第10章 ハイジャックのチケットは片道切符 01/08
早朝。
帝都、宮殿の後宮にて。
「お早うございまする、陛下――今朝もまたそのかんばせの如く、帝国は陛下の御威光があまねく行き届き、山々の小鳥の囀りから大海原に棲む魚たちの鱗の煌めきまで、陛下の治世を言祝いでおりましょう。して、なにをしておいでか?」
竜王にして、空軍の重鎮――そしてヨハンの養母であるマイアが、後宮の奥の院に参内した。
浅紫の高貴な朝服を纏い〝太傅〟として。
〝神姫〟ヴィクトリアは、自室に大量の新聞を集めているようだ。
「太傅――しばしお待ちあそばせ」
それは、帝国が発行している各社のもので――それぞれ3部ずつを宮内尚書に命じ、揃えさせたものである。
ヴィクトリアは、96代に渡って連綿と古の聖なる血を継ぐ――今上の〝神姫〟である。
女帝にしては、かなり質素な倹約家で知られており――自ら何かを欲することは滅多にない。
その〝神姫〟が、なぜ夕刊紙のタブロイド判まで含めて頼んだのか。
「……」
彼女とヨハンの関係を知っている、数少ない帝国の重鎮はなんとなく察した。
ただし〝なぜ3部なのか〟については、理解していないようだ。
ヴィクトリアはマイアに尋ねられるまで、黙々と新聞の記事と写真を切り抜いていた。
ようやく一段落したのか、帝国の最高権力者はハサミを置いた。
「小母様――ご覧になりまして? ついに、お兄様のご尊顔が新聞を飾りましたの」
「うむ……」
マイアは困惑しつつも頷いた。
「いま、お写真と記事を集めておりますが――保存用と観賞用と〝実用〟で、3つ制作するこの使命。ヴィクトリアは政務と同じく、とてもやりがいを感じています。それにしても、サムエル公子殿下には悋気を抱いてしまいます。わたくしも、いずれはお兄様と愛の逃避行に興じてみたいものです。この世の果てまで! 何人もいない、楽園のような南の島で一糸まとわず、そこでついにお兄様の熱き接吻がこのヴィクトリアの肌を焦がし……」
相変わらず〝神姫〟は双子の兄への倒錯的な恋慕を拗らせた。
聞くに堪えない主君の座興を、太傅として竜王のマイアが嘆息して打ち切る。
「お戯れがすぎまする――ところで陛下、その坊やがまたも〝やんちゃ〟をしたそうで」
マイアは先ほど、統合参謀本部からの急報を受け取った。
豪華客船、エリザベス号が〝何者か〟に武装占拠された。
その客船からの救難信号で、
〝武装集団が自らをハーレークイン小隊だと名乗った〟という情報も、未確認ながらあがっている。
彼女は急報の内容をヴィクトリアに告げた。
ホテルの爆破の件といい、昨夜からは帝都を騒がせる変事が相次いでいる。
その爆心地には、いつもヨハンがいるようだ。
「よって妾はしばらく、統合参謀本部に詰める――おそらく、坊やが泣きついてくるじゃろうて」
「太傅のよきように」
ヴィクトリアに恭しく拝礼し、頭を下げたままマイアは小言を告げる。
「ご趣味に〝うつつ〟を抜かして、朝餉をおろそかにしてはなりませぬぞ? よいですな?」
「太傅は婆やみたいにうるさいですね……」
「妾はピッチピチの乙女じゃ!」
話は昨晩まで遡る。
「君たちは大変な間違いをしている――人を傷つけたり、殺したり。物を盗んだり壊したり、悪いことを企んでいるんだろう? そんな大事なときに、魔族の僕を除け者にするなんて、あんまりだ! 僕だって悪いことをしたいのに我慢しているのに、仲間はずれなんて。お願いだから、手伝わせてくれたまえ。魔族の、それも〝使徒〟が、良い子でいることがどれほど苦痛か、わかるかい? ちょっと、聞きたまえ! もしもーし……?」
夕食のケータリングが届くと、安宿の部屋に――サムエルは魔界連邦の官僚たちと閉じ込められた。
ヨハンは、ミリアムとソフィア――それからシニアといった幹部を招集した。
また、小隊の先任下士官である――1等軍曹のローガンとメイソンも呼ぶ。
彼は、
「いま、港にエリザベス号ってデカい客船が来てるだろ?」と訊いた。
「新聞で見ました」
メイソンが頷いた。
「あれを徴発して――魔族のガキとお供を連れて、海に出る。やれるか? 上手くいったら、スイカとフライドチキン以外の〝マトモな食い物〟にありつけるぜ」
黒い肌をした人々の民族料理を引き合いに出しつつ、挑発的に言われた――メイソンは白い歯を見せた。
浅黒い顔を輝かせて。
「ぜひ大盛りで頼みます――大尉」
「ローガン、お前さんは〝ほうれん草の缶詰ばかり食ってる〟水兵どもと遊んでやれ」
「合点です、大尉」
「お待ち下さい」
副官のミリアムが割り込んだ。
彼女は仲間たちの注目を集め、
「エリザベス号の徴発を行うと仰せですが――どのような法的根拠を元に、決行されるのですか?」としごく真っ当なことを訊いた。
ただ、ハーレークイン小隊の副官を務めてきた彼女だ。
次第に〝やり方〟に慣れつつあるため、回答にはなんとなく察しがついているようだ。
「法的根拠……?」
案の定、ヨハンはそんな言葉は初めて耳にした――というような反応だ。
「辞書が欲しい? 引き方はわかる?」
ソフィアが辛辣に訊くと、1等軍曹たちが失笑を漏らした。
「……」
「っ」
彼らはシニアに一瞥されると威儀を正す。
「上級曹長、大尉にご説明を――簡潔に」
仕切り直すようにミリアムが促した。
だが、語尾にはやや棘が残っていた――直属の上官が、あまりにも素行不良なのだから無理もない。
シニアが言う。
「申し上げます――少尉殿が仰った通り、民間船舶を軍が徴用するためには、いくつかの法的手続きに則る必要があります。通常は、統合参謀本部が帝国政府に許可を求め、帝国政府の承認が降り次第、関係各省に通達が降り、実務担当者同士と実際に乗り込む部隊の指揮官や、当該船舶の甲板部士官との連携を密にするものです。つまり、今日の今日にエリザベス号に出向いて徴発することは不可能です。正規の手段では」
「ならどうするの?」
妖精の少女は、小さな頭を傾けて訊いた。
「手続きは全部端折る――書類の代わりに銃を使ってな。従って、法的根拠も許可も求めない」
「つまり?」
ソフィアはヨハンに明快な回答を促した。
「ハイジャックだ♡」
「あなたという人は……」
こうして、またしてもミリアムは苦労を抱え込むことになった。




