第12章 逆立ちカバを狙い撃ちで、ざまあw 03/11
ヨハンは取り出したばかりの細巻き煙草を地面に落とした。
「馬鹿を言うな! 俺たちはこの基地の所属じゃねえぞ!」
「レイノルズ中尉、僭越ながら申しあげます――我々はこちらの基地に補給と情報収集のために立ち寄ったのです。これは統合参謀本部の最上級命令によってであります。統合参謀本部議長のドレイク元帥閣下、ならびに次席幕僚のスヴェンソン准将より命令を受領しております。そのことにご配慮して頂きたく存じますが、いかがでしょうか」
ヨハンはいつもの調子で、ミリアムも口調こそは弁えていたが――咎めるようにレイノルズ中尉に言った。
しかし、彼を困らせることしかできない。
「少佐のご命令ですので、小官からは……」
「わかった、わかった――俺があとで話をつけに行く。お疲れさん、中尉」
「は――では、失礼いたします」
ハーレークイン小隊は独立した遊撃部隊だ。
彼らが出動するときとは、すなわち統合参謀本部が下す――最上級命令がその作戦行動の根拠となる。
したがって、通常の命令系統はあてはまらない。
次の面会で、ソフィアがそう指摘した。
しかし、
〝妖精族の准士官ふぜいに、軍規の講釈を頼んだ覚えはない〟とコールマン少佐は、聞く耳を持たなかった。
その上、彼は言う。
〝そも――栄えある我が帝国陸軍において、なにゆえに非力にして脆弱な妖精がいる? 軍属とはいえ、准士官の待遇までも得ているのか? そのような非常識な人事をする部隊には、規律の正しさが欠けていると評価せざるを得ない〟
有事に際しては、現場の指揮官の裁量によって――多少の越権行為は融通として見過ごされがちだ。
これは多数の〝前例〟が積み重なり、もはや――慣例として認められている。
その〝融通〟を拡大解釈したコールマン少佐は、足りない兵力を補うため――別任務のために立ち寄ったにすぎないハーレークイン小隊に対して〝掩護〟を公式に求めた。
これによって〝現状の安全確保〟が確認されるまで、ヨハンたちはこの基地の隷下となってしまう。
なお、具体的な期限はない。
さらにコールマン少佐は、ミリアムには司令部付の伝令士官を頼もうとした。
だが、彼女は断固として拒否した。
「当然――さすが、ミリアム少尉」
ソフィアが小さな手で拍手をした。
彼の少佐は、おそらく、
〝帝国の紳士たる者、か弱い婦女子の将校の安全に心を砕くべきだ〟と思ったのだろう。
だが、ミリアムはヨハンの〝麾下〟にあって――多数の戦闘経験を積んだ将校である。
正しく余計なお世話だ。
「お前さん、司令部ではトイレを我慢しろよ」
ヨハンは唐突に言った。
「なぜでありますか? 大尉」
副官の乙女に訊かれ、彼は答える。
「帝国陸軍で女兵士が暴行される事案の7割は、トイレが犯行現場だ」
「……」
「我慢できないときは、銃を持ってからトイレに籠れ――で、男が入ってきたら構わず撃て。後始末はこっちでやってやる。消毒済みのゴーストガンはもう用意した」
「しかし大尉」
「命令だ――いいな? 2度は言わん」
「了解いたしました……」
ヨハンの命令を受けてから、ミリアムは制服の略綬――戦闘徽章を元の大きさにして、目立つ場所に縫い付けることにした。
効果のほどは不明だが〝本物の女騎士〟に近寄ってくる、不埒な将兵はいなくなった。
ただしヨハンを除いて。
そもそも、このヴィクトリー基地を率いる第26連隊の指揮官は――ランドナー大佐という人物だった。
しかし、大河からの撤退戦で――殿を担っていた部隊の救援に戻って、戦死を遂げたらしい。
以後、後任が中央から派遣されるまでの暫定措置として――大佐の主席副官を務めていた、コールマン少佐が基地司令と連隊指揮官に就任したそうだ。
「俺らに関係あるか! ふざけんな!」
ヨハンはレイノルズ中尉の制止を振り切って、少佐に抗議しに行く。
それも軍議が途上であることや、階級といくつかの帝国軍規を盾に追い返されてしまう。
「糞がっ!」
ヨハンは仮の幕営に戻ってくると、吐き捨てるように言った。
「お疲れさまでした、大尉――とりあえずは部下たちに交代で歩哨に立つように指示をしておきましたが、幕営のスペースがいかんともし難く、個人装備の雨具を繋いで、予備の支柱で物置を作りました」
「手間をかけたな――シニア」
「いいえ」
「再度、統合参謀本部に上申しましょう――コールマン少佐に、便宜を図って頂くように取り計らっていただくために」
小隊長の幕営を訪ねてきたシニアとミリアムが口々に言った。
「時間はかかるけど――それがいい」
ソフィアも頷いた。
「しょうがねえ」
不承不承ながらも、部下たちの諫言を聞き入れたヨハンだった。
だが、間もなく彼は――この選択を大いに後悔することになる。
前線、ヴィクトリー基地にハーレークイン小隊が足止めを受けて――1週間が経った。
ヨハンたちは仮の幕営を引き払った。
基地から塹壕を延伸した、最前線のさらに奥に設営された――小隊陣地に移動するよう命じられたのだ。
「なんだよこの安普請は――排水溝の造りから防御陣地の厚みまで、まるでなってねえ。ってわけで、今週いっぱいはみんな〝土方〟に精を出すぞ」
「へーい」
陣地を移してから、周辺を視察しているとヨハンは言った。
「どうも、あの少佐殿は急に拡大した己の権限で、自分が偉くなったと勘違いをなさっているご様子ですね――戦時特例の野戦昇進ではよくあることですが」
護衛を兼ねるシニアが、ツルハシやショベルといった道具を振るうヨハンに言った。
その横で、小隊を率いる指揮官は――憂さ晴らしのつもりか、汗をかきながら土方囃子を歌い出す。
「父ちゃんのためなら♪」
「エーンヤコラ♪」
ヨハンの主旋律に部下たちが、同じく汗を吹きながらコーラスを合わせてくる。
「母ちゃんのためなら♪」
「エーンヤコラ♪」
「メスガキのためなら♪」
「エーンヤコラ♪」
「唄うならちゃんとして――労働讃歌が台無し」
ヨハンの額から滴る汗を拭いながら、ソフィアが静かに歌詞の間違いを指摘した。
少し離れた場所では、ミリアムが他の部下を率いて――各所の測量を行っている。
こうして、手分けをしたことで――彼らの陣地には、ヴィクトリー基地の中でも最も堅固な防御陣地が構築された。
機関銃や砲弾の破片を防ぐ、正面の土壁は当初の倍以上に――交通壕にそった溝は、投げ込まれた手榴弾を投棄するために深く掘ってある。
また、連隊指揮所が迫撃砲を受けた時に備えて――退避壕でも指揮が継続可能な設備を備える。
そして、コールマン少佐は――虫が食い荒らした樹の実のような軍議を開く。
ヨハンは〝実戦経験者の将校〟という、オブザーバーとして――その席に招かれた。




