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01

挿絵(By みてみん)

 今から1年前。

〝ハーレークイン小隊〟が結成される前の、ヨハンの物語。

「ねっとりしていってね!」

「ねっとりさせてね! すぐでいいよ!」

 子どものような、あるいは若い女性や少女に似た声が――前線の後方で聞こえた。

 ヨハンが立ち止まって悲鳴の方を見た。

 そこに部下の下士官や兵卒たちがいた。

 彼らは粘体生物の魔物を捕まえて、煙草の火を押し付けたりしている。

「熱いぃいいい!」

「熱い熱いさんはあっちいって!」

「ねっとりできなくなっちゃう!」

「ねっとりできないと、死んじゃうよ?」

「わからないの?」

「ばかなの? 死ぬの?」

「死んじゃうのは、くそ人間にしてね!」

「くそ人間は死んでね!」

「すぐでいいよ!」

 粘体生物の魔物は、拙い発音の標準語で〝命乞い〟をしていた。

「このスライム、めっちゃ喋るな!」

「いいこと考えた――おい誰か、酒保からパスタの茹で汁と塩を盗んでこい」

「どうするんです? 伍長」

「浸透圧ってあるだろ? あれでこいつの水分抜いたら、どうなるか見てみようぜ!」

「あー、いいっすね」

 ほぼ完全に膠着した前線の士気は低い。

 敵も味方も退屈な戦争をだらだらと続けている。

 それに、ヨハンは飽き飽きしていた。

「いかがされましたか――中尉殿」

 隣にいた中隊長補佐の上級曹長――シニアが訊いてきた。

「けしからん」

 新任の中隊長はそう呟いて、

「おい!」と下士官と兵士たちに詰め寄っていく。

 ヨハンが歩きだすとシニアが続いた。

「傾注!」

 その号令とシニアをひと目見て――下士官たちはその場で直立した。

 それからヨハンに敬礼した。

 この短いやりとりで、現場にいる下士官や兵士たちの印象がわかった。

 彼らは、若すぎる上官に対して不信感を持っているのだと。

 ヨハンはその空気を無視して訊く。

「邪魔して悪いな――で、なにやってんだ?」

「中尉殿にご説明せよ――そこ、ホーキンス伍長」

 指名されたホーキンスは、

〝非番の間、暇を持て余して――捕まえた粘体生物で遊んでいた〟と、丁寧な口調で語った。

「現住動物――魔物の虐待は軍規違反である! 承知の上か!」

 シニアは厳しい口調で咎めた。

「でも――上級曹長、こう暇だと、他にやることがないですし」

 別の下士官が、とりなしてもらえないとかとヨハンを見た。

「スミス中尉殿、この者たちへのご処罰を」

 シニアはこういった場合――中隊を率いる士官がどう綱紀粛正を命令として下すか。

 ヨハンのことを値踏みするつもりで訊いたようだ。

 軍規に厳格に則れば――下士官や兵の不満が溜まり、甘くすれば舐められる。

「暇なら、俺と一緒に射撃練習しようぜ」

「え?」

「はい?」

 ヨハンは処分を保留して言う。

「そいつらを虐待しちゃ不味いんなら、せめて有効活用しよう――あ、お前さんたち、スライム捕まえんの得意そうだから、百匹ほどよろしくな。それでチャラにしてやる」

「えぇ……?」

 かくして、ヨハンの中隊は射撃場に集められた。

〝射撃と弾丸の殺傷力〟の野戦講習の始まりだ。

「スライムの身体って9割近くが水だけど――こうやって、浸透圧を利用して水分を抜くと、人体の組成に近づいていくんだ。そこで、みんなあの〝的〟に注目な」

 銃剣で指した方向に、射撃場に立てられた的がある。

 標的には、粘体生物の魔物がくくりつけられていた。

 距離は50ヤードから300ヤードまで、様々だ。

 目の焦点を目標からフロントサイト――照星に合わせて、狙いを定める。

「……」

 静かに息を吐いて――意図的に心拍数を下げた。

 ヨハンは手本を示すように、その標的を次々に撃っていく。

 最後のひとつは、かなりの距離があったものの、彼は立ったまま1発で命中させた。

「もっとねっとりしたかった……」

「もうねっとりできない…………」

「どぼじでごんなごどずるの……」

 誰にも聞かれることなく、粘体生物の魔物たちは最後の言葉を残して事切れた。

「お、委託なしの立射で当てたよ――あの中尉」

「へえ」

「所詮、的あてじゃん」

「現場で粋がって――17分で死ぬ方に賭けようぜ」

 そこそこの射撃を披露しても、下士官たちの印象は様々だ。

 新任の将校が前線で戦死する平均的な時間は、17分だと統計が出ていた。

 小銃から抜弾して、負い革を滑らせて背中に銃を回すと、ヨハンは講釈を続ける。

「というわけで――今、人体に近い組成のスライムを撃った。じゃあ、当たった弾がどうなるか、直に見に行こう。サイレンを鳴らせ!」

 射撃場では的の近くに人が立ち入る時に、安全確保のために警報を鳴らす。

 粘体生物の魔物の身体は、半透明のゼリー状をしている。

 これを利用して、ヨハンは銃弾がどのように殺傷力を発揮するのか。

 机の上の講義では、誰も耳を傾けてくれない話を――下士官や兵士たちに聞かせることに成功した。

 後日、

〝大量の粘体生物の魔物を虐待したのではないか〟とヨハンは連隊本部から査問を受けた。

 彼は直属の上官から遠回しに、

〝素行不良の下士官を売り渡して、綱紀粛正の点数を稼げ〟という助言をされた。

 しかし、彼は無視した。

 査問の場では、

「士気高揚と中隊の親睦を深めるため、射撃練習をしただけですが――なにか?」と言って、すっとぼけた。

 ヨハンだけが譴責に処された。

 しかし、この件をきっかけに――彼は〝融通と機転の利く隊長〟として、下士官たちに信頼される。

 ヨハンは幼年学校出身とはいえ、異例の早さで出世した。

 この20代の中隊長を不審に思っていたシニアも、彼の采配と面の皮の厚さは上官として頼もしいと思いはじめたようだ。

 それでも――部隊の人心を掌握しても、ヨハンたち前線の将兵に、武勲を立てる機会はなかなか巡ってこなかった。

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