03
銃声ではなく――風船が次々に偶然を装って、弾けたようだ。
人々がそれに気をとられた一瞬のあと。
大通りに4人の道化師がいっせいに飛び出してきた。
「敵襲!」
ヨハンは声を張って、上着の下から拳銃を抜いた。
道化師たちが、扮装の中から武器を取り出す。
それより、僅かに彼のほうが早く動き始めた。
「!」
ヨハンが迷わず上空に発砲すると、周囲は騒然となった。
悲鳴をあげながら――見物客は恐慌状態に陥った。
銃声のそばから少しでも離れようと、大通りに飛び出す者までいる。
「……」
ヨハンは狙いをつけた。
人通りの切れる一瞬の隙を待ち、2発ずつ速射して通りのこちら側にいた道化師を撃つ。
残りは3人。
次に邪魔な見物客を押しのけ――というより、
「邪魔だ! あっち行け! ヒャッハーさせろや!」と蹴飛ばしたり、投げ飛ばした。
彼は大通りに出て、残りの道化師たちを仕留めようと――発砲しながら前に進む。
あと2人。
弾丸が尽きて、スライドが後退して止まる。
拳銃のグリップを捻って空弾倉を飛ばしつつ、左手で新しいものを取り出す。
標的を視界に捉えながら、拳銃を再装填するためにスライドを引く。
ところが、武装した憲兵に彼は取り押さえられた。
「馬鹿野郎! 俺は味方だ、ボケ! 税金泥棒!」
自分を捕まえた憲兵たちに怒鳴っている間に――陸軍の近衛連隊が、残った2人の道化師を取り囲んでいた。
道化師たちは近衛連隊の騎兵に命じられるまま、武器を捨てて投降の意志を表す。
「不用意に近づくな! その場で撃ち殺せ!」
往生際がよすぎると、ヨハンは感じていた。
周囲の喧騒と、自分を怒鳴りつけてくる憲兵の怒号を無視して――彼は自分が撃った道化師の死体を見た。
扮装の下に身につけているものを見て、背筋が凍りつく。
ヨハンは、
「爆弾だ!」と叫んだ。
「!?」
「ピエロどもは自爆チョッキを着込んでる! 逃げろ!」
一瞬だけ、憲兵の拘束が緩んだ。
その隙を突いて、後頭部の頭突きを浴びせ――強引に逃れた。
後ろ手に手錠を掛けられたまま――駆け出す。
背後から発砲されたが、銃撃はすぐに止んだ。
「撃ち方やめ! 撃ち方やめ!」
憲兵たちが狙うヨハンと、馬車のそばにいた――別の近衛兵と近侍に囲まれた〝神姫〟が、一直線に重なったせいだ。
徒歩で避難しようとしている〝神姫〟のもとに、ヨハンは倒れ込むようにして飛び込んだ。
「慮外者! って――お主はっ!?」
「太傅様! お下がりくださいませ!」
「痴れ者め! 〝守役〟とはすべからく、陛下の盾であれ!」
誰か――マイアと同じ声が、別の近侍と怒鳴り合った。
ヨハンは構わず〝神姫〟の服の裾に、文字通り食らいついて、
「いやっ!」と、怯えた彼女の悲鳴を聞きながら――その場に押し倒した。
純潔を保つ貞淑な巫女が見ず知らずの男、それも手錠をかけられた不審者に組み敷かれたら、
「きゃぁああああああ!」と悲鳴をあげるのも、無理はないだろう。
ヨハンはそれを聞いて、
「いつものお澄まし面より、可愛いじゃん♪」と囁いた。
「っ!」
その直後、道化師が扮装の中に仕込んだ爆弾を起爆した。
轟音が背後で響く。
ほぼ同時に、彼は背中に何かが刺さるのを感じ――それを最後に気絶した。
道化師たちによる〝神姫〟弑逆未遂事件。
この際において――帝国陸軍の青年将校が、身を挺して国家の象徴を守った。
非番にも関わらず、自ら銃を手にし――暗殺者をその場で2人も排除した。
マスメディアが大喜びしそうな一報だ。
しかし、報道管制が敷かれた。
後日の宮内省の公式会見では、
〝近衛連隊と、憲兵がテロリストを鎮圧した〟と発表された。
これは言うまでもなく手柄をヨハンに横取りされてしまったこと。
それから、帝国軍の警備体制が脆弱だったことを――民衆から誤魔化すための国策だ。
また、それらよりも問題がある。
神聖不可侵たる〝神姫〟の玉体を、非常手段とはいえ――地面に組み敷いた者がいる。
どう言い繕っても、こんなことは発表できない――という事情だ。
代わりに、太傅であり竜族の長であるマイアが、爆弾に身を晒した――ということになった。
一方、爆弾の破片を〝本当に〟背中で浴びたヨハンは、帝都の病院に収容された。
奇しくも、そこは彼が生まれたところだ。
意識を取り戻したヨハンに、面会に来たのはマイアだった。
彼女は上官に代わって、昇進が決まったと告げてくる。
それも〝中尉〟になったと。
「戦死扱いの2階級特進なら――水着のプレイメイツに囲まれて昇天したいんだが? 水着を脱いだプレイメイツでもいいぜ」
彼が軽口を交えて、なぜかと訊くと、
〝先日の、降格処分が取り消された上での昇進だ〟とのことだ。
さらに、マイアはもうひとつ、見舞い品を持参したと語った。
「細巻き煙草か葉巻か? ちょうど欲しかったんだ」
ヨハンの期待は裏切られた。
マイアが病室の扉を開くと、別の客が入室してきた。
「っ!?」
その正装した相手を見て、珍しくヨハンは驚いた。
政治に疎い彼でさえ、現職の宮内尚書の顔は忘れていなかった。
宮内尚書――ローゼンクランツ伯爵は〝神姫〟が成人する前は、帝国宰相を務めていた貴族院の重鎮である。
しかし、ヨハンが驚くべきなのは別にある。
この国でも最も高い地位にいる政治家が、直々に面会に来てくれた――その理由だ。
「ヨハン・ユージン・スミス――帝国陸軍中尉殿。詔勅でござる。謹んで、拝聴めされよ」
彼は玉璽の押された、羊皮紙の書状を広げながら読み上げた。
要約すると、今回の功労を〝神姫〟御自らこれを労いたい。
よって、後宮――〝神姫〟の私邸の敷居をまたぐことを許可する、というものだった。
これがマイアの用意した〝見舞いの品〟ということらしい。
「は?」
呆気にとられたヨハンをよそに、口上を述べた宮内尚書は一礼してさがった。
彼はマイアに会釈すると、病室を出て行く。
「ようやく、この日が来た――最後のご奉公の仕度を急がねば。帝国がために」
人払いを済ませた廊下で、宮内尚書――ローゼンクランツ伯爵は言った。




