第12章 逆立ちカバを狙い撃ちで、ざまあw 09/11
敵の新型対空砲に、どう対処すべきか――これを議題とした軍議が開かれた。
口火を切ったのは、紅一点にして将来を嘱望される――弱冠17歳の少尉、ミリアムだ。
「敵の狙いは、帝国領への橋頭堡をこの地域に築いて、交渉の手札にすること――これは明白と思われます」
彼女の着眼点は実に現実的だ。
「それを空手形に魔界から、さらに支援を取り付けた可能性もある――水面下でのレンドリース。人間って、そういう小細工が得意でしょ?」
相変わらず辛辣な口調で、そう補足したのは――妖精の少女、ソフィアだ。
彼女たちが発言したことで、風通しがよくなったのか――この軍議では、誰もが自由に発言する場が整った。
出席者の意見を、いつものように細巻き煙草を吹かしながら――聞いていたヨハンが言う。
「さっきレイノルズ中尉が指摘してたが――この基地の裏は街道の結節点で、それが敵の戦略目標なんだな? だから〝虎の子〟の新兵器まで投入したって? そんなに〝敵が欲しがってる〟んなら、いっそ渡しちまえばいい。ここをな♡」
途中まで頷いていた士官や下士官たちは、最後のひとことで目を丸くした。
普段の言動はともかく〝非常時にだけ〟は頼りになる。
ミリアムと同じような印象を、他の士官と先任の下士官たちも抱き――信頼されはじめたというのに。
「敵を浸透させようぜ♪」
暫定とはいえ、指揮官であるヨハンがそう明言したことで――当然ながら、軍議の場は混乱した。
「静粛に願いますっ」
ミリアムが諌めようとしたものの、場が収まらない。
見かねたシニアが、
「大尉――いま少し、詳しくご説明をされたほうが、よろしいかと」と説明を促した。
「なんでだよ――わかってるくせに」
ヨハンは面倒くさそうに口を尖らせた。
「では、僭越ながら小官が代わって、補足いたします――大尉の意図を明快にかつ、順序を立てて」
「いいぜ――そんじゃ、コーヒー・ブレイクだ」
ヨハンがカップに手を伸ばしたところで、シニアは椅子から立って注目を集めた。
身長6フィート6インチの偉丈夫にして、銀髪で隻眼の老兵は嫌でも目立つ。
彼の襟に留めてある、階級章が――オイルランプの光を反射した。
3本線の山形のシェブロンと、曲線のロッカーは〝上級曹長〟を表し――中央の刺繍は星に挟まれた鷹のアイコンであり、帝国の国章だ。
帝国陸軍にあって、元帥よりも希少な〝帝国陸軍最先任上級曹長〟が正式な階級である。
本来ならば統合参謀本部議長、または統帥本部総長――あるいは陸軍長官の補佐をすべき彼は、全ての栄転を固辞してハーレークイン小隊の〝小隊軍曹〟に甘んじている。
シニアが起立すると、その場の誰もが緊張した――ただしヨハンを除いて。
「諸将におかれましては、東の果にかつて存在した〝ミッド・フラウア〟なる大国をご存知かと思います――彼の国の古典に〝ラオズィ〟という書物があり、その第36章の1節には〝将に之を奪わんと欲すれば、必ず固く之に与う〟と記されております」
そこまで話すと、何人かの士官とミリアムが、
「……そういうことですか」と頷きはじめる。
「どういうこった? チンプンカンプンマジ卍?」
そう訊いたのは、他でもない――細巻き煙草を吹かしている、ヨハンの方だ。
「大人の邪魔しちゃ駄目でしょ――いい?」
ソフィアが両手で彼の口を閉じさせた。
妖精の少女は続けて、辛辣な口調で言う。
「その〝おしゃぶり〟があれば、黙ってられる?」
「ぴえん」
「ん――いい子」
妖精と上官の漫才を聞かなかったことにして、シニアは話を先に進める。
「先に引用した節の最後は、かように結ばれています――〝国の利器は、以って人に示すべからず〟と。敵はここに来て、重大な失策を犯しています。当基地の攻略に固執するあまり、新兵器である対空砲をこの地に集めてしまったのです。大尉の立てた作戦とは、当基地を明け渡す振りをして、敵を罠にかけるものです。目的は対空兵器の無力化であり、この地方の対空迎撃網に楔を打ち込み、それを反攻作戦の糸口とするのです。これこそが、統合参謀本部が当初の我々に課した任務でありました。以上が、大尉の意図であります」
「……そういうことだ! さすがはシニア!」
ヨハンは古典に疎かった。
それでも、部下が自分の意図を汲んでいると理解し――便乗した。
古典を引用して、説得力を持たせたシニアの援護によって――ヨハンの作戦を進めることが承認された。
夜。
髪を梳かして、床につこうとしていたミリアムの幕舎の外で、
「ピン・ポン・パン・ポーン♪」という、軽薄な声がした。
「……」
ミリアムは嘆息して、傍らのサイドボードを見た。
幕舎を共用しているソフィアが、即席ベッドの上で安らかな寝息を立てている。
水鳥の羽毛をスーピマ綿で包んだ〝そこそこの寝心地〟と評した、妖精用の布団にくるまれて。
人間からすれば最高級品だが、妖精の少女にとっては違うらしい。
この任務に就いて以来、ソフィアは、
〝1番は猫のお腹のもふもふ――早く、ノーマッド基地に帰りたい〟と小言を呟いていた。
「御用でしょうか? 大尉」
彼女は妖精の少女を起こさないよう、声を落として訊いた。
「外の空気を吸いに行こうぜ」
「わかりました」
ここで断っても、あの上官が幕舎の外で騒ぐだろう――下手をすれば、その場で歌いだしかねない。
それは避けたかった。
ブーツの紐を結んで外に出ると、ヨハンは数人の部下を従えていた。
「お待たせして、申し訳ございません……」
「構わん――だって、女の子の身支度の衣擦れを聞くのは、楽しいもんな♡ 勘違いすんなよ? エロい意味だからな!」
「わざわざ言わなくていいですっ……」
後方の支援塹壕を目指して、交通壕を歩きながら彼は言う。
「収容所に敵の将校が捕まってるらしい――今から、そいつを分捕りに行くぞ」
「えっ!? ちょっと待ってください! どういうことですかっ?」
彼女は声を落として訊いた。
上官は、これからの戦略に――どうしても〝敵の協力〟が要るのだと言う。
「まさか――取引を持ちかけるおつもりですか? 味方の戦果を奪って!」
「んー、ちっと違うけど――だいたい合ってる♪ ぬへへ」
支援塹壕を抜けて、ヴィクトリー基地から出た彼らは――軍用車両を借りて、後方の基地へ向かう。
そこで、ソフィアが偽造した捕虜の移送命令書を使い――彼らは味方が捕まえた、敵の将校の身柄をまんまと預かる。
敵の将校、ルクレール中尉はヨハンと同じ25歳だった。
現在は、リーベルラントの陸軍大学に籍を置いている。
彼は魔界連邦の出身で〝リーベルラント解放戦線〟の軍事顧問、そして魔界の本国における参謀候補生だ。
先日の反攻作戦で、撤退が遅れたところを――ヴィクトリー基地の誰かが捕まえたという。
帝国と魔界は現在、停戦――講和交渉中である。
本来ならば即時に解放され、本国に送還されるべきだった。
しかし、ルクレール中尉は陸軍大学にいたため〝外交身分〟がなく――やむを得ず、この戦役に参加しているようだ。
おそらく本国からは〝連絡将校〟または〝軍監〟の密命を帯びていることだろう。
「一体、貴官は何を狙っている?」
コーヒーを用意したが、警戒した彼はそれに手をつけず訊いてきた。
細巻煙草に火をつけて、
「今、この連隊基地は俺が仕切ってる――ヨハン・スミス、帝国陸軍大尉だ」と彼は名乗った。
ルクレール中尉は、
「ヨハン・スミス大尉……? どこかで聞き覚えがあるが、貴官が連隊基地を? たしか、こちらの指揮をとっていたのは、戦死されたランドナー大佐から引き継いだコールマン少佐だったはずだが――ああ、失礼した。スミス大尉」と礼儀正しく告げた。
「大尉が連隊基地を仕切るのは――無理があるだろ? でもって、ここからが肝心なんだけど。上に黙って、俺らで取引しないか? そっちの取り分は、諸々の情報とこの基地まるごとだ。で、俺らは無傷でここから引き上げる」
「……詳しく聞かせて貰えるかね? あ、失敬――お聞かせください、大尉殿」
「いいぜ」
それから、ヨハンはルクレール中尉に現状を話した。
先日、コールマン少佐が〝名誉の戦死〟を遂げた部分まで――包み隠さずに。




