第9章 良いニュースと悪いニュースがある 06/06
ハーレークイン小隊からの定時報告では、爆発の前に――彼らはサムエルを、ホテルから飛竜で退避させることに成功したそうだ。
なぜ爆発を都合よく事前に察知できたのか。
また、それが可能だったのなら――爆破そのものを未然に防ぐことはできなかったのか。
メイ中佐は指揮官である、ヨハンに尋ねたいことがいくつもあった。
もうじき、副官のシメオン少尉が――隊長の代理として出頭するはずだ。
ところが、予定の時刻になっても現れなかった。
彼女に限って、遅刻をするとは考えにくい。
「……」
腕時計を確認したメイ中佐は、通信担当の准士官に命じて――ハーレークイン小隊の端末水晶を呼び出す。
しかし、いっこうに繋がらなかった。
調べたところ、通信のチャンネルが意図的に区分けされ――暗号化した別の周波数帯域で、彼らが交信しているところまでは判明した。
肝心の内容については、暗号鍵の解読が人間には不可能だった。
現在は寺院にある、通信管制塔の妖精族に協力を要請したところだ。
間もなく妖精族の長、ソフィアの母親こと――ティターニア・エインセルが、自ら陣頭に立って現れた。
彼女は、
「まあ、まあ――あたくしの愛娘が抜け駆けして、不良の軍人と駆け落ちをしたんですの? これは是非とも、ご協力をせねばなりませんわね。だって、ヨハン・スミス大尉との夜伽は、あたくしが先に約束を交わしましたもの♪」と不穏なことを言って、快く引き受けてくれた。
ソフィアが口数少なく、物静かな性格に対して――母親のほうは、ある意味で妖精らしい奔放さの権化だ。
「なにしろ〝夏の夜の夢〟といえば、あたくしの独壇場です♡」
妖精の貴婦人は、すぐにハーレークイン小隊――というより、これに所属する妖精の少女が使っている、暗号化の数列の元を割り出した。
「あらあら、フィボナッチ数の量子化? 時間相制御でイタズラを仕掛けるなんて――随分〝おませ〟な暗号ね。あたくしの可愛い〝叡智〟ちゃん♪ 残りは揺らぎの元となる〝象徴〟を割り出せば……って、ちょっと! ほんの数ヶ月で、どれだけ、あの破廉恥大尉と思い出を重ねてるんですのっ!?」
妖精の長が小さな両手の指を鳴らす。
すると、周囲には魔法陣に彩られた――銀幕を写真のように切り取った景色が、無数に浮かび上がる。
次に彼女が手を叩いて広げると、シャボン玉のように――宙空に泡のひとつひとつが、浮かんでいく。
今までの景色が1コマずつ、映し出されて。
そのどれもが、ソフィアの氷で出来たルビーの瞳が捉えた――日常ばかりだ。
そして、いつも――ほとんどの場面の中心に、ヨハンがいる。
怜悧にして、物静かで毒舌の切れ味の鋭い――〝叡智〟の名を冠した妖精の少女が、片時も離れず人間の男を目線だけで追いかけている。
「……♪」
ティターニアは、湧き上がる微笑を抑えることができなくなった。
自分の娘が、乙女心を知った少女が――何を元に、暗号を組み立てたのかを推測するのが、愉しくてたまらないのだろうか。
「若者の逢瀬を邪魔する、野暮な母の〝役〟も悪くありませんわね――想い人を略奪を企む淫蕩な背徳♡ 仕事がどんどん捗ります♪ 夜通し踊り明かすのが、こんなに愉しいなんて!」
作業が順調に進んでいたところで、
「中佐殿! 急報でございます!」と駅に設けた司令部に伝令が飛び込んできた。
メイ中佐が促すと彼は早口で報告する。
「帝都港湾局より緊急通報がありました――正体不明の武装勢力によって、停泊中の客船、エリザベス号が急襲された模様であります。その後、当該船舶は出港、港湾局の制止と沿岸警備艇の追跡を振り切って、外洋に進行中とのことです。外洋からの進路は南西! 魔界連邦本土です!」
メイ中佐は頭を抱えた。
どうしてこうも〝厄介事〟は重なるのか。
よりにもよって、先代の〝神姫〟の御名を冠した客船が、テロリストに狙われるなど。
あってはならない事態だ。
そして、列車の出発時刻は5分後に迫る。
メイ中佐は部下たちに命じて、いつでも一行が到着してもいいように――準備を整えさせる。
しかし、いつまで待っても――彼らが帝都駅に到着することはなかった。
メイ中佐たちが、帝都の駅でサムエルの一行を待っている頃。
ヨハンたちは〝正体不明の武装勢力が占拠した〟という、エリザベス号の船上にいた。
そもそも、エリザベス号を急襲したのが――他ならぬ彼らだ。
ウェットスーツの上に、オリーブ色のツナギを身に着け――完全武装のシニアは、ヨハンが率いるアルファ・チームを迎えた。
上級曹長は威儀を正し、敬礼をしながら言う。
「大尉に申し上げます――完全占拠いたしました。敵勢力は全て排除。ブラボー、チャーリー、エコーの3チームともに損耗・欠員もありません。艦橋に軟禁している船長が、責任者への面会を求めておいでです」
「いいねえ――宮殿を独り占めした気分だ」
シニアの報告を受けたヨハンは、アール・デコ調の見事な内装や調度品に見とれていた。
「石鹸の匂いがするのはどうして?」
妖精の少女、ソフィアがヨハンの肩に立つと訊いてきた。
「朝いちでシャワーを浴びたからな――いいだろ? メスガキ妖精ちゃん♪」
「ずるい――私はずっと、潮風に吹かれてたのに」
「悪かったな――お詫びに背中を流してやるから、一緒に入ろうぜ!」
「嫌――だって、カップ1杯のお湯じゃ、あなたには足りないもん」
彼女は氷でできたルビーの瞳を冷たく輝かせて、小さな口を尖らせると――背中の翅を振るわせて離れた。
その背中に彼は言う。
「大きい方の風呂場を好きにしていいぞ! 俺もあとで行く!」
「ん」
ソフィアが言った通りだ。
彼女は海の上を飛びながら、未明から先ほどまで――ミリアムとシニアたちの作戦を支援していた。
おそらく疲れているに違いない。
いつもより、毒舌の切れ味が鈍かったのが――その証拠だ。
無垢な妖精の少女をからかったヨハンを、サムエルが嗜める。
「仲間に意地悪は感心できないなあ――年頃の女の子を部下に持つなら、すべからく紳士でなくては」
ヨハンたちはシニアに案内され、巨大な客船の中を進んで――艦橋に向かう。
「ところで――いったい、どういうことだい?」
歩きながら、サムエルが訊いた。
「ただの無賃乗船だ――あ、違った違った。料金はちゃんと払ったぜ。ただし、鉛玉でな♪」
その答えを聞いたサムエルは瞬いた。
「……もしかして、ハイジャックしたのかい? この世界最大の客船を?」
魔族の貴公子は瞳を大きくした。
そのせいか、いつもより彼が幼く見える。
「とても愉快だ! 魔族にして〝使徒〟の末裔たる僕が――帝国を象徴する船を奪っただなんて! 百年も生きてきて、こんなに悪いことをしたのは、はじめてだよ!」
サムエルの無邪気な感想に、
「よく言うぜ――魔族のくせに」とヨハンは呆れた。
「本当だって! それに、海賊になるのは小さい頃からの夢だ――なんといっても〝自由〟の象徴だからね」
魔界の王子は、褐色の艷やかな肌を輝かせた。
第9章 良いニュースと悪いニュースがある
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