第12章 逆立ちカバを狙い撃ちで、ざまあw 05/11
〝お前のせいで戦争に負けるぞ!〟
ヨハンは、何度かその言葉を呑み込んだ。
ハーレークイン小隊の、若き士官たちが焦燥を露にしているところへ。
またしても、コールマン少佐の伝令が訪ねてきた。
〝新しい任務を命じる〟とのことだ。
「今畜生! やってられるか糞が!」
司令部で詳細を聞かされ、戻ってきたヨハンは――自分の幕営に戻ってくると激高した。
〝リーベルラント解放戦線〟の尖兵と思しき部隊が、基地の近くに迫撃砲弾を撃ち込んできた。
その対応を任された。
被害の規模と痕跡から、敵はごく小規模な戦力らしい。
小口径の、携帯迫撃砲による攻撃を仕掛けてきたそうだ。
同型の携帯迫撃砲は、帝国陸軍にもあり――それは1門につき、5人の分隊で運用される。
その2個分隊と砲撃を統制する、指揮・観測分隊を合わせた火力小隊が――中隊規模の軍では、3個小銃小隊につき1個の割合で組み込まれて運用される。
要するに、敵は1個中隊につき――2門の携帯迫撃砲を運用する分隊を切り離し、遊撃をさせている。
まるで、ハーレークイン小隊がやりそうな〝嫌がらせ〟攻撃である。
迫撃砲は砲弾を上空に撃ち出して、山なりの曲射弾道で――遮蔽物を越して目標に攻撃が可能な兵器だ。
それには欠点もある。
兵器の特性上、間接照準射撃を行うため――半数必中界、つまり命中率が直接照準の火砲に比べて低い。
また、有効射程や威力――砲弾の初速も劣る。
しかし、安価で生産性に優れている点――砲単体の重量が百ポンドと、歩兵が手軽に運用できる重火砲だ。
必要に応じて、高性能炸薬――煙幕、照明といった複数の弾種を、現場の判断で扱える利点もある。
指揮官にとっては、戦術の幅を広げることができるものだ。
もっとも、近頃の帝国陸軍は――飛竜による空軍の近接航空支援を多用していることから、その汎用性を軽視しがちである。
端的にいえば、ヴィクトリー基地をはじめとした――前線基地群は敵の〝古い手〟に翻弄されつつある。
携帯迫撃砲の曲射による被害は、小さかったものの――馬鹿にはできない脅威だ。
地形の関係で、実際に運用できる範囲はもっと狭い。
それでも、いつどこに現れるかわからない――移動する小規模な敵に対して、どうやって先回りして無力化を図れというのだろう。
コールマン少佐に訊けば、
〝それを考案し、部下を運用して戦果をもたらす――これこそが、将校たる者の義務であり責任だ〟と、またしても中身のない正論を返された。
「……」
ヨハンは、ポケットから手鏡を差し出して――ミリアムが慌ててその場を取り繕った。
小隊の陣地に戻ったヨハンたちから話を聞いた、歴戦の上級曹長――シニアが言う。
「取り急ぎ、対症療法が必要ですな」
「味方には無能な働き者がいて、敵さんの〝ラッキー・ストライク〟が、頭の上にいつ降り注ぐかわからん――ってわけで、また〝リフォーム〟だ」
それから、ハーレークイン小隊は――今度は自主的に土木工事をはじめた。
ヨハンたちが作業している様子を、噂を聞いたコールマン少佐が視察に来た。
彼は、熱心に働いているハーレークイン小隊に――むしろ感心したようだ。
しかし、その帰り際に――彼はまたも無茶な命令を下してくる。
「うむ――ここを模範として、連隊本部の防御陣地の全面的な改修を貴官たちに任せたい。それで、いつになったら敵の迫撃砲分隊を、倒すことができるのかね?」
新たな命令を受けたヨハンは、資材と必要な道具を揃えるまで――数日の猶予を貰えるように願い出た。
小隊指揮所で、それを部下たちに伝えた彼は――いつになく神妙な面持ちで言う。
「もういい――あの野郎はぶっ殺そう♡」
「ちょっと!? 大尉!」
ミリアムが慌てて周囲を見た。
彼は〝誰を殺す〟とは明言していない。
だが、これまでの文脈から――それがコールマン少佐の殺害を示唆していることは明白だ。
「友軍を故意に殺傷したら、良くて終身刑――悪ければ現地で銃殺」
ソフィアが真顔で言った。
妖精の少女が、握った拳から人差し指と親指を立てて〝拳銃〟を象る。
それをヨハンに向けて、
「バキュン」と口で銃声を再現した。
「故意じゃなきゃいいんだろ?」
「誰かにやらせても教唆が成立する」
ソフィアは論理的に指摘した。
さらに、ミリアムも補足する。
「大尉――たしかにコールマン少佐のやり方には、小官も賛成はいたしかねます。しかし〝上官が無能だから〟という理由でそれを排除しては、軍隊が根本から瓦解してしまいます。翻意すべきです」
ヨハンはそうした〝正論〟に辟易していた。
彼は、ヨハン・スミスという大尉は――極稀に戦術家や、あるいはより大局的な戦略家としての片鱗を見せる。
「それがどうしたっ!? 戦争に負けるよりちょっとだけ〝マシ〟だ!」
2人の乙女たちは、隊長を説得しようとした。
大抵の場合はそれで収まるのだが、ついに臨界点を迎えつつある。
「俺には、この世でたった1つ我慢できないものがある」
「……1つ?」
ソフィアが小さな頭を傾げた。
妖精の少女は〝他にも沢山あるはず〟と言いたげだ。
彼はそれを無視し、水筒と重ね合わせて携帯できる――飯盒を兼ねたカップを、テーブルに叩きつけて置く。
小気味いい、軽い音が幕舎で響いた。
「俺は野菜スープの出汁が染み込んだカップで、コーヒーを飲むのが大嫌いなんだ――さっさと任務を片付けて、味方の無駄死にを止めさせてから、ノーマッドに帰る! 邪魔するやつはぶっ殺す! 誰だろうがな!」
彼はそう言って、ミリアムに一時的に小隊の指揮を委ねた。
それから、自分の背嚢を担ぐと幕舎を出ていく。
背嚢の中には、将校に支給される高級煙草――ウイスキーの瓶が詰め込めるだけ詰まっていた。
「ロドリゲス! ロドリゲス伍長はどこだっ?」
その日の午後、ヨハンは別の小隊の陣地を訪ねた。
探していた下士官は、軍人らしからぬくせ毛の長髪を――乱雑に後頭部で結った、ヨハンよりも小柄な男だ。
ロドリゲスは、異様に若い士官に最初は戸惑った。
敬礼もそこそこに、ヨハンが細巻き煙草を差し出すと――南部人らしい人懐っこさを見せてくる。
「レイノルズ中尉から聞いてきた――お前さん、絵が得意なんだって?」
「はあ、まあ――ああ、こりゃどうも」
伍長は、マッチの火を差し出されると覇気のない声で答えた。
まもなく、話している2人の後ろに――ヨハンの背嚢を運ぶ兵卒がやってきた。
「大尉殿? こちらで?」
「ああ、すまん――これで足りるか?」
彼は雑用の謝礼として酒瓶を取り出した。
「そんな、悪いです」
「気にすんな――だって、少佐のとこからかっぱらったやつだし。ラベルは剥がすか靴墨を塗っとけ♪」
「わかってます!」
良くも悪くも、ヨハンという青年将校は――兵士や下士官、彼らの士気を高めることに長けている。
兵卒たちが立ち去って、彼はロドリゲスに向き直った。
「悪い悪い――で、頼みがあるんだが聞いてくれるか? お代といっちゃなんだが、細巻き煙草を箱ごと渡す」
「やります! 大尉殿!」
ロドリゲス伍長は即答した。
「よっしゃ――じゃあ〝逆立ちしたカバの絵〟を描いてくれ」




