第11章 海とソフィアのえにっき・リプレイ 04/07
「……」
竜族は、全ての竜の長たるマイアを――〝姫〟として畏れ敬っている。
また、竜の社会は実力主義だ。
血統や長幼も重んじられるが、同格同士の序列を定める場合――〝力〟だけが物を言う。
その彼らをして〝決して逆らえない〟のが、マイアだ。
彼女への侮辱、嘲弄は――すなわち竜族への挑発と受け取られる。
「あ……」
「そんなつもりでは――非礼をお詫び申し上げる」
不用意な発言をした元帥が、机に手をついて頭を下げた。
「謝意を受け容れよう――あえて軍の倣いを廃し〝1匹のトカゲ〟として、ひとつ注進する。スミス大尉とやらは、おひいさまにとり、実子に等しい猶子である。この〝逆鱗〟はみだりに触れてよいものではない」
飛竜の長は、ヨハンのことを〝逆鱗〟と表した。
触れれば竜の怒りを買う急所として。
帝国軍の歴史にあって、空を司る空軍は例外的に人間ではなく竜族の支配下だ。
なにしろ、人間の力や現代の技術で発明できる機械――飛行機は飛竜には程遠い。
飛竜に関しても、マイアに言わせると一族の中では〝非力な小さき者たち〟らしい。
竜族の長に君臨する彼女は、全ての竜族はもちろん――魔族からも畏敬を集めるほど強大で、手のつけられない存在だ。
もしも古の〝神姫〟と交わした盟約がなければ、マイアは間違いなく神の1柱として――地上の半分を睥睨していただろう。
彼女が最後にその力を振るった痕跡を、北部の山脈に行くと見ることができる。
雲を突き抜けて、はるか天上の世界に連なる山々――その、1箇所の峰が綺麗に切り取られたように、凹型と化した地形がある。
元々そこには、世界の最高峰があった。
だが、今では約100フィート標高が低くなっている。
千年前の大戦中に〝粗悪な太陽〟が起動してしまう事態が生じた。
それを、人間界から離れた場所で処理するため――時の〝神姫〟の勅命を以て、マイアが対処した結果だ。
その威力を高性能爆薬に換算した数値は、現在の計算式では百メガトンと推定された。
衝撃波は、世界を3周した――と伝説には残される。
有史以来、これほどの大きな爆発は80年ほど前――大陸の北端に巨大隕石が飛来した〝神の杖〟を除けば、一度もない。
〝神の杖〟は自然現象であるため、例外として。
それに匹敵する力を、たった1人の意志で意のままに操れることが――なによりも問題だった。
他にも千年前の、最初の世界大戦で彼女が築いた〝伝説〟がある。
当時、帝国の辺境には――複数の王家からなるエルフの氏族連合が住んでいた。
しかし、今はいない。
理由は彼女の本名――マイア・ウンドーミエル・ケレブリーアン・フォン・エフライムにある。
竜族にエルフ系の氏族名を冠している理由はひとつだ。
それは、彼女が2つの氏族を滅ぼしたことに由来する。
〝黄昏の星〟と〝銀の聖域〟という意味の、古代に血を連ねた氏族は根絶やしにされたとある。
それらは、そのまま勲章として――彼女の偉業と恐ろしさを後世に伝えるだろう。
これを受けて、エルフたちは帝国辺境の森を捨て――魔界に移民したという、歴史がある。
もしも、マイアがその気になれば――帝都は1撃で灰に帰ってしまう。
そしてヨハンへの讒言は、マイアの不興をいたずらに買う。
彼を処断するためには、法や軍規に照らして――揺るぎのない正当性が必要だ。
「……」
彼らは口にこそ出さないものの、
〝危険な任務を与え、戦死報告が届く〟という結果を、ヨハンに期待しているようだ。
ハーレークイン小隊の処遇について、統合参謀本部に集った元帥と幕僚たちが決めかねているところ、
「緊急事態です!」と伝令が飛び込んできた。
ほぼ同時に、会議室の赤い端末水晶がいっせいに鳴る。
急報が届いた。
相次いだ報告をまとめれば、
〝緩衝地帯であり、大河の中洲にある都市国家郡に属する1地方で、反乱が発生した〟という。
城塞都市の、過激な民主共和主義者たちが――突如として武装蜂起。
防衛要塞を陥落させて〝独立〟を宣言。
彼らは自らを〝リーベルラント解放戦線〟と名乗った。
対策が練られ、軍議はさらに紛糾しながら善後策を探る。
都市国家郡は、すでに帝国に対して恭順の意を示しており――政治的には、帝国の属国とみなして問題はない。
だが、大河とその沿岸が緩衝地帯に含まれている。
これが問題点だった。
魔界連邦との間では、まだ具体的な講和条約が妥結しておらず――停戦合意が暫定的に維持されている。
これに基くと、帝国は武装蜂起した〝リーベルラント解放戦線〟を制圧するために――軍を派兵することは不可能となる。
戦争の正当化をせねば、帝国軍は大規模な軍事行動を封じられたまま――この変事に対応させられる。
両手を縛って目隠しをしたまま、家に不法侵入してきた強盗を捕まえるよりも困難で――愚かな行為だ。
高度に政治的な判断を要する事態である。
すなわち〝神姫〟ヴィクトリアの聖断を仰がねばならない。
そのための上奏文の策定と、いつ誰が参内して奏上すべきか――軍議はこれからさらに長引く。
軍にできることは、いつでも派兵に対処できるよう――準備を整えておくことが限界だろう。
陸軍の次席幕僚、スヴェンソン准将が思いつきを口にする。
「秘密裏に偵察部隊を送り込んでは、いかがでしょうか――空挺降下を得手とする部隊に。幸いにして、我が陸軍にはそうした活動を専門にしている、遊撃小隊がおりますので」
参謀の提案はすぐに採択された。
数日後。
ハーレークイン小隊は、あいかわらず夏休みを満喫している。
「ミルキーはママの味っていうけど、シーブリーズはパパの臭いだよな」
ヨハンの無駄口を聞いて、ソフィアは彼の肩の上で踵を浮かせる。
そのまま、妖精の少女は――青年の耳に顔を寄せて、匂いを確認した。
メントールとシトラスの香料が、ソフィアの小さな鼻腔をくすぐってきた。
「前のやつの方がいい――戻して」
彼女は小さな声で言った。
休暇中、ヨハンは好き勝手にソフィアを連れ回していた。
だが、事情を聞いたミリアムが、
「いけません」と言い出した。
「なんでだよ?」
「そもそも、これまで大尉たちはどちらへ行かれましたかっ!?」
「そりゃあ、もちろん楽しいとこに……」
答えに窮したヨハンに代わって、ソフィアが答える。
「お昼はカジノや競馬場と闘牛の見物――夜はキャバレーとストリップ劇場と酒場を何軒か。〝アダムの失楽園〟という、同性愛者用のサロンが賑やかで面白かった。あと、風俗店では〝キミ・ナンカ・シャシン・ト・チガワナイ?〟って詠唱も習った」
帝都の外に妖精族がいるのは珍しい。
どこの店を訪ねても、彼女はまるで銀幕のスターや女優のようにもてはやされた。
初めて出会う客はもちろん、店員やコンパニオンまで――彼女を歓迎して、代金を割引してくれたほどだ。




