第10章 ハイジャックのチケットは片道切符 05/08
副官の女騎士と違って、この素行不良の上官には〝罪悪感〟というものがないのだろうか。
「よくやった――みんなにも言っておいてくれ。ブラボー・チームとお前さんは、先に休んでろ」
ヨハンはミリアムに言った。
「……はい」
「PIDの照合が済んだら、死体は早めに片付けよう――霊安室があるだろ? シニア、ブリッジに案内を頼む」
「はっ」
ヨハンは食堂にミリアムを残して、シニアとともに通路の階段を上がっていく。
「……君が主犯か」
船長を務めるヒル氏は62歳だ。
平民出身ながら、若くして帝国海軍の士官学校を出て――55歳で掃海艦の艦長を最後に、少将に昇進して退役した。
以後、海運会社に籍を移し後進を育成し――エリザベス号の艦長には5年前に就任した。
ヨハンの年齢よりも、遥かに長く海で生きてきた男は――首謀者の若さに驚きを隠せないようだ。
「これから、あんたらの拘束を解くが――指示に従ってもらうのが条件だ」
「よかろう」
「……」
ヨハンが頷くと、部下たちがヒル艦長をはじめとした――乗組員を縛っている樹脂の結束バンドを切っていく。
「君たちは何者だ? 目的はなんだね?」
ヒル船長は訊いた。
「帝国陸軍第99連隊直属の第1小隊、指揮官のスミス大尉――この船を占拠した目的は、魔界のVIPのPSDだ」
「魔界の……?」
ヒル船長は片方の眉を動かした。
彼は、上着のポケットからパイプを取り出して言う。
「それにしても、まさか正規軍とは――君たちは同胞の船をハイジャックしたのだぞ? わかっているのか? これがどれだけ重罪か。いったい、誰がこんな暴挙の許可を出した? まさか統合参謀本部の直命とでも言う気か? 〝ルテナン〟スミス」
船長は嫌味のつもりか、敢えて海軍式の呼称で言った。
「あんたの、クソ度胸に免じて〝上〟が誰か教えてやってもいいぜ――統合参謀本部じゃない。もっと上の、そのまた上だ」
統合参謀本部の上部組織は、帝国政府中枢の内閣であり――その〝上〟となれば〝神姫〟しかいない。
遠回しに彼は〝勅命を奉じている〟と言ってきた。
「……まさか」
ヒル氏は息を呑んだ。
ヨハンは背後に控えているシニアを振り返った。
「上級曹長、ブリッジに〝エンジェル〟をお連れしろ」
しばらくして、部下に護衛されたサムエルが艦橋に現れた。
「やあ」
「……あなたが彼らを?」
サムエルに向かってヒル船長は訊いた。
魔界の貴公子は、
「いやいや――僕はお荷物だよ」と自分を卑下した。
「失敬、ご両人とも」
その間にシニアが割り込んだ。
上級曹長が改めて紹介する。
「ヒル船長、もとい退役少将閣下――こちらはサムエル殿下。魔界連邦の中核州を治める藩王陛下の公子殿下にして、こたびの帝国と魔界連邦の講話条約締結における、全権代理人であり外交特使であらせられます。殿下は現在、正体不明の〝敵〟にお命を狙われており、一刻も早く国外脱出を図る必要があります。このたびの作戦行動は、高度に政治的な問題が背景にあるものとご理解ください」
ヒル船長は、艦長席のわきに置いてある――昨夜の夕刊を一瞥した。
おそらく、そこの1面にはサムエルの電撃訪問の記事が載っている。
また、社会面までページをめくれば――彼の直衛として、ヨハンの写真も見つかるはずだ。
「要求は殿下が御自ら行う――どうぞ」
ヨハンに促されて、サムエルは前に進み出た。
「乗船を許可してくれたまえ――僕と連れが2人。それと、彼ら帝国軍人は合わせて30人だ。そして、ただちに外洋に向けて出港してもらいたい。目的は先ほども上級曹長が言った通り、僕の国外脱出だ」
「……」
間もなく、ヒル船長は伝声管を通じて――機関室にエンジンを始動するように命令を発した。
そして数時間後、ハーレークイン小隊に武装占拠されたエリザベス号は――汽笛を鳴らして出港した。
港湾局の哨戒艇や帝国海軍の沿岸警備艇は、その快速にことごとく追いつけず。
飛竜の戦闘行動半径を突破して以降、彼らの足取りは途絶えてしまう。
その直前になって、ヨハンはエリザベス号の通信担当士官――スチュアートに言う。
「上の飛竜に打電を頼む――〝エンジェルはハーレークインとともにあり〟って」
「……はい」
スチュアートが信号を送ると、ヨハンは肩の上に立つ妖精の少女――ソフィアを見た。
「確認――でも、彼は同時に救難信号と、私たちの人数、この船の状況を知らせた」
「スチュアート! 余計なことはするな!」
ヒル船長が、しわがれた声を張って――ヨハンたちに向き直った。
「部下の不始末をお詫びします、大尉――しかし、彼は船の運行には欠かせない人材です。この場はどうか収めてもらえますか?」
ヒル船長は、部下に危害をくわえられることを危惧したのだろう。
彼からすれば、ハーレークイン小隊は陸軍の愚連隊であり――ハイジャック犯なのだから、無理もない。
「いいって、船長――あんたらの方から言った方が、軍も信頼しやすいもんな。うちから送ると〝なぜか〟信用されないんだよ」
彼は白々しく言って、ポケットから細巻きを取り出して火をつけた。
ヒル船長は落ち着きを取り戻して言う。
「大尉にいま一度、確認をします――南洋から大河を遡上し、魔界連邦側の領海に。とのことでしたが、2つ問題があります」
「問題?」
ヨハンが訊くと、ヒル船長は席から降りた。
それから、海図の前に案内した。
「補給が必要です――今回の航海計画では、南洋の保養地を経由して、そこであらためて物資や燃料を補給し、外洋の島々を巡る予定でした。物資は、我々だけとなれば充分でしょうが、航続距離を考えますと、このままでは大河の途上で重油が尽きてしまいます。ましてや、往復など不可能です」
「おそらく、小官もそうなるかと――いえ、船舶については門外漢ですが。洋上ならばまだしも、大河での立ち往生は憂慮すべき事態です」
この場の人間で、ヒル船長ともっとも年齢が近いシニアが言った。
「往復航行が可能な範囲はどこまでかな?」
やりとりを見守っていた、サムエルが訊いた。
「この保養地の南西――約500海里が限度かと。到着までは2週間を要します」
「なら、そこに迎えに来てもらうよ――友人に」
「は? お前さんにそんなのいるのかよ?」
「失敬な――かの英雄サムソンだって、僕のよき友だよ」
「そいつ〝ペリシテ人絶対殺すマン〟じゃねえか! そんなヤバいやつに迎えに来られて、たまるかよ」
「おさげを解いてあげれば、大人しくなるよ――覚えておきたまえ」
「いっそ丸刈りにしちまえ」
「そんなことをしては駄目だ――当代のは、かわいい子なんだから」
周囲からの呆気にとられる視線を気にせず、ヨハンとサムエルは雑談に興じていたが、
「お2人とも、そこまでに」とシニアに窘められた。
サムエルはヒル船長に向き直って訊く。
「……それで、もうひとつの問題とは? おそらく補償の件かな?」
「は――殿下のご明察の通りです」
ヒル船長は頷いた。




