第11章 海とソフィアのえにっき・リプレイ 02/07
ソフィアとは〝叡智〟の別名だ。
あるいは、グノーシス主義において――下位の女神、アイオーンと言われる。
いずれ、救済者と出会うまで――彼女は不完全な世界で生き続けるそうだ。
こんなふうに、現世を見ながら。
獅子の宮、8月の17日。
8時59分。
まだ早い時間なのに、太陽はとても元気。
暑いってこと。
でも、気温が風邪をひいちゃうより――ずっといい。
南国だし、せっかくの夏なんだから。
ホテルの外に出たら、通りすがりのオニヤンマが――〝昆虫相撲の夏場所が始まる〟と教えてくれた。
お礼を言ったら、
「イイッテコトヨ――ベッピンサン。オダイハ、ミテノオカエリ」だって。
10時00分。
コナラのオオクワガタと、クヌギのカブトムシ――両横綱の大一番の前。
ひときわ盛り上がったのは、オオムラサキとオオスズメバチ――大関たちが土俵入りしたとき。
おひねりに、カエデの樹液をあげた。
ホテルに戻ったけど、ヨハンはまだ出てこない――遅い。
11時12分。
ようやく彼がロビーに降りてきた。
背中の翅が、勝手に揺れた――なんで?
私たちは乗合の牽引車で、ホテルから繁華街へ移動。
同、26分。
繁華街の入り口で降りる。
心付けの相場が帝都の乗合馬車と違ったことで運転手と揉める。
運転手が手を出してきたので、拳銃で脅して追い払う。
同、29分。
目についた屋台の、氷菓子をヨハンと食べはじめる。
冷たくて美味しい。
溶けた赤い雫を、彼の肩に落としちゃったのは内緒。
イチゴのシロップで、舌が赤くなったことをからかわれた。
でも、
「キティちゃんみたいな色♡」ってどういう意味?
子猫?
きっと辞書にも載っていない、下品な慣用表現だと思う。
あとで調べる気にもならない。
彼は私が残した分を食べてから、ラム酒風味というのを見つけて――おかわりを頼んだ。
そしてお腹を壊した。
間が抜けてる。
同、43分。
トイレから出てくる。
同、44分。
喫茶店に入るが、カプチーノがないことに憤慨して店を出る。
腹いせに看板を蹴飛ばした。
いつにもまして子供っぽいけど、いつもより大人しい。
12時03分。
郷土料理の店で昼食を食べようとする。
でも、妖精族用の献立がない。
帝都の外に、私たちが出ることは稀なので仕方ない?
ヨハンに定食のサラダと果物を分けてもらう。
「好き嫌いしほうだいだなっ!」
ん。
同、55分。
店の向かいにあるカジノへ。
13時36分。
私が選んだスロットマシンで、彼は〝ジャック・ポット〟を出す。
「ヒャッハー!」
うるさい。
2ペンスずつ3枚賭けて、500ポンドのチップを得た。
換算すると1万シリング、彼の年収の倍を超える大金だ。
13時59分。
「マティーニを頼む――ジンとウォッカ、キナ・リレをシェイクして、レモンピールを添えてくれ♪」
そう言って、バーマンに2シリングのチップを払ってた。
〝ヴェスパー〟という、気取ったカクテルを頼んでから――ホールデムの台へ。
そこで大勝負に出る。
カジノの専門用語では、これを〝カモ〟っていうの。
真似しちゃ駄目。
5と7のスペードで、ストレートフラッシュを狙ったらしい。
ヘッズアップ。
1対1の勝負。
「……」
相手はおそらくフルハウスを揃えている。
最後の1枚に期待して挑むのは無謀だと、当たり前の助言をしてあげたのに。
なぜか彼は強気に出た。
「5と7のスペードが手元にあるときは、オール・インで勝負に出るんだぜ」
それが〝カジノ・ロワイヤル〟だそうだ。
でも負けた。
もう、意味がわからない。
きっと、ヴェスパーというカクテルを呑みすぎたせい?
味見したけど、後味がいまいち。
ヨハンは、
「敗北の苦みが隠し味」と強がったけど、もっと甘くしてほしい――お花の蜜みたいに。
14時06分。
大金を失った惨めな彼は、カジノの向かいの通りを歩く――観光客らしき女性に目をつける。
ヨハンは、
「傷ついた硝子細工の心を、ゆきずりの美女に磨いてもらうのも乙だ」と御託を言った。
私がいるのに?
ふーん。
彼はもっと広い視野を持つべき。
そうでしょ。
行き交う自動車に警笛を鳴らされながら、強引に道を渡って――彼女に近づこうとする。
その女性は、帽子を目深に被った――サマードレスに着替えたミリアム少尉だった。
「……」
同、07分。
ヨハンは声をかけず、逃げるように来た道を引き返そうとする。
しかし、唐突に振り返って、
「やっぱ、尾行しようぜ。ぬへへ」と言い出した。
また、悪趣味の始まり。
同、15分。
街外れの断崖に近い、帝国貴族御用達の温泉施設に少尉が入っていく。
彼は何かを閃いたのか、急いでホテルに引き返す。
同、52分。
登攀用装具と、偵察用の装備を用意して戻ってくる。
道を下って崖下の浜辺に出ると、地図を確認してから断崖を登りはじめる。
15時04分。
登頂に成功。
日頃の厳しい訓練の成果だと自賛していた。
そこで偵察用機材を設置して、監視につく――というより、女湯を覗いた。
馬鹿馬鹿しい。
裸が見たいのならミリアム少尉に頼めばいい。
私が彼の愛用品のマグカップを借用して、お風呂にしているとき――ヨハンは、いつも虫眼鏡を片手に覗いてくる。
その〝見物料〟で取引が成立。
少尉とも取引すればいいだけなのに。
同、09分。
巡回中の警備員に見つかって、崖から落ちる。
確保をとっていたため、大怪我には至らない。
1歩でも間違ってたら死んだはず。
愚かにもほどがある。
同、12分。
浜辺に駆け下りてきた警備員を、潜水装備を活用して――海に潜って追跡を振り切る。
無駄に用意がいいのは、いつものこと。
同59分。
ホテルのロビーに戻ってくる。
先に帰っていた少尉と鉢合わせた。
ヨハンの憔悴しきった様子を、ミリアム少尉が心配した。
彼女は、何があったのかと訊いてくる。
ヨハンが、なぜかはぐらかすので――代わって経緯を話してあげる。
「――っ!」
「ぴえん!」
ミリアム少尉は怒って、ホテルの外まで追いかけ回した。
人間の女性は、裸を見られることに抵抗があるの?
奇妙なところがあるものの、彼らと一緒にいると退屈とは無縁でいられる。
だから、私はこれからも――ヨハンのそばにいようと思う。
あ。
これ、全部――軍事機密。
誰にも言っちゃ駄目。
いい?
私の日記をもう覗かないで。
『ソフィアのえにっき』
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