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04

挿絵(By みてみん)

「どうしてこうなった?」

 ヨハンは病院を退院すると、礼服に身を包んで宮殿に向かう馬車の中にいた。

 襟を飾るのは銀色の一文字、中尉の階級章だ。

 足もとはいつものヌバック革ではなく、つま先と踵を磨き込んだ――フルグレインレザーのジョッパーブーツで固めてある。

 上着の内ポケットには、

〝くれぐれもお取り扱いは慎重に〟とローゼンクランツ伯爵から渡された――プラチナ製の身分証があった。

 それは存在自体が、一般には周知されていない――特別なものだ。

 後宮に上がるために、近衛兵の固める裏門を通過する際に提示することになっている。

 後宮は〝神姫〟の私邸であり――よほどの緊急事態を知らせるためでなければ、敷居を跨ぐことなど出来ない。

 それができる太傅、ヨハンにとっては養母の――マイアからはそう聞かされた。

 中庭の庭園には白亜のテーブルと椅子、それから日除けのためのガゼボが設えられていた。

「ようこそ」

 そう言って〝神姫〟は1人で現れた。

 いくら私邸とはいえ、両脇に近侍を従えていると思っていた――ヨハンは虚を突かれた。

「あ――陛下。このたびは……」

 慌てて、彼はその場で跪いた。

「おやめなさい――ここは、公式の場ではありません」

「しかしながら……」

「それに! わたくしにも名前があります――あなたには、ぜひヴィクトリアと呼んでもらいたいのです」

〝神姫〟ヴィクトリアは語気を強めて言った。

「陛下がそう仰せといえども、恐れ多いことで――鼎の軽重が、なんとかかんとかされますでしょう?」

「それもおよしなさい――せっかく、同い年なのですもの。もっと気軽に、そう、友人同士がするような、気のおけない間柄で交わす口調で話してくださらない?」

「いや、タメ口は不味いでしょう――あ、やっべ」

 うっかり、ヨハンは口を滑らせた。

 しかし、ヴィクトリアは怒るどころか――むしろ表情を一気に明るくして言う。

「そう、それです――いいえ、構わないでしょう。兄妹なら、家の中では普通に話すものです。それがたとえ、王侯貴族でも〝神姫〟でも」

「ん……?」

 ヨハンは首をかしげた。

「わたくしは、あなたの妹ですの――ごきげんよう、お兄様」

 ヴィクトリアは言った。

「はあっ!?」

 混乱の連続だ。

 自分に妹がいるという話は、マイアから聞いたことがない。

 ましてや、それが〝神姫〟だとは。

 仮に言われても信じなかっただろう。

 ヴィクトリアは微笑して、椅子をすすめてくる。

「そうそう、太傅――マイア小母様から伺ったのですけれど、お兄様はカプチーノがお好きと。こんどおいでになるときは、ご用意いたします。でも、今日のところは普通のお紅茶でご容赦をなさいまし」

「あのババア、余計なことを」

 ヨハンは反射的に、この場にいない養母に文句を言った。

 ヴィクトリアは自ら、ティーサーバーからカップにお茶を注ぎ――失笑を漏らした。

「わたくしが10歳のとき、小母様がこう仰いましたの。〝そなたの兄君が幼年学校に入学した。彼奴はいずれは、元帥杖を手にして帝国を守るであろう〟と。わたくしも兄がいるとは知らずにいたから、とても驚いてしまいました」

 それからヴィクトリアは、なぜヨハンが生後間もなくマイアに引き取られたか――真相を明かした。

 帝国は代々〝神姫〟を国の御柱に据えて、統治される国だ。

 そのため、女系を守り続ける必要がある。

 そして、男児は帝室の権力を分散させる――不穏因子となり得る。

 本人の意志にかかわらず、周囲にその血統を利用されるのが常だ。

 そのため〝神姫〟が男児を出産した場合、特別な手続きが要る。

 具体的には典医によって〝死産〟が報告され、生まれた子どもは父親に〝養子〟として引き取られるのが慣例らしい。

 何らかの事情で、父親が不在の場合であれば。

 ヨハンがそれに該当するのだが、猶子として――いずこの貴族家に引き取られることもある。

 彼がマイアに引き取られたのは、海軍将校だった父親が事故死したためだという。

 さらに、ヴィクトリアからは恐ろしい話を聞かされた。

 黎明の古代や暗黒の中世においては、男児を産湯で〝清め〟ていたそうだ。

 ヨハンは今の時代に生まれて、幸福だったようだ。

「ちょっとお待ちを――陛下」

 ヨハンはヴィクトリアの説明を途中で遮った。

〝神姫〟は唇を尖らせて、

「はい?」と訊き返した。

 おそらく、口調が気に入らなかったのだ。

「待てや――このスベタ」

 ヨハンは意識して、普段よりも粗雑な言葉遣いと発音で言った。

 それを聞いたヴィクトリアは、再び破顔して――あらためて訊く。

「はい、なんでしょうか? お兄様」

「なんでいま、俺にそんな話をした? 俺がトチ狂って〝じゃあ帝国乗っ取るわ〟ってなったらどうすんだ?」

 ヨハンの疑問に、ヴィクトリアは声を立てて笑った。

「それはありません」

「なんでわかる?」

「これは〝神託〟です――お忘れのようですが、わたくしは巫女ですの。お兄様なら、世界中を敵に回してでも、きっとわたくしと帝国を守ってくださいますわ。すでに体現なさっておいでですし。ご自身を盾とし、爆弾に身を晒したのは、誰あらぬお兄様です」

「……」

 呆れるとともに、ヴィクトリアが自分の妹だと――少しだけ実感が湧いてきた。

 物事を自分に都合よく解釈するところ。

 立場を悪用して相手を説得しようとするところ。

 育った環境が別でも、双子の兄妹は似るのだろうか。

「だから、そのために必要な地位と権限をお兄様にご用意いたします――唯一の肉親のためなら、ヴィクトリアはなんでもいたしますわ。ええ、なんでも!」

〝神姫〟は瞳を怪しく輝かせながら、力強くヨハンの手を握った。

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