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02

挿絵(By みてみん)

 話は25年前――はじまりは4半世紀ほど遡る。

 当時の帝国は大騒ぎだった。

 今上の〝神姫〟ヴィクトリアが生誕した日――先代が崩御したせいだ。

 諸般の事情で、ヨハンには両親がいない。

 また、縁故もない彼を養子にしようという奇特な人間は帝国にはいなかった――人間には。

 代わりに手を挙げたのは、歴代の〝神姫〟を庇護してきた竜の王だ。

 他の竜族から〝おひいさま〟として畏れ、敬われ――実力こそを序列の基準とする、竜たちの社会で君臨し続けている。

 この世界では文字通り、力の象徴である。

 名をマイア・ウンドーミエル・ケレブリーアン・フォン・エフライムという。

〝この子は――これより妾の猶子とする! 異論やある?〟

 いくつかの、例外的な前例はあったものの。

 当然ながら帝国の上流社会では、物議を醸した。

 ところが、マイアは帝国の法で禁止されていないことを論った。

 彼女は、その日のうちに――全ての法的手続きを済ませてしまう。

 ヨハンの後見人という立場を確固たるものにした。

 そして生まれて間もない赤子を猶子として、連れ去るように私邸へと帰った。

 マイア自身は、侯爵位を帝室より賜っており、貴族院や帝国空軍においても地位のある人物だ。

 彼女は、普段は使わない権勢を――ここぞとばかりに発揮したのだろう。

 既に断絶して久しい子爵家を、苗字のないヨハンのために与える動議を発した。

 過半数の賛成票と〝神姫〟ヴィクトリアの摂政を務める、宮内尚書の承認も得た。

 こうして晴れて、ヨハンにはスミスという姓と――子爵家の家門が与えられた。

 もっとも、断絶して久しいゆえに、領地も財産もなにもなかったが。

 マイアの庇護下に置かれたヨハンは、成長にともなってスミス家が軍人の家系だと知ると、幼年学校に入学した。

 育ての親であるマイアが、空軍中将という立場だったこともあり、その影響だろうと推察される。

 幼年学校を卒業したヨハンは、准尉として帝国陸軍に任官。

 3年後――20歳で少尉に昇進した。

 ところが前線の駐屯地である日、彼は問題を起こした。

 自らの出自とマイアを嘲弄した上官を、その場で叩きのめして重傷を負わせてしまう。

 帝都に召喚されると、准尉への降格の通達を受けた。

〝休暇を与える〟という名目で、謹慎処分も下った。

「暇だなあ」

 謹慎中のヨハンは、

「軍服を着てなきゃバレないだろ」と粗忽に判断して、宿舎を勝手に抜け出した。

 同じ頃、帝都では〝神姫〟が通年の祭祀に合わせて、戦没者の慰霊を行うと宣言した。

 帝都は大変な賑わいだった。

 余談だが、帝都では特別な例外を除いて――内燃機関を用いた車両の通行が禁じられている。

 これは経典にある静寂を保つためと〝神姫〟の座する、帝都の空気を汚さないための配慮だ。

 そのため、産業革命から2百年近くも経ったというのに――この帝都では馬や乗り合い馬車、路面電車が市民の主な交通手段だ。

 憲兵から近隣の歩兵連隊の兵士まで、大通りはびっしりと将兵が警備し、車列を護衛していた。

 ヨハンはそれを見て、

「こんな兵力余ってんなら、前線に送れよ――ばーか、ばーか」と毒づいた。

 前線から帰った将校の卒直な感想だ。

 10年近くも戦争を続けたせいで、戦線は完全に膠着している。

 塹壕は大河の上流から下流に、前線基地は肥大化をつづけた。

 今では、それぞれがひとつの街のように張り巡らされていた。

 前線でヨハンは、大隊長の副官補佐をしていたが、

〝余計なことはするな〟と、上官に何度も注意された。

 彼としては、自分の裁量でできることを提案したつもりだった。

 だが、1週間近くも寝る間を惜しんで作成したOPORD――作戦計画書は、灰皿の吸い殻と一緒に燃え尽きていった。

 それを思い出していたこと、人ごみで細巻きに火がつけられずにいたことが重なり――ヨハンは苛立っていた。

 不意に、両手に山ほど風船を抱えた道化師が目についた。

「うわ、気持ち悪っ――あっち行けよ。もしくは顔に青のペンキを塗ったくって、頭にダイナマイトを巻きつけて、おっ死ね。あの映画のラストみたいに」

 生まれつき嫌いな道化師を一瞥して、その背中を蹴飛ばそうとしたとき。

 大通りはひときわ大きな歓声に包まれた。

 どうやら〝神姫〟のお出ましらしい。

 道化師の風船が宙を舞いはじめ、それに周囲の人々の目が奪われる。

「……?」

 ヨハンは違和感を覚えた。

 近くで硝煙の臭いが鼻についたのだ。

 また、すぐ目の前にいたはずの――道化師が姿を消していた。

 さらに、同じように通りの反対側からも風船の塊が飛んでいくのが見えた。

 ちょうど〝神姫〟の乗り込んだ、6頭立ての宮内省の馬車を取り囲むように。

 それでも彼は、

「いやいや――きっと気のせいだ」と自分に言い聞かせた。

 ところが。

「!」

 不意に爆竹のような音がした。

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