第12章 逆立ちカバを狙い撃ちで、ざまあ? 11/11
〝ランサー〟の名を冠する、帝国空軍きっての戦略爆撃専門の飛竜。
型式名B―1Bは、圧倒的な航空戦力を誇る帝国でも――45名しかいない。
全軍の1万3千騎余りに対して、その割合は――0・35パーセントと僅かだ。
彼らは生え抜きにして、歴戦の猛者でありながら――最新技術の粋を集める真の精鋭である。
最大速度は音速の1・25倍、航続距離は約7400マイルとされる。
可変翼をたたみ、超音速を維持して高高度を巡航――夕闇にまぎれて離陸し、夜明けまでに平然と大陸を往還する。
両翼を広げれば、亜音速のまま低空の地形追随飛行も可能とし――敵の探知と対空砲火をかいくぐる。
帝国の誇る戦略爆撃の一翼を、文字通りその双肩に担う。
4騎中隊を2つ合わせて編成された飛行戦隊は、たやすく防空網を突破した。
8騎で編隊を組み、リーベルラント解放戦線の司令部へ――絨毯爆撃を敢行するために、上昇していく。
その際に投射された、2000ポンド爆弾の総数は192発。
飛竜〝ランサー〟のペイロードは、マーク84と呼ばれる2000ポンド汎用爆弾を搭載した場合――1騎につき24発を積む。
空軍が運用する、2000ポンド爆弾の加害範囲は1発につき――コンマ6クリックほど。
単純計算で、コンマ75平方クリックが焦土となる。
小さな町が1つ、または――国立の競技場が8つ収まる範囲だ。
同時に〝敵の継戦意志をくじく〟という、ヨハンの悪趣味なユーモアを――ランサーたちは取り入れた。
大音響のスピーカーから、プロパガンダにしばしば利用される――ワグナーを流すという。
頭上を、大空を雄飛する巨大な戦略爆撃飛竜の影が近づいてくるとともに――〝ワルキューレの騎行〟が高らかに奏でられる。
「パパパパーパ♪ パパパパーパ♪ パパパパーパ♪ パパパパー♫」
銃剣を指揮棒に見立てて、ヨハンはそれを振るう。
ヘルムヴィーゲちゃん♪ おいでませり♪
お馬さんとごいっしょに♪ おこしやす♪
「パパパパーパ♪ パパパパーパ♪ パパパパーパ♪ パパパパー♫」
〝敗走〟を装って撤退する、ヴィクトリー基地の将兵たちだったが――勝利を確信して、こぞって鬨の声を上げ自分たちを鼓舞した。
それを迎える、ヨハンがメロディを口ずさんで――より彼らの興奮と熱狂を煽った。
歌詞にあるヴァルキリーの高笑いのように。
「ヒャッハー!」
ヨハンは最後まで、享楽的に振る舞った。
側近の部下たちも含めて、ほとんどの人間は知らないが――彼は帝国を統べる〝神姫〟ヴィクトリアとは双子で、実の兄である。
〝神姫〟は伝説によると、かつて女神の声と歌を聞いて――それを古代の人々に伝導し、200ヶ国を併呑し、ついに大陸を統一した黎明の巫女だ。
戦争に際して、どんなに非人道的な作戦を実行したとしても――プロパガンダに変えて、将兵や国民の士気を高揚させる怪物が〝神姫〟の実態だ。
本人に自覚はなくとも、こうした場面で――その呪われた体質が顕となった。
「こいつは〝地獄の黙示録〟の悪質なパロディだぜ♡ 朝に降らせるマーク84の雨は格別だな♪」
ヨハンの〝狂宴〟を見守っていた、妖精の少女が端的に言う。
「戦争は、理性の〝シュバルツ・シルト面〟――重力がなにもかも呑み込んじゃう。誰も逃げられない」
「……」
「……」
ミリアムとシニア、職業軍人の仲間たちは無言で見守った。
〝狂気〟の奔流は、ランサーの空爆とヨハンの不謹慎な歌声だけでは終わらない――むしろここからが、本番だ。
帝国は敵対勢力に対して、手加減も容赦もしない。
ランサー飛行戦隊の空爆は、呼び水にすぎなかった。
直後、ハーキュリーズ級輸送飛竜が――立て続けにリーベルラント空域に侵入。
多数の歩兵を空挺降下させ、呼応した陸軍の基地は――大規模攻勢に打って出た。
同時に、海軍の陸戦隊が特殊潜水艇で運河を遡上――強襲上陸をかけて、領事館を奪還。
先の絨毯爆撃で司令部を失い、統制をなくした〝リーベルラント解放戦線〟は――間もなく瓦解した。
なにより、彼らに決定的な敗北を与えたのは――当初こそ彼らを支援していた、共和国政府の手のひら返しだ。
〝リーベルラント解放戦線〟は、既に民主主義を取り戻す旗手ではなく――〝叛徒〟に貶められた。
共和国政府は、あらためて帝国への恭順の意を示し――〝反乱軍〟の鎮圧に、正規軍の投入を余儀なくされる。
また、帝国が行った一連の軍事行動について彼らは、
〝国際テロリストの排除と、自国民救難のための非常措置として認める〟との談話を、公式見解として発表した。
帝国の〝暴力〟に屈した形だ。
反発するかと思われた、魔界の連邦政府は――このあからさまな談話に対し〝遺憾の意〟を表明するにとどまった。
これは魔界側でも、帝国との講和交渉を妥結したい勢力と――リーベルラントを利用して、帝国への再侵攻を試みたい勢力とが、政局を争った結果だろう。
もっとも、今回のリーベルラント事変で――魔界連邦は一切の損をしていない。
むしろ、リーベルラントに新型の自走式対空砲を輸出したことで――実戦の結果を蓄積した。
外交とはこういうものだ。
かの地の覆轍を恐れた、中洲の都市国家群諸国は――以後は自ら率先して、共和主義運動を排斥するだろう。
作戦はいち段落した。
対空砲の無力化が確認されたことで、ハーレークイン小隊は〝任務を完了した〟とみなされた。
そのため、帝都の第99連隊基地への撤収が命じられる。
野戦飛行場に駐騎した、ハーキュリーズ級飛竜――バンジョウ大尉が、彼らを迎える。
《ハーレークイン小隊の烈士たち、無事の帰還を寿いでしんぜよう――帝都までしばし、戦傷と疲れを癒すがよい》
キャビンに乗り込んだところで、ソフィアが訊く。
「戦争に勝つため、少数の味方や敵を犠牲とする――こんなのが正義?」
妖精の少女が向けた、無垢な疑問に対して――ヨハンは悪びれずに答える。
「正義? そんなもんは〝人殺し〟を正当化する建前だ――俺が頼りにすんのは、銃と弾。それと火力・航空支援と味方の機動・情報支援も。あとは、ちょびっとハメをはずしても許してくれる、愉快な上官。オマケで、不愉快な部下どもと、巨乳の女騎士と生意気なメスガキ妖精だ!」
「……」
ソフィアは無言で、彼のそばを離れてキャビンの窓から外を見た。
それから小声で呟く。
「素直じゃない――私たちが大事だって言えないの?」
これに、ヨハンは答えなかった。
「私を死なせたくなかったって言えばいいのに――ミリアム少尉のことも」
妖精の少女も、返事が来ないことをわかっているはずだ。
それでもソフィアは、口を閉ざすことが出来ない。
「人間はいつも心に嘘をつくのはなんで……?」
誰も答えることができない疑問だろう。
「でも、前と違って――それを嫌いになれないのはなんで?」
彼女は首を振ってしまう。
「ぜんぜん、わからない」
少しの間をおいてから、後ろで声がする。
「大尉が私たちを助けるために、人事を尽くした――正義か否かを判断するのは、我々軍人の職分ではない。生き残れたこと、味方の犠牲を少しでも減らせたことだけ、誇りに思おう。貴官が義務を果たしたことを、私も知っているし大尉もご承知だ」
ミリアムが諭すように言った。
「ん」
これにソフィアは頷いた。
振り返ると、ヨハンは細巻き煙草を指で弾いて――外に捨てた。
妖精の少女は、彼の胸元のポケットに滑り込む。
「……」
目を閉じると、一定のリズムで穏やかな心臓の音が聞こえてくる。
妖精の少女の寝息を胸に抱き、ヨハンは戦場でもどこでも――いつも持ち歩く、私物のラジカセのボタンを押した。
〝狂気〟と月の裏側を謳った詩が、キャビンの中の気だるげな空気を揺らす。
もしダムが予定より早く決壊したら♪
地上のどこにも居場所がなくなって♪
ダウナーな悪寒に心が潰される前に♪
月の裏にいる君を探しだしてみせる♪
そして雲の間から雷が轟いたときに♪
その悲鳴は誰にも届かないとしても♪
もしも音楽の好みが違ったとしても♪
月の裏にいる君を探しだしてみせる♪
音楽のアウトロにかかる心音が〝ドクン・ドクン〟と鼓動を刻む。
それが、ヨハンの胸に耳を押し付けていると――重なって聞こえてくる。
ソフィアはあっという間に、眠りに落ちた。
猫のお腹で昼寝をするときよりも、ずっと早く。
第12章 逆立ちカバを狙い撃ちで、ざまあ?
プレイリスト
The Byrds - Oh! Susannah
Pink Floyd - Brain Damage/Eclipse
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