第10章 ハイジャックのチケットは片道切符 08/08
「彼らは僕の護衛を命じられた、帝国の軍人だよ――命を救ってもらった恩人なんだ」
サムエルはそう言って、ヨハンたちを改めて紹介した。
《外交とは、かくも不可思議でございますな》
「連邦の本土に送ってもらっていいかね?」
《恐悦しごくに存ずる――ただいま、居住区を新規に普請し申した。そちらの貴賓室と同じ部屋と、1等客室を再現してございまする》
目を凝らすと、セイレーンの背中にはドーム状の光の幕に覆われた――町並みのようなものが見えた。
「というわけで、世話になったね――スミス大尉」
サムエルは振り返ると、握手を求めてくる――屈託のない、あどけない少年のような微笑をして。
「なんだ、気持ち悪い――こっちは任務だから嫌々やったのに」
ヨハンがいつもの調子で言った。
これに、
「大尉っ!」とミリアムが注意した。
また、妖精の少女も便乗して――素行不良の隊長の耳を引っ張って言う。
「ちゃんとして」
「へいへい、わかったよ」
ヨハンは魔族の貴公子の手を握った。
2人が手を離すと、サムエルは踵を返し――同行させた官僚たちの腕を両手で掴む。
「ん? なんだこれ」
ヨハンの手には、握手を交わしたときに――小ぶりなベルベットの袋を渡されていた。
中には、大小さまざまなダイヤモンドの粒と――1つだけ、数百カラットを超えそうな巨大なダイヤモンドが詰めてあった。
いずれも見事なブリリアントカットで、人造のジルコニアのように透明度も高い。
もしも転売すれば、このエリザベス号が丸ごと買えそうな値がつくだろう。
「……」
ヨハンは無言でそれをポケットにしまった。
「では――また会おう、諸君」
そう言うと、サムエルの背中からは3対6枚からなる――純白の熾天使の翼が顕れた。
魔族だというのに、なぜ彼が熾天使の翼を持つのか――不思議なものである。
「捧げ銃! 敬礼!」
「……直れ! 控え銃!」
ミリアムとシニアの号令にハーレークイン小隊は従い、整列した彼らは――サムエルたちが天高く昇っていくのを見送った。
間もなくして、無事に乗り移ったのか、
《エリザベス号とその乗員、そしてハーレークイン小隊に告ぐ――そなたたちの航海の無事を祈る》とセイレーンから信号が送られてきた。
残る問題を片付けるため、ヨハンは船の通信用端末水晶を拝借して――マイアに連絡をとる。
「あー、俺俺、俺だけど――そうそう。可愛くて賢い、猶子様だぜ。いや、挨拶とかいいから。おばばを呼び出してくんない?」
〝可愛げ〟も〝賢しさ〟の欠片も感じられない、粗野な口調で――ヨハンは、相手が出るなりまくしたてる。
「ああ、ババア? 俺俺、俺ちゃん――ちょっと立て込んでて、金が〝少し〟要るんだ。……ん? 9000万。いやいや、シリングだって。ポンドかギニー金貨で、今から言う銀行の窓口に配達してくれないか? ついでに、任務は片づいたって、統合参謀本部とノーマッド基地に知らせといてくれよ♪」
通信用のハンドセットからは――マイアの怒号が返ってくる。
当然のことだ。
《うつけを申すでない! いくら、妾がそなたを甘やかすといえども、ものには限度があると知れ! 9000万シリングが、いかほどの大金か、そなたはわかって申しておるのだろうなっ!?》
「いやー、そこはさ、頼むよ――投資に騙されたと思って。大丈夫、出世払いで次の次の世紀末までに返すから」
ヨハンがそう懇願する様子を、艦橋に集まった部下――ミリアムとソフィアは白けた顔で見ている。
「甲斐性なし」
「いくらエフライム閣下であろうと――そんな大金を、やすやすと動かせるものか」
腹心の乙女たちはそれぞれ小声で言った。
《さような大金を払えば、来る夏の茶会に合わせようとした靴と、坊やに披露するための水着が買えぬであろうが――それとも、坊やはこの〝おばば〟に対し、茶会に裸足で出ろと無体を申すか? 裸になるのは、まあ、吝かではないが。ほれ、風呂にも一緒に浸かっておったし。あれは、今年のいつじゃったかのう……》
「気色の悪いことほざくんじゃねえ! このロリババア! それとまた靴か! 懲りろ! どんなに高ぇ靴を買ったって、2千年間チビっ子してるあんたの背は高くならねえよ――とにかく、頼んだからな! 9000万、耳を揃えて払えよ!」
《これ、待たぬか――坊や、坊や……》
ヨハンは一方的に言って、端末水晶の通信を閉じた。
「よし! これにて1件落着♪」
ヨハンは満足げに頷いた。
そのやりとりを見守っていた2人は、揃って首を傾げている。
ソフィアは、
「どこが?」と言って小さな頭を傾げた。
ミリアムもまた上官に訊く。
「え? 大尉、いまのでよろしいのですか?」
「平気だろ? 靴なら他にいくらでも、あのババアは持ってるから――それに、ロリっ子の水着なんて拝みたい物好きなんかいねえもん♡ いねーよなぁ?」
数日後。
エリザベス号に再び通信が届く。
統合参謀本部からは、ハーレークイン小隊の任務完了を承認したこと――1週間の特別休暇を認める通信が届いた。
また、当該船舶を運行する海運会社には――匿名で500万ポンド相当のギニー金貨の寄付が、弁護士と銀行家を通じて届けられた。
その一報は、鉱石ラジオのニュースを賑わせた。
「ババアが余分に払ったからな――全品、100パーセント・オフのバーゲンだぜ♪ 好きなだけ〝ヒャッハー〟していいぞ!」
素行不良の小隊長は、下船を心待ちにした部下たちに――堂々と〝略奪〟を許可した。
エリザベス号が保養地に停泊して、補給を受ける機会に――ハーレークイン小隊は船から降りていく。
「世話になったな、船長――下船許可をくれ」
「2度とお会いできないことを、心から祈りましょう――下船を許可します」
ヨハンたちはエリザベス号にある無人の店舗から、勝手に持ち出した平服に着替えた。
「夏休みだぞ――お嬢さんたち。殺しと犯罪と性病はなるべく避けろ。前フリじゃねえからな?」
「下品」
「一度で結構ですから――もう少し、まともな訓示をして下さいっ」
ソフィアとミリアムに窘められながら、ハーレークイン小隊は保養地にあるホテルの部屋をとった。
逗留先は、エリザベス号を運行する海運会社と経営母体が同じところだ。
それから、1週間後に乗り込む列車の手配を済ませた。
用意が整い、小隊を解散させる。
「あー、ちょっと待った――〝あれ〟やろうぜ? せっかく海に来たんだし」
指揮官は小隊を連れて浜辺まで行き、防波堤に整列させた。
それから、
「せーの♪」と合図した。
直後、ハーレークイン小隊の有志――ヨハンと26人の兵士たちは、その場で跳び上がって叫ぶ。
「ヒャッハー!」
「海だぁああ!」
「シュワッチ!」
「ジェロニモ!」
防波堤の下で、シニアとミリアム――ソフィアが、仲間たちの馬鹿騒ぎを見ていた。
着地したヨハンが言う。
「スーパーヒーロー着地と〝きららジャンプ〟の合わせ技、これは流行る♡」
相変わらずの物言いに、ミリアムが何か言いかける。
「……っ」
「まあまあ、少尉殿――これくらいは大目に見てさしあげてください」
「ん」
仲間たちがはしゃいでいる姿を一瞥し、彼らは――粛々と割り当てられたホテルに移動した。
第10章 ハイジャックのチケットは片道切符
プレイリスト
Three Dog Night - Joy To The World
オマケの補足(蛇足)
1シリング=1200~1500円
1ポンド=20シリング=240ペンス=960ファージング
1ギニー=21シリング
この狂った貨幣制度は20世紀の後半(1970年頃)まで実在
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