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05

挿絵(By みてみん)

 こうして中尉に昇進したヨハンは、再び前線に舞い戻ることが出来た。

 また、念願だった自分の部隊を率いることも――辞令として通達された。

 中隊長に就任した彼の下には、帝国陸軍で最古参の上級曹長――シニアと呼ばれて、恐れられている古参兵が、中隊長付き軍曹に就くことになった。

 通常、中隊長の下に上級曹長がつくことはない。

 本来ならば大佐、または将官の補佐につくべきだろう。

 おそらくこれも、ヴィクトリアによる〝特別措置〟のひとつだろうか。

 経験不足の若すぎる中隊長は、いい意味でシニアの期待を裏切った。

 ある日、ヨハンはシニアに訊いてくる。

「空挺徽章を持ってるやつって、うちに何人いる?」

 この上官は――またしても、良からぬことを考えているのだろう。

 シニアはそう予感した。

 それでも、嘘の報告をするわけにもいかず、正直に答えた。

「ちょっと足りないな――よその中隊から、引っこ抜くか異動の上申してくる。駄目なら与力って体裁でいこう」

 数日後。

 ヨハンは高級煙草と将校用の蒸留酒の酒瓶を手土産に、

〝作戦計画書の清書を手伝ってほしい〟と、シニアに頼んできた。

 ヨハンが立てた作戦は、空挺で展開した少数部隊による、敵への破壊工作だ。

 標的は野戦砲台――列車砲だった。

 しかし、問題は夜間に行う点だ。

 そこをシニアが指摘したものの、

「夜じゃないと、敵に見つかっちゃうだろ?」とヨハンは頑として譲らなかった。

 シニアは、上級空挺徽章を有した少数部隊が新月を利用して――秘密裏に潜入すること。

 天候に恵まれている日であれば、可能かもしれないと告げた。

「それが聞きたかった! あんたの口からな!」

 それから彼は、手段を問わずに各中隊の先任の隊長たちを説得した。

 必要な人員をかき集めるために。

 また、強引に連隊本部に作戦計画書を承認させた。

 このときの作戦は、天候に恵まれたことと、いくつかの幸運の巡り合わせが功を奏した。

 ヨハンたちは、敵の戦略兵器である移動式野戦砲台――列車砲を、テルミットを用いて完全に破壊することが出来た。

 巨大な砲弾に引火した2次爆発を背後に、彼らは無事に撤退までこぎつけた。

 連隊本部は、手柄の上前を跳ねようと――その情報を統合参謀本部に報告した。

 久しぶりの戦果に帝国軍は盛り上がった。

 彼らは同じような戦術をより大規模に駆使して、一挙に魔界連邦本土に浸透し、橋頭堡を確保できることを期待した。

 作戦名は〝オーバーロード〟と名付けられた。

 ラジオの歌が決行の合図だ。


   秋にバイオリンが長い溜息をついた♪

   単調なメロディが、心を傷物にして♪

 

 だが、わずか数日前。

 作戦中止が全軍に通達されてしまった。

 帝国の外交官が、都市国家群に対して――意図的にその情報を流したのだ。

 これを受けて、帝国と魔界のいずれに味方するかを迷っていた――中洲の都市国家郡が、総意として帝国への恭順を示した。

 軍事均衡が崩れた。

 そして、間もなく魔界側から停戦交渉の打診があった。

 中隊は戦勝ムードに湧いていた。

 だが、1人だけ憮然として機嫌を損ねている人間がいた。

「俺の花火大会がぁあああ! ふざけんなぁあ!」

 もちろんヨハンだ。

「マジ、都市国家郡のやつらの根性無し! 島国根性! 今畜生! 外交官どもが、余計なことしやがって! くたばれ背広組! いつか統合参謀本部のお偉方の前で、歌って踊ってやる! 〝ご機嫌いいとも♪〟の替え歌とセットで!」

 士官用の幕舎に戻って横になると、辞書に載らない語彙を尽くして悪態をついた。 

 ようやく、戦争が楽しめると思った矢先の出来事だっただけに――彼は心底悔しそうだ。

 しばらくして、落ち着きを取り戻した彼は小声でつぶやく。

「っていうか――裏で糸を引いてんのは、あのブラコンサイコ女なんだよなあ。陛下ちゃん辣腕すぎてマジぴえん……」



 帝都に戻ったヨハンは、再びヴィクトリアに呼び出された。

 兄の帰国を〝神姫〟は喜んで出迎えた。

「戦争はまだ終わっていません」

「いや、終わりだよ終わり――もうちょっとで、今頃は河の向こうでドンパチ賑やかにしてたのに」

 ヨハンは玩具を取り上げられて、すねた子供のようだ。

 ヴィクトリアは兄の機嫌をとるため――過日の約束に従って、カプチーノを用意した。

 テーブルをはさんだ向かい側ではなく、隣に座ってから神姫は言う。

「戦というものは、講和が成立してから終わるのです」

「どうせまた揉めるんだろ? 結局――どっちも河の利権は独占できなかったんだ」

 その指摘にヴィクトリアは目を伏せた。

「たとえ、仮初の帳だとしても――この10年というもの、あまたの血が流れてしまいました。こちらもあちらも、民には安らぎが必要です。おわかりになってください」

「甘いもんだな」

 ヨハンは鼻を鳴らして、カップの上に盛り上がった泡を舐めて言った。

「そちらは政の分野ですから――一方で、帝国に仇なす軍事的脅威が消失したわけではありません。国の内外を問わず」

「うん?」

「お兄様には、新たに部隊を編成していただきます」

 ヴィクトリアは自らの計画をヨハンに話した。

 勅命をもって機動的に作戦を遂行する――遊撃部隊を作って欲しいそうだ。

 任務の内容は――主に潜入と情報収集、破壊工作、要人の誘拐・暗殺、奇襲と即時の離脱となるだろうと。

「それ、独断で決めちゃ不味いだろ」

「独断ではありません――統合参謀本部議長と統帥本部総長と憲兵総監、それから陸海空軍の各元帥には、内閣経由でお伝えするよう手を回しましたもの」

「お前さん、怖っわ」

「お褒めにあずかり恐悦です」

 ヨハンの率直な感想に、ヴィクトリアは上品に笑い声を立てた。

 その上、双子の妹は腕にしがみつくようにしてくる――指まで絡めて。

「いや――だから怖いって! あと、お触りは駄目!」

「あら? 前にお外でヴィクトリアのことを組み敷いたのは、お兄様です――つまり、今さらですわ。ちょっとくらい、よいではありませんか? 全てをわたくしに委ねてくださいまし」

 あろうことか、ヴィクトリアは服のボタンに指をかける。

「やめて! 乱暴しないで!」

「まあ――お兄様ったら、照れてらして、可愛いですわ♡」

「いやぁああああ!」

 ヨハンの情けない悲鳴が、庭園にこだました。

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