第11章 海とソフィアのえにっき・リプレイ 05/07
ヨハンのことだ。
〝妖精割引〟を目当てで、ソフィアを連れ回したに決まっている。
なにしろ、つい先日――カジノで年収の倍近い金額を〝すった〟ばかりだから。
ミリアムの感性、あるいは常識的な観点からすれば――いずれの店も、妖精族の少女を同伴させる場所ではない。
案の定、彼女は素行不良の上官を叱る。
「不健全です! というか、後半にいたってはセクハラではありませんかっ!? 特に最後!」
「ええっ!? そんな! 〝世間知らずのメスガキをエロい店に連れてって、困惑するリアクションを見たかった〟なんて――そんなこと、全然思ってなかったぞ♡」
わざとらしい口調で弁明したところで、ソフィアが瞬いた。
「だから、ヨハンはずっと変な笑い方をしてたの? ふーん」
「とにかく! エインセル准尉には、これから健全な旅行をしてもらいます! 小官が、ちゃんとした観光案内をしてご覧にいれましょう――大尉には上官として、それを監督していただきますから。そのおつもりで」
「学級委員長かよ?」
「よろしいですね?」
「マジぴえん」
それから、ミリアムは手際よく貸し出し車をチャーターした。
こうして、3人は保養地を巡ることとなる。
ところが、出発の直前にヨハンが騒ぎ出す。
「どんな羞恥プレイだよ! ピンクの空冷〝カブト虫〟って! しかもカブリオレのっ!? こんなボロクソ・バーゲンに乗るのは〝ラブアンドピース〟とか宣って、たった4人しかいないバンドを、乳首の真っ黒な女が引き裂く――間抜け共を敬うアホだけだ!」
彼は、無意味にロックバンドの解散劇を揶揄して――喚いた。
よほど、ミリアムが用意した貸し出し車が気に入らないようだ。
「つーか、100歩ゆずって空冷はいいとして――そこは保養地にいる貴族の金持ち女らしく、フェルディナント911にすべきだろ? 空気読めよ! 964型のガンメタで、NAのカレラRSモデルを引っ張ってこい!」
「なんの詠唱? モンスターでも召喚するの?」
自動車に興味のないソフィアが、辛辣に言った。
〝カブト虫〟の後部では、エンジンが空冷特有の乾いた音を立てて――暖気をしている。
「どっちも発動機がついてて、タイヤが4個ある――どっちも一緒」
ソフィアが言った。
「かーっ! これだから女は――〝カブトムシ〟は4気筒! 911は6気筒だ! それが男の車だ!」
「女だもん――ミリアム少尉も私も」
「ああ言えばこう言う! メスガキちゃん! マジ自己中!」
「あなたほどじゃない」
「もうっ――早く乗ってください、大尉」
運転席にいるミリアムに促され。
「まだ駄々っ子つづける?」
ソフィアに耳を引っ張られ。
彼は渋々ながら貸し出し車に乗り込んだ。
「ベルトしてくださいよ」
「へいへい」
ヨハンがシートベルトを装着するところを見てから、ミリアムは静かにギアを入れた。
「……巧いな」
彼は珍しく、素直に関心して言った。
乗馬を愛好する、貴族の子女らしく――ミリアムの運転は基本に忠実で丁寧だ。
エンジンの回転を一定に保ったところで、左膝を柔らかく持ち上げ――クラッチをミートさせる。
エンジンのトルクが駆動輪に吸われて、自然と回転数は下がるはずだが――彼女は右足の親指だけに力を入れて調節する。
そこからゆっくり、左の踵を浮かせるように――動力を伝えた。
観光地で貸し出しに酷使されているにもかかわらず、車は素直に動いてくれる。
「ヨハンが運転したときと、ぜんぜん違う」
ソフィアが正直な感想を漏らした。
「もっとガタガタ揺れてたのに――車の個体差?」
「あれ、酔っぱらい運転だったもんな――事故っても構わないだろ? どうせ車は人のだし、ぶつける相手も金持ちだ。うまくいけば、小遣いも脅し取れるぜ♪」
「大尉っ」
上官の不適切きわまる発言を、ミリアムが注意した。
岬に出て、曲がりくねった道を走りながら彼女のガイドが始まる。
「今でこそ、この保養地は貴族や中産階級の人々が余暇を過ごす観光地として知られていますが――元々は大聖堂を中心にそれを擁する寺院と信徒たちによる開拓地でした。また、中世期以降は海運の要所として、近代に入ってロコナード海軍基地が建設されて以降は、海軍の最重要拠点という側面も持ち合わせるようになり……」
貸し出し車は保養地、または南部で定番の――屋根を覆う幌を開閉できる造りとなっていた。
ステアリングを操り、ミリアムはツアーの添乗員のように――保養地の成り立ちについて講釈を続けている。
「ふーん」
ソフィアは興味深そうに聞いていた。
助手席のヨハンは、
「ギブアップ!」と言って、走っている車から飛び降りようとする。
そのたびに、ミリアムに捕まり〝もうすぐ着く〟と彼女に宥められる。
「本日は、こちらにお勤めの司祭様から、保養地の詳しい歴史について伺えるよう――話を通しておきました」
ミリアムは副官として非常に有能で勤勉だ。
先陣を切る古式ゆかしい騎士の側面と、英才教育の賜である――現代的な参謀としての能力を併せ持っている。
弱冠17歳でこれほどの手腕を振るう彼女なら、いずれは――将軍や、それ以上の地位に就いてもおかしくない。
ヨハンは司祭からの自己紹介もそこそこに、隙をみて逃げ出そうとした。
ソフィアには先回りをされ、引き返せば殺気をたたえたミリアムが待ち構えている。
司祭に案内されて、3人は荘厳な聖堂を訪れた。
「あれほしい」
妖精の少女が指差す方を見る。
その先には、自由研究で訪れている子どもたちが――大聖堂の石版をカーボン紙を使って、拓本にしている。
「あんなの、売店で経典の縮刷版を買えば済むだろ」
「ほしいもん」
ソフィアがこんなふうに、物をねだることは初めてだ。
「では、大尉にお任せします――小官たちは、その間に司祭様に中をご案内をいただいてきますので」
ヨハンは〝坊主の説教よりマシ〟という理由で、大聖堂の中にある――石版の拓本を写し取る作業を任された。
石版の大きさは、縦に9フィート、横に5フィートはある。
「ちなみに、当院には全部で99枚の聖典の写本を所蔵しております」
「は……?」
こうして、ヨハンはまる1日、拓本とりに費やす羽目になった。
「おいガキども、小遣いやるから、あっちの拓本もとってこい! 1人につき1シリング出す! 一番、早くて綺麗に出来たやつには10シリングやるから――さあ、行け! チビっ子分隊ども!」
彼は迷わず、修学旅行に来ていた――寄宿学校の生徒を買収することにした。
それをミリアムに見つかり、引率の教師に彼女が詫びる間も――ヨハンは汗を流して拓本をとっていた。




