第11章 海とソフィアのえにっき・リプレイ 07/07
バーカウンターに背中をもたれながら、ビールの小瓶を傾けるヨハンが言う。
「お前さんのが1番、贅沢だぜ」
グラスを両手で抱えるソフィアは訊き返す。
「どうして?」
「発泡ワインってのは、封を切っちゃったらそれまでなんだ――つまり、それでカクテルを頼むってのは、ボトルを丸ごと注文するのと変わらねえ」
人間の風俗に疎いソフィアが瞬いた。
「お金かかるの? いくら?」
「ホテルからのサービスです――エインセル准尉、ご心配なく」
シニアが言った通り、飲み物は全てサービスだ。
将校たちにはスイートルームを2つ、小隊軍曹に1等客室――そして、残った26人の部下たちにはツインルームで13部屋が充てがわれている。
これらの滞在費は、シーズン中の保養地ということもあり――宿泊費だけで1万シリングを超えるだろう。
食事代を含めたら、合計金額はひと財産になりそうだが――それらは全て、宿と経営母体を同じくする海運会社に、マイアが支払い済だ。
「さあ、シメオン少尉もご遠慮なさらずに――どうぞ」
シニアはフローズン・レモネードのモヒートを、ミリアムに勧めた。
「頂くが――これはアルコールは?」
「入っておりません――では、休暇の終わりと新たな任務の受領にスランジバール。ご唱和は無用です」
隻眼の老兵はそう言って、ビールの小瓶を掲げてみせた。
喉を潤すと、
「夕食をご一緒にいかがですか」とシニアが提案した。
指定されたのは、ホテルの中にあるレストランで――ドレスコードを守る必要があった。
「これでいいや――これで」
ヨハンはサムエルを護衛するときに着ていた、濃紺の礼服に袖を通した。
同じ考えだったのか、廊下を挟んで向かいの部屋をとっているミリアムと――エレベータの前で出会った。
彼女も礼服ではないものの、帝国陸軍の制服を身に着けていた。
いつの間にか基地から送ってもらったのかと聞けば、どのような任務に就いても対応できるよう――あらかじめ制服も持ち込んでいたらしい。
「あのサマードレスもか?」
「あれは、その――エリザベス号で調達しました」
「どこのお嬢様かと思ったぜ♡」
「はいはい――エインセル准尉から聞きました。最初は、小官を観光客かと思って、声をかけようとしていたと」
「よく言うだろ? 美人には2種類ある――近くで見ても別嬪なのと、50ヤード離れたところから眺めてた方がいいのとって」
「どういう意味ですかっ!?」
ミリアムが詰問してくると、ヨハンは降参するように両手をあげて下がった。
「だって律儀に武装してんじゃん――今だって腰に銃と剣をぶらさげてるし」
「そんなことより、タイをちゃんと締めてください」
そう指摘されたヨハンは、エレベータの磨き込まれた真鍮の支柱を鏡の代わりにして言う。
「結んだじゃん?」
しかし、ミリアムは首を振った。
「結び目の形が違います――礼服のときは、ダブルウィンザーノットでディンプルを深くするのが、正しい将校の着こなしでしょう。ああ、もう。動かないでくださいまし」
ミリアムはヨハンのタイをほどいて、手早く結び直した。
「次からはご自分で仕度をなさってくださいね」
「へいへい」
「それから、大尉はエインセル准尉のことを甘やかしすぎです――よろしいですか? 正規の軍人ではなく、軍属といえども彼女は立派な帝国軍の一員です。〝羽目を外すな〟とまでは申しませんが、一線は引くべきでしょう。これは大尉のためでもあります。次からは弁えてください」
「へいへい」
「聞いてますっ!?」
「へいへい」
「もうっ」
エレベータから2人が降りると、シニアたちが待っていた。
ソフィアはいつもの服装だが〝民族衣装であり正装に等しい〟ということで、支配人とギャルソンに話を通したそうだ。
「ちょっと翔んだら、すぐパンツ丸出しになるのも民族衣装に入るのか――それとも〝中身〟の色と柄が清楚なら、認められんのか?」
「白だから大丈夫ってこと?」
「やっぱ白に履き替えたんだな――レースか?」
「ん」
「エインセル准尉っ! 大尉の下世話な誘導に引っかからないようにっ」
「席のご用意は出来ているそうです――もう、中に入りましょう」
シニアもまた着替えていた。
今度は明るい紺のモヘアで、靴は保養地によく合う――白い紐の、明るい茶のデッキシューズを履いていた。
クリーム色のシャツに濃紺の無地のタイを結び、襟には金色の支柱を通してあった。
タイの結び目を立体的にみせる、ピンホールカラーと呼ばれるものだ。
「他の連中はどうしてる?」
ヨハンはテーブルの上座に案内されると、シニアに訊いた。
「僅かに揉め事はあったようですが〝問題はなかった〟とメイソン、ローガン――両1等軍曹から報告を受けました」
衝立に仕切られたテーブル席に小隊の幹部たちが集って、食事会が始まった。
食前酒はヨハンとシニアが発泡ワイン、ソフィアはシニアの勧めでベリーニ――未成年のミリアムだけがジンジャーエールを頼んだ。
献立は保養地らしく、古典的なフルコースのアレンジで――最初は鯛をトマトと和えたアミューズからだ。
ソムリエがワインリストを持ってきた。
ホストを務めるシニアが、
「主菜は仔牛と伺いました――ソースが強めとのことですし、モンラッシュの白でいかがでしょう」とソムリエに提案した。
「お見事です――大変に結構な選択かと」
ソムリエにしては珍しく、あまり薀蓄を垂れないワインの専門家は――あっさりシニアに同意した。
無理もない。
シニアが選んだのは、高級な赤ワインよりもずっと旨味と芳醇さが豊かな――最上級の白ワインなのだから。
そのまま前菜、スープ――魚料理、口直しのグラニテ、肉料理と続き、順調に食事が進んでいく。
保養地ではあるが、大聖堂のある寺院の関係者も利用する店ということもあり――菜食用の献立にも対応しているとのことだ。
また、人間に比べてずっと少食な妖精の少女のために――ギャルソンがシェフと即興で、メニューにない〝アラカルト〟をソフィアに作ってくれた。
例えば、肉を口にしない――という事情に対しては、代わりにグルテンミートを使ったものが饗されるなど。
「この夏休みで意外なものをひとつ見つけた」
ソフィアが言った。
「なんだそれ」
「こういう席だと、ヨハンの食べ方が綺麗だってこと」
妖精の少女が指摘したとおりだ。
彼は魚の骨を丁寧に避けて、フォークとナイフを器用に使っていた。
また、この手のことに厳しいはずのミリアムから見ても――作法にきちんと則っていた。
普段の粗野で野蛮な言動とは裏腹に、こういった部分だけを見れば――れっきとした貴族だとわかる。
デザートを選ぶ段階になって、ヨハンは菓子よりもカプチーノを望み――シニアはコーヒーとウイスキーのカクテルを頼んだ。
そして、ミリアムとソフィア――2人の乙女たちは、それぞれに好みの菓子と紅茶を頼んだ。
こうして、夏休みの最後の夜を彼らは平穏に過ごす。
再び、過酷な任務を押し付けられるとも知らず。
第11章 海とソフィアのえにっき・リプレイ
『ソフィアのえにっき』
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次回:第12章 逆立ちカバを狙い撃ちで、ざまあw




