第13章 外交儀礼の舞台袖で踊る道化師たち 02/07
ヨハンは自動小銃から弾倉を抜き、槓桿を引いて――弾丸を排莢した。
それから、ミリアムからよく見えるように銃を構える。
「教本だと――こうやって、第1関節の先っちょで〝静かに絞れ〟って習うよな?」
「はい……その通り、やっているつもりなのですが」
それでも彼女は〝弾着が右に逸れる〟と先ほど語った。
副官の乙女が頷くと、彼は槓桿を引き――引き金を指先の腹で絞って、空撃ちした。
僅かに銃口が右にぶれる。
「ほら、これが〝ガク引き〟だ――原因は、指がトリガーを巻き込んでるせいかな。こんなふうに、教科書通りにやって駄目なら、別の手を使えばいい」
「……?」
ミリアムは困惑を禁じ得ないようだ。
しかし、無理もない。
〝正しい〟からこそ、教本に載っているのではないか――ところが、正しい方法を実践した自分は上手く出来ない。
ようやく、先ほど仄めかした裏技を――ヨハンは実演して見せる。
再び、槓桿を引き――同じように引き金を絞った。
だが、今回はぶれない。
「ここを使うんだ――第1と、第2関節の間のとこを。そうすると、人体の構造と銃の仕組みが噛み合って〝ガク引き〟自体ができなくなるから。やってみろ」
そう言って、ヨハンは自分の小銃に弾丸が装填されていないことを――再び確認してから差し出す。
「こうですか?」
ミリアムは教わった通り、引き金に指を深く絡めてみる。
「そうそう――そのまま引いてみ? いいねえ♡ 巨乳でスケベな女騎士のエロい〝指使い〟はたまらん♪」
不埒なことを言って、彼女の平常心をあえて乱してくる――ヨハンはこの常習犯だ。
「っ……!」
引き金を絞った。
空撃ちの音がし、ミリアムの構えた小銃の先端――銃口ははたして、全くぶれなかった。
小隊の幹部たちは、日々こうして――部下や自分たちを鍛える方法を模索する。
全ては、より危険で過酷な戦場で生き残るために。
「大尉――上級曹長。次から小官も参加します」
「泥んこ遊びだけ、手伝ってあげる――ほら、こっち向いて」
妖精の少女は、泥だらけだったヨハンの顔を拭く。
彼はソフィアのなすがままにされつつ答える。
「そんじゃ、お前さんが命令役な? 体を持て余した女騎士が、妖精のメスガキに蹂躙されるのって、興奮するし♡ 〝天国の門〟をノックしてやれ♪」
不良の小隊長が煽ると、品行方正な副官と妖精の少女は顔を見合わせる。
「ミリアム少尉に意地悪すればいいの? 任せて」
「お手柔らかに頼む――エインセル准尉」
「駄目」
ソフィアは微笑して言った。
翌日。
「うーん……」
珍しく、真面目に机に向かっているヨハンが――うめき声を漏らした。
その手元には新聞がある。
いつになく真剣な眼差しだ。
「……?」
ソフィアは新聞を読む上官を訝しんだ。
彼女は抱えていたペンを立てて、翔び上がると――ヨハンの背後にまわった。
肩の上に立って、
「求人欄――軍隊を辞めちゃうの?」と妖精の少女は訊いた。
「えっ!?」
成り行きを横目に、書類仕事をしていたミリアムも顔をあげた。
「そろそろ、クビになるかもしれないからなあ」
「っ!?」
机を立ったミリアムが、
「こんどはいったい、何をなさったのですかっ!」と声をあげた。
ヨハンの奇行と、不埒な言動は数えたらきりがない。
「俺はなにもしちゃいねえって」
「本当に? また嘘つき虫にかじられてない?」
ソフィアが顔を覗かせて、念押しした。
「というか、お前さんたちも他人事じゃねえぞ――ほら」
そう言って、彼は新聞をめくり――1面が見えるようにした。
見出しには、
〝帝国と魔界連邦の講和、ついに〟とあった。
数ヶ月に及んだ外交折衝が、ようやくいち段落したらしい。
新しい条約の締結のため、近々――両国の大使が集って調印式が執り行われる。
「魔界との仲直りと、私たちになんの関係があるの?」
「大アリだろ? これで帝国と魔界がまかり〝間違って〟和解なんてしてみろ? そしたら軍縮が進んで、軍事予算も削減――そのしわ寄せが真っ先に来るのは〝得体の知れない、問題ばかり起こす小隊〟だ。部隊は解散、人員の再編成で俺のクビが飛ぶじゃん?」
「……」
ミリアムは無言でうつむいた。
ヨハンの考えは珍しく真っ当だ。
仮に魔界連邦との講和で、この国に久しぶりの平和が訪れたら――帝国政府は財政緊縮の政策の一環として、軍縮を進める。
「ってのは冗談として」
「は?」
ミリアムが訊き返すと、ヨハンは細巻き煙草を取り出して――ソフィアを見た。
「ん」
妖精の少女が指を鳴らして、魔法で火をつける。
「いやほら、こういう条約って本音と建前ってやつがあるから――握手を片手で交わすのは、もう片方の手で銃を持つためだろ? お互いにな」
「……つまり?」
ソフィアに促されるまで、不健康な煙を味わった彼は話を先に進める。
「これからは不正規戦や突発的な武力衝突、対ゲリラ戦闘やテロへの即応と対処が必要になってくる――さて、ここで次の問題。デデン♪ 現状の帝国軍で、即応展開と不正規戦に最も特化した部隊はどこでしょう? 北部の永久凍土で捕虜労役に従事するより忙しくなっちまったら、俺はマジで辞めるぞ」
「……」
「……」
部下の乙女たちは揃って答えなかった。
「しかしこれ、新聞ってのはろくな求人が載ってねえな――別に欲張るつもりはないが、ほどよく殺伐としたアットホームな職場で、給料が今より高いのがいいんだが。年俸は1万シリングでいいや」
「そんなの、載っているわけないでしょう」
「どさくさに、今より2倍の給与を要望した――図々しい」
ミリアムに続いて、ソフィアも揃って呆れた。
それから彼は、机に広げた新聞の上で拳銃の整備をはじめた。
「やっとで新聞が役に立つぜ♪」
オイルや煤の汚れを紙に吸わせながら、彼は言った。
弾倉を抜いて、スライドとフレームを分離し――銃身を抜きとる。
「これなに?」
ソフィアが、机にあった小さい箱の上に降り立って訊いた。
「新しい照準だ――拳銃のな」
工具を使って、スライドから照星と照門を取り外す。
ソフィアに箱からどいてもらい、新しい部品を取り出して――元と同じように組み込む。
照準を固定するネジに、緩み止め材を塗って。
その様子を眺めていたミリアムが訊く。
「支給品に手を加えるのは、問題になりませんか?」
「外装だからいいってさ」
基地司令のボーマン大佐に、彼は事前に許可を貰っておいたらしい。
「装備点検のときには、素のスライドに戻すしな――シリアルはフレーム側に彫ってあるから、絶対バレないぜ」
「こういうときだけ、手際がいいんですね……」
副官の皮肉を聞き流して、素行不良の上官は――元通り組み立てた拳銃のスライドを引いた。
「……」
薬室に弾丸が入っていないことを、入念に確かめている。
それから、ヨハンは拳銃を構えてみる。
新しい照準は元々の部品よりも大きい。
背が高く、照門と照星には半透明の樹脂と――腕時計の夜光塗料に使われる、トリチウムの発光管が埋め込んであった。
構えてみると、照星は視野の中でかなり大きく目立つ。
「この前、うちにもサイレンサーが入ってきただろ? でも、銃口の先っちょにある〝筒〟に、照準が隠れちまうんだよな――至近距離ならともかく、7ヤード離れた人間の頭を狙うなら、照準が使えないと困るだろ?」
「ふーん」
その説明をソフィアは聞き流した。




