護だ。
帝国の代表と魔界連邦の特使が、6週間後に洋上の艦上にて調印式を行う。
また、その日の夕刻には晩餐会も催されるそうだ。
ヨハンたちに任されるのは、
〝普通の帝国軍将兵の誰もがやりたがらない〟魔界側の特使の警護だ。
「これは先方からの希望である――〝ぜひ貴官らに身辺警護を頼みたい〟と特使閣下ご本人が仰せらしい」
統合参謀本部の陸軍次席幕僚の1人、取次役である――スヴェンソン准将が言った。
「まさか……」
ヨハンには嫌な予感しかしなかった。
「先方の特使は、サムエル藩王公子殿下ですな――魔界のやんごとなきお方は〝変わり者〟がお好みなのでしょう」
シニアの補足に准将は頷いた。
「左様――では、よろしく」
「やだぁあああ!」
若者の駄々を年長者たちは無視した。
翌日。
ヨハンは小隊の幹部と各班長を召集して、警備計画の基礎方針を決める。
「公子殿下の移動手段にも、飛竜を運用するのですか」
「異論があるか? 上級曹長」
「いいえ――しかし、飛竜も万能ではありません。ましてや帝都を飛行するとなると、発着地点は限られてきます。民間の飛行場を徴発するとしても、晩餐会の会場までは結局、馬車で移動するのでは? 飛竜を使う意味が……」
いつもながら、シニアの懸念は妥当だ。
しかし、ヨハンの悪知恵は――すぐに解決策を弾き出す。
「会場に直に降りればいい――そのために、無駄に広い庭のある貴族の屋敷で晩餐会を開くよう、ボーマン大佐の名前を勝手に使って上申した」
ヨハンはミリアムを見た。
「……? 小官になにか? 大尉」
「お前さんの実家にも、なかなか広い庭がありそうだな」
「唐突になにを仰る……」
「ほーら、こんなに広いじゃないか♡」
ミリアムの言葉を遮って、ヨハンは帝都の外苑の――とある伯爵家の図面をテーブルに広げた。
地権者の欄には〝フォン・シメオン伯爵〟とある。
「まさかっ!?」
「ピンポーン♪ 里帰りができるし、お父っつぁんに元気な顔を見せてやれよ――少し時間もとれるし」
ミリアムは嘆息した。
彼女は唇を尖らせて言う。
「エフライム閣下の御用邸を拝借されたら、済んだのではありませんか?」
有能な副官は、ヨハンの養母の権勢を借りてはどうかと提案した。
隣にいた妖精の少女も同調してくる。
「あのお城みたいに大きなお屋敷なら、何も問題ない」
「あー、俺もそれ訊いたんだ――でも〝人間どもの外交に、竜族が絡んでは帝国の鼎の軽重〟がなんとかかんとかって、ロリババアが宣ったらしい」
帝国太傅、エフライム侯爵にして――竜王たるマイアが難色を示したのは〝神姫〟の威信を守る内政面、魔族の使者を竜族がもてなすことへの、外交的配慮の双方が背景にある。
帝室とも縁があり、由緒正しく――現当主に軍歴のないシメオン家は、まさにうってつけと言える。
「というわけで、次だ次――なんだっけ?」
「近接航空支援についてであります」
シニアが補足した。
「空軍から与力として派遣されている――バンジョウ大尉を含め、2騎のハーキュリーズ級輸送飛竜が、狙撃班の半数を乗せて出撃する予定ですが」
ミリアムの言葉にヨハンは首を振った。
「ランサーを呼ぶ――MOABを載せてな」
「なっ!?」
「それは無茶です――大尉」
ミリアムが驚き、シニアは憮然とした顔で首を振った。
〝ランサー〟とは、帝国空軍の戦略爆撃飛竜の俗称だ。
高高度の超音速巡航と、亜音速での地形追随飛行を行える――帝国の飛竜の中でも随一の実力者たちである。
1万3千騎という、膨大な空軍戦力を保有する帝国にあって――わずか45名しかいない。
そして〝MOAB〟とは〝全ての爆弾の母〟という略称の通り、帝国の航空戦力が投射できる中で――最大の爆弾だ。
重量だけでも、2000ポンド爆弾の10倍を超え――加害範囲は半径で数クリックにも及ぶ。
燃料気化爆弾が、爆竹に見えてしまいそうなほど凶悪な兵器で――1発で街をまるごと吹き飛ばせる。
そんな代物をいったい、なにに使おうというのか。




