06
1週間ほどして、ヨハンに辞令が下った。
中隊長は解任――他の将兵と同様に停戦の直前までの勲功を認められて、1階級の昇進が内定した。
大尉となったのである。
また、欠番だった第99連隊を再編成したため――その直属の第1小隊、通称〝ハーレークイン小隊〟の指揮を執るようにと。
それからしばらく、ヨハンは部隊の編成に忙殺される。
彼は小隊軍曹として、実際に下士官や兵たちを束ねる人物として――前線にいた頃に世話になったシニアを引き抜いた。
本名はジョン・デイビッド・サイガンという。
ただ――この隻眼で白髪の偉丈夫にして、伝説の兵士は敵味方問わず畏れられており、誰もが本名で呼ばない。
ヨハンですら敬意を払って、ただ〝シニア〟と称している。
彼は帝国陸軍に年齢を偽って、弱冠13歳で入隊した古参兵だ。
それからの軍歴は、すでに40年近くに達する。
終戦時には既に、下士官として最高位の階級にあった。
開戦から終戦まで前線にいた勲功を認められ、それに報いるために――名誉階級として名高い〝帝国陸軍最先任上級曹長〟という階級と、1代限りだが名誉騎士の称号を叙された。
「全陸軍に1人しか持ってない階級章は――あんたにこそ相応しい。なにしろ、元帥たちよりも古株なんだし」
「たまたま生き残っただけの老兵に、身に余る光栄です――小官のことよりも、大尉、ご昇進おめでとうございます」
2年ほどの付き合いだが――自宅を訪ねて用件を告げたヨハンを、シニアは歓迎した。
「中隊長付から、小隊軍曹じゃ格落ちなんだが」
「構いません」
「まだ何をやる部隊か、実は俺もわからないんだが」
「大尉――僭越ながら申し上げます。あなたは小官に〝戦え〟とお命じになれば、よろしいのです」
シニアは以前、ヨハンが贈った高級酒の栓をあけた。
グラスに注いだ酒を掲げて見せて、
「スランジバール」とひといきに飲み干した。
その晩は2人で酒瓶が空になるまで飲み明かした。
前線での思い出話と、互いの第一印象を語り合う本音をぶつけて、笑い声を響かせた。
「さしあたっての問題ですが――まずは、幹部を集めましょう。小隊ということですから、我々を除いて、将校である副官と准士官の合わせて2人が必要です」
「副官はなんとなく、優等生タイプがいいってのはわかるが――残りの准士官って、どういう基準で選ぼうか?」
ヨハンが訊くと、シニアは少し唸ってから持論を語る。
「もしも小官が小隊を預かる身でしたら」
「教えてくれ――あんたの長年の経験だけが、ただひとつの武器だ」
「一芸に特化した者を推薦します――これは准士官に限らず、他の兵たちもですが。単独行動をとる遊撃隊が戦場の霧の中で絶えず生き残るためには、従順な凡夫の集団では話になりませんね。もっとも、より大規模の大隊や連隊規模の部隊を率いるとなると、今度は凡夫の兵を群として運用したほうが有効でしょうが」
そこで言葉を切って、酔い醒ましに用意した冷たい炭酸水を、新しいグラスにそれぞれ注いだ。
「統合参謀本部の思惑を推測しますが――おそらく、お歴々は先の大尉の空挺での活躍ぶりに感心されたのではありませんか? そこで、それを専門にした小隊を実験的に編成したいのでしょう」
「一芸、か」
「ご参考になれば幸いです」
ヨハンはシニアの宿舎を後にした。
それから2人は、第99連隊基地、通称〝ノーマッド〟に正式に小隊本部を設置した。
また、各部隊から伍長以上の下士官をかき集めた。
終戦間際の空挺作戦に参加した古参兵。
初めてヨハンが率いた、中隊に属していた者が中核だ。
全員が、優秀な小銃手でありながら専門技能を身につけた――実戦経験者たちだ。
ただし――素行の悪さと扱いにくさに定評がある、問題児でもある。
その筆頭が、ヨハン自身であることは言うまでもない。
「大尉――副官と准士官の人事について、統合参謀本部から矢の催促です」
シニアから助言を貰ったが、いまだにどういう人材を立てればいいのか――明確な見通しはなかった。
「差し出がましいことですが」
シニアは今年の春に、幼年学校を優秀な成績で卒業した者たちの経歴書を並べていく。
「もう、この中から選んじゃうか?」
彼は手近にあったミリアム・フォン・シメオンという、女子の幹部候補生の経歴書を手に取った。
「この、ホッケーマスク被ってナタ持ってて都合よくテレポートする殺人鬼に、クオーターバックとの甘い初体験を邪魔されたり、恐怖映画かサメのあれの冒頭でエロい目に遭って――真っ先に死にそうなのはどうだ? あと、なんだこの33のDって? こんなスケベな乳袋が、Dカップのわけないだろっ? 30のFってとこか。なんで逆サバ読んでんだ、このお嬢ちゃん」
ヨハンの無駄口を聞き流して、シニアは所見を述べる。
「素晴らしいご慧眼です――彼女は本年度の首席ですよ。その功績を讃えて、准尉ではなく少尉として、任官先を統合参謀本部が探しているところだそうです。シメオン伯爵家のご令嬢で、剣術と馬術では全国大会にも出場、さらに、幼年学校に途中編入する前には全寮制の帝国修道院在籍しており、准看護師の資格まで取得しています。多少の融通さに欠けたところを除けば、副官として申し分ありません」
そのミリアムが、正式にハーレークイン小隊の副官として任命された。
これをヨハンとシニアが知ったのは、翌日だ。
上層部からの、半ば一方的な通達だった。
「俺たち、監視されてんじゃね?」
ヨハンはわざとらしく、執務室を見回しながら言った。
「いいえ――むしろこれからでしょう」
「……そういうことか」
「ええ」
得体の知れない命令系統で新設された、ハーレークイン小隊――これを上層部が監視するためにミリアムを送り込んできた。
おそらくそうだろう。
ヨハンとシニアの見解は一致した。
「一応、指揮官の権限で異議の申し立てを行うことはできます――いかがなさいますか」
「いや、いい」
ヨハンは首を振った。
「そしたら、もっとやりにくい奴が送り込まれてくるんだろ?」
シニアは頷いて、ヨハンの机に淹れたてのカプチーノを置いた。
「それに……」
「はて?」
シニアが訊き返すと、彼は大真面目な顔で言う。
「俺は1度でいいから、女騎士ってやつに命令をしてみたかったんだ――でもって、そいつの口から〝く〟で始まるマントラを聞きたい。楽しみだ!」
第2章 戦後の平和は次の戦争への準備期間




