第10章 ハイジャックのチケットは片道切符 03/08
今までにも何度か、こうした場面はあった。
ソフィアがいなければ、このハーレークイン小隊は――即座に機能不全に陥るだろう。
ヨハンは彼女を軍にスカウトしたときに、あるいは――ここまで見越していたのか。
初対面のときに口では、
〝仕事は通信・分析担当の特務と、貴重なパンチラ要員だ♪〟と言っていたが。
ミリアムとシニアから通信が入る。
《シエラ・ナイナーへ――ブラボー・チーム、準備よし。〝ゾディアック〟で待機中》
《チャーリー、同じく》
この両チームは、ゴムボートで闇に紛れ――港湾を迂回して接近する予定だ。
《エコーは〝ローマ〟通過》
ローガンたちは順調のようだ。
それを合図に、
「シエラ・ナイナーより、ブラボーとチャーリーへ――移動開始せよ。目標〝ワシントン〟へ」とソフィアは指示した。
そして間もなく、
《エコーは〝ワシントン〟到着――これより〝階段〟の工事にかかります》
《ブラボー、及びチャーリーは〝方舟〟まで残り半海里――速度は13ノット》
「エコー・チーム、急いで――残り2分」
《シエラ・ナイナーへ――エコーだ。2つめを設置している。確保まで90秒》
《シエラ・ナイナーへ――ブラボーとチャーリーは、到着まで500ヤード》
「全隊へ――残り1分」
海の上を翔んでいる、ソフィアの耳にエンジン音が聞こえてきた。
2艘の黒い小舟が、航跡をともなって――エリザベス号の船尾に向かう。
当直の見張りには、既に目視で見つかっているだろう。
もはや後戻りはできない。
《エコー、設置完了》
報告を聞いたソフィアは、
「ブラボーとチャーリーへ――こちら、シエラ・ナイナー。接舷許可」と言った。
2艘のゴムボートが、エリザベス号の船尾から船体の腹に沿って――所定の場所に近づく。
目印として、ロープラダーに結びつけた――青く発光する蛍棒を目指して。
2つの縄梯子を伝って、8人ずつに分かれたブラボーとチャーリー・チームが登ってくる。
エリザベス号の第5デッキで待つ、ローガンのエコー・チームとミリアムとシニアたちが合流した。
彼らはウェットスーツを着込んだ上から、飛竜の搭乗員が着用する――難燃繊維で仕立てられた、オリーブ色のツナギを纏う。
これは、潜水服の生地が水に濡れると光沢を帯びて反射する――その欠点を補う、海軍の陸戦隊から生まれた戦訓を元にしている。
また、首から胸の下には極小のガスボンベと直結した――緊急用のライフプリザーバーを、装具と合わせて身につける。
頭に被るのは、黒い樹脂製のヘルメットで――銃撃への防具ではなく、転倒や事故の負傷予防のためだ。
武装は全員、銃身を短くして先端にサイレンサーを装着した――改良型の自動小銃と拳銃を携行する。
その他には、閃光音響手榴弾――少量の爆薬、破壊用の工具など。
ローガンたちが作業服の上から、武器や装具を身につける間――第5デッキの右舷で前後を、ミリアムとシニアたちが守る。
《移動開始――〝サンティアゴ〟へ》
準備が出来たらしく、ミリアムが言った。
第5デッキを素早く移動し、所定の通路で彼らは船内に入る。
ここからは、もう海上を翔ぶソフィアの位置からは目視できなくなる。
仲間たちの連携に任せるしかない。
「全隊へ――シエラ・ナイナーは船尾側に移動。アルファ・チームの誘導準備にかかる」
《了解》
船首側のエレベータが、次のチェックポイントだ。
《シエラ・ナイナーへ――こちら、ブラボーのセブン。間もなく〝ウプスラ〟到着》
ミリアムが報告した。
「気をつけて――怪我しちゃ駄目」
《シエラ・ナイナーへ。エコーはこれより、下に降りる――〝ヴァレンシア〟へ》
「ん」
ミリアムたちは船内を進む。
先頭の1人が立ち止まり、曲がり角を押さえた。
その横を通り過ぎるときに、
「最後尾だ」と先頭だった仲間の肩を叩いて、声をかけた。
チームの全員が渡ったことを知らせるためだ。
曲がり角や、死角を補い合うたびに――先頭が援護し、2番手が先頭に繰り上がる。
そして、先頭で角を警戒していた人員が〝最後尾〟となる。
よく訓練された特殊部隊は、全隊がひとつの生き物のように――有機的に機動する。
「コンタクト!」
ブラボー・チームで先頭を歩く、部下が声を張った。
「撃ってきた――敵だ!」
事前に定めた規定に則って、ミリアムは反撃を命じる。
「交戦を許可――応戦せよ!」
エリザベス号は、世界最大の巨大旅客船だ。
2千人の乗客、1000人の乗員を守るために――常駐している警備員は、武装が認められている。
彼らは海運会社が業務委託する、民間の警備会社ではあるが――実態は実質的な傭兵派遣会社としても知られる。
社員のほとんどは元軍人で、こうした警備業務以外の業務も担う。
例えば、ギルドが〝看板〟にしたい――英雄的な冒険者に〝偉業〟を成さしめるための、露払いなど。
また、魔界連邦との世界大戦中には――中立国である中洲の都市国家群に対し、帝国軍が直接的な軍事行動を封じられた際の〝切り札〟として運用された。
「チャーリーへ――こちら、ブラボーのセブンだ。第9デッキ〝トリポリ〟の手前で、敵と交戦中」
ミリアムたちは艦橋を目指して移動中だった。
そこで、吹き抜け階段に出たところで待ち伏せに遭った。
かろうじて遮蔽物に身を隠したものの、敵が2箇所に設置した軽機関銃を間断なく掃射してくる。
そのため身動きがとれなくなった。
ブラボー・チームは、ミリアムを含めて8人いる。
この場に数人残し、左舷側から迂回して敵の背後に周り込めるはずだ。
後ろをとれれば〝敵〟を降伏させられるかもしれない。
今、この船内で戦っている相手は立場こそ違えど――同胞だ。
できれば――撃ちたくない。
ミリアムの逡巡は短い間ではあった。
しかし、その間にも事態は進行する。
状況を打破するため、シニアが言う。
《チャーリーは右舷側を移動中――少尉。しばし、猶予を。横槍を突きます》
これに対して別働隊として、第1デッキまで降りたはずの――ローガンが通信に割り込んでくる。
《ブレイク、ブレイク、ブレイク、ブラボーとチャーリーへ――エコー・チームです。そちらの照明を切ります、合図をください》
《エコー・チームへ――チャーリーのファイブだ。了解した――待機せよ》
「待て、上級曹長……!」
《ブリーチ・チャージ、セット! エコー! 照明を切れ!》
床に書類を満載した箱を落としたような、短い音がして――ブレーカーが落ち、照明が切れた。
「……」
闇が訪れた。
直後に鋭い起爆装置の破裂音と、扉を爆破する鈍い轟音が立て続けに響く。
《ブリーチング! ブリーチング!》
右舷側から、チャーリー・チームを率いるシニアたちが突入した。
彼らは敵が闇に襲われたところを、自動小銃に固定した――フラッシュライトの閃光を目眩ましにして撃つ。




