08
《シックス、シックス――こちらセブン。応答を願います》
「おっと、顔が良くてスケベな身体をした女騎士からの定時連絡だ――こちらシックス、送れ。少尉」
ヨハンが無駄口を叩きながら通信に応答する横で、ホーキンスが笑った。
ソフィアは氷で出来たルビーのような瞳を細くしている。
《シックスへ――ブラボーは展開を完了しました。今なら、無傷で救出対象を確保できるかと。どうぞ》
ミリアムの提案は実に模範的だ。
「待機してろ、セブン――いまこっちが討って出れば、流れ弾がルートビアにも当たっちまう。小銃やLMG弾ならともかく、無反動砲の84MMはマズイだろ? 確認したら送れ」
「ルートヴィヒなのに」
ソフィアが訂正したがヨハンは無視した。
《セブン、了解――待機します》
「セブンへ――引き続き、周辺警戒に気を配ってくれ。撤退のとき伏兵に遭いたくないからな。身体を持て余してるってなら、付き合ってやってもいいが」
《命令でなければ小官は従いません――セブン、アウト》
ミリアムからの通信が切れると、ヨハンは再度、端末水晶で小隊に命じる。
「シックスより全隊へ――あのアホが身の程を思い知ったら、一気に仕掛けるぞ。ブレイク、交戦規定をもう1度告げる。よく聞け。爆発物の使用は全面的に禁止。グレネード・ランチャーとグスタフの出番は最後だ。ブレイク、アルファはこれより距離を詰める。確認したら送れ」
《ワン、了解》
《ブラボー・ツー、命令を確認いたしました》
「行くぞ」
ヨハンは部下たちを連れて前進した。
その後。
ハーレークイン小隊は、ルートヴィヒが力尽きた瞬間を狙いすまして急襲した。
ヨハンはすぐに突撃分隊を2分割した。
シニアが指揮する救出組に6人を割いて、残った15人の火力を1点に集中。
2門の無反動砲の多目的榴弾と、梱包爆薬を駆使して〝守護者〟を撃破した。
撤収地点に移動中、ルートヴィヒは担架に揺られ――意識を取り戻した。
「なんだ貴様らっ!? 無礼者!」
部下たちの援護に就いていたヨハンは、音を立てないように舌打ちした。
「どうもどうも、ルートビア様――我らは帝国陸軍です。この危険地域で奮戦なされたあなたを、帝都までエスコートしますので、安んじてお任せあれ」
彼はこれでも、なるべく慇懃に言ったつもりらしい。
しかし、ルートヴィヒは身ぐるみを剥がされていることに気がついて――さらに喚き立てた。
「あー、もう――うるせえ。シニア、やっちまえ」
その命令を歴戦の上級曹長は予想していた。
小隊軍曹のシニアは、応急処置器具を取り出した。
普段はモルヒネを打つための注射器だ。
中身はプロポフォールとフェンタニルの〝カクテル〟を充填してある。
「失敬、閣下」
シニアはそう言いながら、容赦なくルートヴィヒに注射した。
1分ほど騒いで――白金の冒険者は大いびきをかきはじめた。
それを見たヨハンは言う。
「誰か濡れタオル作ってくれ――この野郎の息の根を止めたくなった」
「なにしに来たかを忘れた? 記憶力が足りないの?」
ヨハンの愚痴に、ソフィアが辛辣に言った。
同じ頃、緩衝地帯の内陸で〝天候不順のために不時着〟していた飛竜がいた。
ヨハンたちは彼と〝偶然〟出会うと、キャビンに分乗し帝都に帰還した。
ハーレークイン小隊は、初陣にもかかわらず――達成困難だと思われた任務を、あっさりと果たす。
しかし、それはこれから起きる――さらなる厄介事の呼び水になるのだ。
もっとも、彼らは知らなかった。
特に、指揮官がまったくそれを認識していなかった。
第99連隊基地に戻り、ヨハンは部下たちに解散を命じた。
武装や装具を返却した下士官たちは、我先にとシャワーで汗を流した。
それから、平服に着替えて――帝都の盛り場に繰り出していく。
どうやら、彼らは〝臨時収入〟を得たらしい。
それを質店に持ち込んで、換金したようだ。
後日のことだが、帝都の質店には磨き込まれた白銀のフルプレートメイルが飾られた。
その持ち主、または買い手が現れるのを待っているらしい。
いっぽうで、士官の執務室では――ヨハンたちが居残りをしていた。
「大尉、こちらにもご署名を」
ミリアムが書類の束を机に乗せてきた。
「ふぇえん――もう備品の損耗申告書は書き飽きたよぉお」
「パラシュートが29、予備が29。降下用装具のハーネス、ヘルメット――それから、識別灯の蛍棒も同数。他にも糧食のパック」
「それもう書いた! はず!」
「あとはオヤツ――増加食と浄水剤と、陣地構築で傷の入った、折りたたみトレンチツールが……」
ソフィアは残酷な数字を列挙していく。
小隊を預かる幹部として、彼らは作戦に出るたびに報告書と格闘を強いられる。
ところが――ハーレークイン小隊の指揮官は、壊滅的に書類仕事が苦手だという。
それを補佐するミリアムとソフィア、それからシニアの苦労は絶えない。
「まだあります――発砲した弾薬の申告と、消費した爆薬の申告、それからこちらは、ゼブルン侯爵家より賜った〝感状〟です」
「礼節に則り、お返事を書くべき」
ソフィアが常識に従って補足した。
「その通り――エインセル特務准尉、さすがだ」
「ん」
ミリアムとソフィアは、先ほどから少しだけ楽しそうだ。
「失礼」
執務室の扉が開いて、お盆を両手にしたシニアが現れた。
隻眼の偉丈夫が繊細な手つきで――毎回こうして、をヨハンのためにカプチーノを用意してくれる。
「少尉もどうぞ――お疲れでしょうから、甘くしました」
「ああ、すまない……」
初陣から帰ってきて飲んだ――この日のカプチーノの美味しさは、今まで味わったことがないものだった。
「っ……!」
瞠目したミリアムを一瞥して、シニアは満足そうに微笑した。
「准尉殿にはこちらを――シードルに蜂蜜を入れてあります。あまり混ぜず、お召し上がり下さい」
「ん」
和み始めた空気を、ソフィアの抑揚に乏しい声が通り魔のように切り裂く。
「消費弾薬が間違ってた――訂正しなきゃ駄目」
ヨハンはあっさりと音を上げる。
「もうやだぁあ! こんなの俺がやりたい戦争じゃない!」
「口より手を動かして」
妖精の少女は上官の駄々を一刀両断した。




