05
《ハーレークインのお調子者ども――乱痴気騒ぎはこれまでぞよ。もうじき指定の座標である。消灯、減圧せよ》
端末水晶を経由して告げたのは、ハーキュリーズ級大型輸送飛竜――バンジョウ大尉だ。
飛竜形態をとった彼は、両腕に貨物用コンテナに偽装した、乗員用キャビンを固定している。
《間もなく高度2万8千フィート》
飛竜が再度告げると、キャビンの中は薄暗い赤い照明に切り替わった。
「降下2分前」
シニアが言うと、ハーレークイン小隊はソフィアを除いて、全員が空気供給管に繋がったマスクで口を覆った。
圧力弁を開くと、高高度での呼吸に支障はなくなる。
また、事前にキャビンの減圧をするのは、降下の前に外気との気圧差をなくす必要があるためだ。
「よっしゃ」
ヨハンはくぐもった声で、ベンチのような座席から立ち上がった。
「全隊、装具再点検!」
ミリアムが命じて、小隊のほぼ全員が装着している――落下傘の最終確認を行っていく。
落下傘は背中にあり、自分で自分の装備は見えないため、互いに仲間のものを確認するのだ。
文字通り人命を預かるため、この時ばかりはヨハンも無駄口を叩かず――規定の手順に従って副官の装具を調べていた。
そのはずが、ついでに彼はミリアムの尻を撫でた。
「ちょっと! 大尉っ!?」
「だって、無防備だったから――お前さんだけ、実戦の降下は初めてだろ? 肩に力が入りすぎてるぞ」
「だからって……!」
「1分前――ハッチを開く! 後方注意! 後方注意!」
彼女がさらに抗議しようとしたところで、シニアがキャビンの扉を開く。
ミリアムは初めて目にするように、眼下の雲海に釘付けとなった。
あの雲の下の半分が〝魔界〟と呼ばれる異郷だ。
戦う者として貴族に生まれついた、自分の身分を思い出さずにはいられなかった。
ミリアムの背筋が寒くなったのは、キャビンの中に上空の寒気が吹き込んできた――それだけではない。
初陣の緊張――興奮と僅かな不安。
苛立ちを禁じ得ない不埒な上官と、実戦経験豊富な部下たちに挟まれた自分。
「……」
考えごとの底なし沼にはまりかけたところで、容赦なくブザーの音が鳴り響いた。
直後にハーキュリーズが合図を出す。
《ハーレークイン、グリーンライト――グリーンライト》
「降下、降下、降下」
シニアの指示で、ハーレークイン小隊は規則的に飛び降りていく。
「私が1番乗り――お星様をひとりじめしてくる」
妖精の少女――ソフィアが真っ先に飛び出した。
「ほら行くぞ、お嬢ちゃん――戦場にようこそ! ヒャッハー!」
下品な掛け声とともに、ヨハンも駆け出した。
訓練の時と同じく、ミリアムも反射的に上官の背を追った。
「お先にどうぞ、少尉殿」
シニアに促され、ミリアムは跳んだ。
その背を見送り、シニアは踵を返すと敬礼して言う。
「お世話になり申した――バンジョウ大尉殿!」
《いつでもどうぞ》
飛竜が応答し、シニアは背面を向いたままキャビンの外に身を躍らせた。
ミリアムが上級空挺徽章を取得したのは、先週のことだった。
30回の訓練のうち、夜間に野戦装備を身に着けての降下は2回だけだ。
そのどちらも、高高度からのものではない。
「!」
自由落下しているミリアム。
彼女は身を切るような、冷たい嵐の風を全身で受け止めながら――姿勢を保とうとした。
しかし、それに気を取られて風に流されていた。
次第に、彼女は等間隔を保っていた仲間たちと離れ始める。
部下たちが樹脂製ヘルメットにつけた――青い蛍棒の識別灯が遠ざかっていくのが見えた。
「!」
不意にミリアムの手を誰かが打った。
見ると、ヨハンが笑いながら彼女の手を引っ張ってくる。
彼は手信号の合図で〝上を見ろ〟と伝えてきた。
「っ……!」
雲の上から見る満天の星は、これまで見上げてきたどの夜空よりも美しかった。
もう1度、彼は手を叩いてきた。
手信号で注目を促し、彼は着地点の目標物を教えた。
「わかりました! 大尉! 感謝します!」
ミリアムは大声を張って、頷いた。
それを受けて、ヨハンは少しずつ彼女と距離をとり始めた。
「……」
ミリアムにとって、初めてできた上官は不可解な人物だった。
自分と同じく貴族の身でありながら、普段は野卑で威厳の欠片もない。
将校とは思えない言動の数々で、問題ばかり起こす。
いっぽうで、訓練や実戦では奇妙なほど模範的に行動する。
彼のなにが厄介かというと。
自己中心的な言動ではなく、常に自分本位に振る舞いながら――軍人としての能力だけ秀でている点だ。
噂では大戦末期に〝計り知れない武功〟も立てた。
にもかかわらず、普通なら受け取る叙勲を固辞したらしい。
また、これは軍ではなく貴族の間での噂だが――詔勅を賜らずに後宮に上がったこともあるという。
だが、そんなことはありえない。
宮殿での謁見ならば――叙勲や任命といった公式行事として、現実味があるものの。
後宮とはつまり〝神姫〟の私邸だ。
そのような、聖域の敷居を跨ぐことができるのは――貴族ならば侯爵以上で、帝室への長年の功労が認められた者。
軍人ならば元帥以上の地位にいなければ、辻褄が合わない。
もちろん、ヨハンはそのどちらの条件も満たしていない。
帝国陸軍大尉の小隊長、断絶した子爵家の家督を譲られた者。
これらが、帝国における彼の社会的地位だ。
おそらくその噂は、ヨハンの得体の知れなさを面白がる〝座興〟だろう――と、ミリアムは思っていた。




