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01

挿絵(By みてみん)

 ある日の午後。

「ちょっと出てくる」

 ヨハンはそう告げて、外出手続きをとって出かけた。

 どういうわけか、濃紺の礼服に着替え――つま先と踵が光沢を帯びるまで磨き込んだジョッパーブーツまで履いて。

 その上からいつもの丈の短いトレンチコートを羽織った。

 副官に続いて、准士官まで統合参謀本部からのお目付け役に来られては困る。

 そのため、彼は目星をつけた人材に――急いで当たらねばならなかった。

 先日、シニアからは、

〝一芸に秀でたものを部隊に引き込め〟と助言された。

 そのためには、いくつか問題を解決せねばならない。

 酒保の売店で新聞を買い、後宮のヴィクトリアを訪ねる。

「まあ! 嬉しい――ちょうどお兄様のことを考えていたのです!」

 帝国の最高権力者は、異例の表敬訪問に破顔して歓迎した。

 そこで〝神姫〟に帝国が抱える人権改革を、をひとつ一足飛びで、

〝どうにかならないか〟と頼み込んだ。

「なにをお考えですの?」

 ヴィクトリアは怪訝な顔をした。

「たしかに――10年前に戦争が始まったせいで、いっときは棚上げになっていましたから。早いうちに布告を出すべきでしたが」

 ヴィクトリアの言う通り――10年前、正確には15年ほど前から帝国は民生改革の政策を進めていた。

 しかしそれは魔界――対岸の巨大連邦国家と、大河の領有権や中洲の都市国家群との国際関係を巡る世界大戦のせいで、有耶無耶になっていた。

 ヴィクトリアとしても、戦後からの脱却として〝帝国の開明さ〟を国際的に訴える必要があると、感じていた。

 渡りに船というべきか、彼女はこの世界で最も信じる双子の兄に背中を押されたことになる。

 ヨハンに請われるまま――羊皮紙に文章を書き込んでいく。

「……♪」

〝神姫〟として帝国に君臨するヴィクトリアとしては、他人の指図で〝何かをする〟という感覚が新鮮なのだろうか。

 青墨のインクをつけた、ペンのニブの先端につけた――プラチナが羊皮紙をこする音は軽い。

 玉璽の押された巻物に封をして、双子の兄に下賜する。

 ヨハンはその場で膝をついて、恭しく受け取った。

 彼は足早に後宮の庭園を横目に、裏門から出ていってしまう。

「お茶くらい、ご一緒してくださってもよろしいのに――もう!」

 慌ただしく出ていく兄の背中を見送る、ヴィクトリアは少し唇を尖らせた。

「お兄様の意地悪! こんどこそ〝いい子いい子〟していただきますから――覚えていらっしゃいまし」



 翌日。

 帝都中央にある、寺院の敷地内には通信管制塔が立つ。

 ここでは多くの妖精族が忙しなく働いている。

 寺院の入り口で馬を降りたヨハンは、シニアとここで分かれる。

 准士官として、

〝通信の専門家を部隊に加える〟と聞かされた小隊軍曹は、諸手をあげて賛成した。

 ところが、それを妖精族に頼む――というアイデアに、彼は難色を示した。

 戦場を縦横に駆ける――遊撃部隊の命綱は、情報の正確さと早さだ。

 この技術において、妖精族よりも長けている種はいないだろう。

「しかし、かなりの特例となります――帝国軍法でも、市民権の問題が絡んできますし。強引に進めれば、人権侵害と憲法違反を問題視されかねません」

 シニアの懸念はもっともだ。

 まず、妖精族は竜族と同様に帝国に恭順している。

 だが、様々な政治的な理由で市民権を認められていない。

 そして帝国の軍は、入隊する条件として〝市民権を持つ者〟を対象にしている。

「帝国が妖精族に市民権を与える布告を発したら――どうなる?」

「……まさか」

 シニアは笑って、そんな都合の良い偶然が起きるわけないと言おうとした。



「そんじゃ、スケベな身体をした女騎士のほうは頼んだ――右はいいけど、左のおっぱいは俺に残しといてくれ」

 その減らず口を聞き流して、シニアは訊く。

「了解――大尉、その封筒はなんですか?」

「賄賂だ――これで妖精のメスガキを買収する」

 そう答えると、上級曹長は怪訝な顔をした。

 彼が知っている限り、妖精族というのは竜族と同様に公明正大だ。

 その彼女たちに、賄賂や買収といったものが通じるはずがない。

 しかし、上官は自信たっぷりだ。

 彼の常だが、こういうときのヨハンには必ず勝算がある――ただし悪巧みにもとづく。

「なにか妙計がおありのようで――ご武運を」

 短い付き合いではあるが、この上官は年齢こそ若すぎたが、愚か者ではない――はずだ。

 おそらく。

 シニアは列車で隣の州にある、幼年学校に向かうため駅に馬を走らせた。

 ヨハンはヨハンで、静まり返った寺院の聖堂に入るなり、いつもの調子で言う。

「辛気臭いツラ構えオブザイヤー君、おっすおっす♪」

「ご用件を伺います」

 愛想笑いを知らない聖職者に受付で訊かれ、

「ソフィア・エインセルを脅迫しに来た」とヨハンは答えた。

「は?」

「帝国陸軍、第99連隊直属の第1小隊指揮官、ヨハン・スミス大尉だ――取り次げ」

 彼は一方的に言って、踵を返すと寺院のロビーにあるベンチに腰掛けた。

 そのまま足を組んで、禁煙の注意書きを一瞥した上で細巻きを取り出してマッチを擦った。

 しばらく煙草を味わっていると、

「ここは禁煙」と真上から声がした。

「なら、そこで焚いてるお香も消せよ」

 顔を上げると細い足が見えた。

 絹よりも細い繊維で編まれた――極端に短いスカートを履いた妖精の少女が浮いている。

 青い銀色の髪が、背中から生えている蝶とよく似た翅の起こす風で揺れた。

「よう――メスガキ妖精ちゃん」

「ん」

 短い返事を聞くと、ヨハンは封筒の中身を取り出した。

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