第12章 逆立ちカバを狙い撃ちで、ざまあw 04/11
椅子から立った、ヴィクトリー基地の暫定司令官は熱弁を振るう。
「我らは戦車を前面に立てて歩兵を遮蔽――敵の中央を突破し、しかる後に左右に分散進撃をする!」
上官の指示で、テーブルの砂盤に用意された模型が動かされた。
それに合わせて、コールマン少佐の説明が続く。
「この際、両翼の基地も協働する――我々の有機的かつ高機動、果断速攻についてこられない敵軍は、なすところを知らず蹂躙されるだろう」
彼は、軍人として〝味方〟にどう動いてもらうかを知ってはいるようだ。
ただし、同じ物を〝敵にも〟求めているのが欠点だろう――将帥としては致命的である。
「これにて敵の〝包囲殲滅〟は容易に叶う――レイノルズ中尉、ホフマン少尉。貴官らはそれぞれ両翼の基地に赴き、この有用性を基地司令殿たちに説くのだ。いかがかね? スミス大尉」
最後に彼はヨハンに同意を求めてきた。
しかし、
「Zzz……」というイビキが彼の返事だった。
コールマン少佐の〝包囲殲滅陣〟は、ヨハンにとって――〝最良〟の子守唄なのだろう。
〝寝言〟に等しい、机上の空論に対する返事として――無言だが雄弁な抗議と言える。
「スミス大尉! 敵の中央突破は可能かっ!? 小官の話を聞いていたのかね!」
大声に反応して、ヨハンは寝ぼけつつ答える。
「は……? あー、両軍の戦線が膠着した現状で、中央を強行突破した場合、突出した軍は〝包囲殲滅される〟おそれがあります――下手な真似をした方が、モグラ叩きですり潰されるでしょう。このクッソ下らない、茶番の戦争で、真面目に戦うほうが馬鹿をみます」
「……っ」
コールマン少佐は歯噛みした。
たった今、中央突破から敵の包囲殲滅をする――と論説した策が、むしろ自軍の全滅を招く危険性を指摘されたのだ。
最前線どころか、深敵地に浸透して戦う――本物の歩兵将校との差が現れた。
間もなく、ヨハンは軍議の席で〝居眠りをした〟ことを理由に――幕舎から追い出された。
ミリアムやソフィアを除いて、ハーレークイン小隊の面々は――全員が世界大戦で前線を経験している。
彼らは手際よく陣地を構築しなおした。
「いっそ開き直って、縦深をケチらずにもっといい場所で再編成すりゃよかったんだよ――後方の川を基準に防衛線を引き直すとか。途中の町やら村を焼き払って、焦土戦術をとるとか♪ 自国領なら、それくらの〝ヤンチャ〟はアリだろ? そしたら、敵の補給線が伸びて横から殴り放題じゃん。で、次は細かく分散進撃してきた、敵さんを囲んで棒で叩いてすり潰す♡」
「あなたならそうする――またはもっとひどいことをしそう」
ソフィアが頷いた。
「残暑のきつい、この季節だし――防疫も見直さなきゃならねえな。あとで軍医にも来てもらうが、体調はどうだ? 〝アンネの日〟の具合はどうだ?」
「妖精にそんなものはない――私は大丈夫」
妖精族の少女は顔色ひとつ変えずに答えた。
「お前さんは? ちゃんと生理は来てるか?」
ヨハンはミリアムを振り返った。
「婦女子に向かって、なんてことを訊くんですかっ!?」
品行方正な貴族出身の女騎士は、顔色を上気させて怒った。
「いやほら、部下の心身に気を使えるのが――出来る上官が纏う〝仮面〟ってやつ? らしいから……」
「大尉はまず、人としての常識を身につけてくださいっ! 体調が悪化したらきちんと申告します! ご心配なく!」
彼女はそうまくしたて、自分の幕舎に戻ってしまう。
「晴れときどきマジぴえん――なんかやけにキツくなーい?」
「半分はヨハンのせい」
「もう半分は……? 教えて! メスガキちゃん♡」
「教えない――と言ったら、あなた〝でも〟わかる?」
妖精の少女がいつにもまして、辛辣で冷徹な口調で告げた。
まるで、
〝もっとミリアムに優しくしろ〟と叱るように。
素行不良の上官は、左右を見てから――小声で言う。
「少尉に2日ほど休んでろって伝えてきてくれ――今日は〝上官への不遜な態度で譴責の謹慎〟で、明日は〝風邪〟ってことにしとく。3日め過ぎたら、ちょっとは楽になるんだろ? ついでに〝温食〟の配給枠を増やしておく。あとは女同士で、うまいことやってくれ。報告の要なし」
「ん」
ソフィアは頷くと、背中の翅を揺らしてミリアムと共用の幕舎に向かう。
ハーレークイン小隊は、本来の任務に就けない間――すっかりこのヴィクトリー基地の〝援軍〟として、いいように使われた。
各陣地間の伝令から、夜間の歩哨の交代要員など。
地図作成に必要な測量や渡河地点の偵察、後方連絡線に使われる街道の巡回。
どれもが地味で、面倒な仕事ばかりが彼らには押し付けられる。
おそらく、先日の〝軍議〟で生まれた基地司令との確執が原因だろう。
「うちは古参兵が多いから、この程度は慣れっこですが――少尉殿が心配ですな。これしきの戦で軍務に辟易とされては、将来の我が軍にとって大きな損失となってしまいましょう」
シニアは憮然とした口調でヨハンに言った。
ミリアムは、今回の作戦で〝前線〟というものを初めて体験している。
騎馬武者の突撃や戦列歩兵が集う壮麗な行進など、もはやない。
現代の陸戦では、華々しい戦闘というものはめったに起きない。
幼年学校時代の机上の講義で、そのことは彼女も知ってはいた。
そして、彼女の苛立ちは普段ならばヨハンが原因の10割を占めているが――今回は少々事情が異なっていた。
なにより、コールマン少佐のハーレークイン小隊への扱いは――明らかに度を越している。
その上で、彼は〝間違ったことをしていない〟と真顔で言う始末だ。
また、軍規に照らしても――表面上は問題ない。
だからこそ、ヨハンの愚痴は尽きない。
「祭りの時にプレッツェルの屋台で、塩付きかどっちかを迷った挙句――チュロスの列に並び直すのが、あのクソ野郎だ!」
彼は吐き捨てるように言った。
それに対して、妖精の少女は、
「綿菓子がいい――フワフワで甘いのが1番だもん」と呟いた。
「コールマン少佐は、決断力にかけるとーーそう大尉は仰りたいのですね......」
ミリアムも小声で、上官の無駄口に同意した。
「……」
上級曹長のシニアは、無言で――若き小隊の幹部たちを見守った。
現代戦における前線基地の役割自体は、昔の時代とあまり変わっていない。
昼夜を問わないパトロールで兵站線を維持し、敵の浸透の有無を地道に調べる。
それらを踏まえて態勢が整ったら一気に反攻に出る。
短期決戦に臨むのが、統合参謀本部の目論んでいる〝シナリオ〟だったはずだ。
そのためには、敵の対空警戒線に孔を穿つ必要がある。
ハーレークイン小隊は先行して、敵地後方に向かわねばならなかった。
だが、それが進まない以上は――帝国軍の軍事行動も遅々として進まない。
ヨハンはコールマン少佐に遠回しにそう訴えた。
しかし、無能な上官は――もっと具体的に話さないと理解してくれないようだ。




