06
間もなく指定の高度に達し、ミリアムは肩の紐を引いて落下傘を開いた。
雲の下で真っ黒い不気味な花が咲き、少しずつ地面に近づいていく。
着地は地面が草地だったために、訓練の時よりもうまくいった。
冷たい夜気を切り裂く風が吹いた。
近くに味方が降下しているとわかっている。
それでも、闇の中で1人ぼっちでいるような不安感があった。
「……」
周囲を見回しながら、ミリアムは落下傘を片付けた。
装備を整えると、背中にまわしていた小銃の槓桿――ボルトを引いた。
目視で確認できない――薬室の弾丸を中指で触って、装填を確かめる。
中指を使うのは、引き金を操る人差し指を保護するためだ。
訓練で教わった通りの手順を行っているうちに、少しだけ彼女は落ち着きを取り戻した。
集合地点の目印に向かって、北へ歩き出す。
「報告いたします――小隊全員、無事着地いたしました」
部下の点呼をとったミリアムがそう報告した。
ヨハンは小隊軍曹を務めるシニアと、それから通信担当のソフィアとともに現在位置を確認している。
「このまま縦隊で北上――コンタクトがあるまで、継続。それでよろしいですね?」
「そうだ」
「ん――方位355、次のウェイポイントまで4・7クリック」
冒険者協会組合から盗んだ情報を元に、ルートヴィヒの位置座標はかなり正確に掴めているようだ。
「少尉もご苦労さん――ん? お前さん、まだメット被ってんのか?」
振り向いたヨハンが怪訝な顔をした。
彼はツバを短く切って、端をボロボロに加工したブーニーハットを被っている。
「戦闘任務の際は頭部の防護に留意すべし――と、野戦教範にありましたので」
「そんな樹脂製のメットで何からどう防護できんだ? 童貞が使うアテもないのに、律儀に持ち歩いてる避妊具かよ」
「なっ!」
「下品」
ヨハンの肩の上で地図に向かって――赤い小さな灯りをつけている、ソフィアが咎めた。
軍隊で赤い光を光源として多用するのは、波長の長い光が夜目に悪影響を与えないためだ。
言われてみれば、ヨハンだけではなく降下した他の部下たちも、着地の後に落下傘とヘルメットを埋めているのを見た気がする。
「しかし、これは支給品ですし」
「パラシュートだって支給品だぜ? もう使わないんだから、余計な荷物は投棄しとけ」
ヨハンに促されて、ミリアムはヘルメットを脱いだ。
編み込んで頭頂部で丸めた、豪奢な金髪に夜風が通り抜けていく。
汗に濡れた頭皮が心地いい。
「少尉殿――こちらをどうぞ」
そう言って、シニアは丸めておいた予備のブーニーハットを、背嚢から取り出した。
ミリアムはそれを受け取って礼を言う。
「世話をかける――上級曹長」
「いえいえ」
シニアから借りたブーニーハットはサイズが大きかった。
ミリアムは顎紐を短く調節して対処した。
準備ができたところで、ヨハンが言う。
「そんじゃ行くか――次のウェイポイントまで先導はハインツとコワルスキーにやらせる。シニアはコンパスマン、その後ろに少尉と准尉、お前さんたちは上級曹長の援護とナビの補助だ。俺は真ん中の安全そうな場所で楽をする」
指示を与えると、ヨハンは小走りになって闇の中に消えていった。
「まったくあの人は……」
ミリアムは小隊軍曹の後に続いて歩き出しながら、小言を飲み込んだ。
それを聞いた彼は言う。
「まあまあ、少尉殿――大尉はああ仰ってましたが、連絡事項をご自身で班長たちに知らせに行ったんです。それに……」
《ハーレークイン全隊へ――こちらシックスだ。通信チェック、送れ》
端末水晶を通した、ヨハンからの音声通信が送られてきた。
「あの方は、こういう細かいところに気がつくんです――シックスへ。こちらファイブ。感明よし」
「ナイナー、感度良好」
ソフィアも答えた。
次にミリアムも応答し、他の端末水晶を携行する部下たちも答えていく。
通信に異常がないことを確認したヨハンは、小隊に命じる。
《ハーレークイン全隊――前へ》
「こちらです」
シニアに案内されたヨハンが見たのは、死体の山だった。
その横には破損した、異形を象った彫像が打ち捨てられている。
それは金属と石の中間のような、見慣れない素材で造られているようだ。
彫像の姿勢はよく見ると様々で、何者かと戦っているような姿だった。
「これ〝守護者〟ってやつだっけ? この辺に昔あった王国だかを守るために造られたっていう」
「おそらく――さしあたり、問題は死体の方です」
「この馬鹿どもはなんだ? 俺たち以外にも〝遠足〟に来た不届き者がいたのかよ」
「ただいま、特務准尉殿が身元を確認中ですが――正規軍ではありませんね」
おそらくそうだろうと、ヨハンも頷いた。
「とりあえず、死体には触るなよ――危ないから」
「罠が仕掛けられてるかもしれません」
ミリアムが指揮官の意図を補足して、
「そうそう」とヨハンが頷いた。
死体の武装と兵装は不揃いで――傭兵のようだ。
「敵――魔界の軍の仕業でしょうか?」
ミリアムは訊いた。
「うーん――敵軍なら、こんな雑な〝後始末〟はしねえと思うんだ。だって、これバレたら、例の講和交渉でこじれるやつだぜ、きっと」
「ヨハン」
死体の山から、ソフィアが呼びかけた。
「確認した――彼らは冒険者組合教会が、ゼブルン氏の護衛のために雇った傭兵団。資金の流れを追ったところ、実質的には彼の私兵みたいなもの」
「あー、なるほど」
ヨハンは合点がいったように、頷いてシニアを見た。
「つまり、これが白金級冒険者の正体、ということですな」
「……? あの、大尉――どういうことでしょう?」
ミリアムは、なぜ上官と小隊軍曹が苦虫を噛み潰したような顔をしているのか、よくわからなかった。
「私も知りたい」
ソフィアもミリアムに同調して訊いてきた。
「シニア、頼む」
「お任せを」
シニアはかいつまんで、今の状況を解説する。
おそらく、救出対象のゼブルン氏は〝冒険者〟としての勇名を馳せるために、傭兵を犠牲にしてきたようだ。
彼はこれまでにいくつかの偉業を成してきた。
だが、それらの栄光は全て無数の屍の上に築かれていたのだろう。
そして彼とその偉業の数々は、冒険者組合教会によって、人材確保の広告に有効活用されている。
今回の彼の〝偉業〟は守護者に封じられた、この地域で〝獅子奮迅の活躍〟をすること。
だが、敵の戦力を見誤った結果――多くの犠牲を出してしまったのだろう。
これが、ヨハンたちの初陣の背景事情だ。




