04
妖精の少女はヨハンに拍手を贈られると――表情こそ変わらなかったが、満足そうに頷いていた。
「お前さんたちも拍手しろ! 特務准尉殿のおかげで、最初の任務で名誉の戦死をしなくて済むんだ!」
ヨハンは居並ぶ下士官たちを煽った。
彼らは遠慮なく称賛を送る。
「よ! 帝国イチ!」
「特務准尉バンザーイ!」
「俺の耳も引っ張って!」
「握手会開きましょう! 握手会!」
「手が汚れるから、人間との握手は絶対に嫌」
「手を汚すのはいつだって、俺たちだもんな」
「ん」
「静粛に!」
ミリアムが再び声を張って、下士官たちと上官と同僚を黙らせた。
ヨハンは小隊軍曹である上級曹長を見て言う。
「シニアは分隊を編成しろ――帝都銀行で騒ぎを起こして、憲兵と市民の注意を惹け。そのタイミングで俺たちが踏み込む。ブツを手に入れたら、統合参謀本部が用意した民間発着場で合流。然る後、バンジョウ大尉と現地に飛ぶ。あとは脱出手段の確保だな? 緩衝地帯の街、なんていったっけ? そこに寺院が外注してる、民間の発着場があったはずだ」
どうやら、ヨハンは脱出の際に、民間所属の飛竜を強引に徴発するつもりのようだ。
帝国の刑事法に照らせば、これだけでも重罪――極刑に当たる。
そして飛竜――竜族は昔から帝国に恭順しているが、彼らは非常に誇り高く厳格だ。
正面から頼み込んでも、たとえ目が眩む大金を積もうとも、簡単には聞き入れてはくれない。
ましてや、強大な彼らに武力を盾にするなど愚の骨頂だ。
この指揮官はどうするつもりなのか。
それよりもどうやって彼の暴挙を止めればいいのか。
ミリアムが考えをまとめていると、シニアが言う。
「了解いたしました――大尉、民間飛竜の件につきましては、エフライム中将にご相談されてはいかがでしょう?」
「マリアレス市まで徒歩で撤退は遠すぎる――帰り道は荷物が増えるから」
部下たちの提案と指摘に、ヨハンは露骨に嫌そうな顔をした。
エフライム中将とは、帝国空軍の重鎮だ。
生まれつき、身寄りのない彼を引き取って育てた女傑である。
「うーん――あのババアに頼むの? 俺が?」
「手段を選ばないと、さきほど大尉がご自身で仰ったのです――ぜひ、お手本を示して下さい。それに、あの御方とご面識があるのは大尉だけですし」
「はあ……」
この傍若無人な上官も、養育者だけは苦手らしい。
ミリアムも直接本人に会ったことはない。
だが、彼が連絡をとるのに難色を示すのだから――相当な曲者なのだろう。
しばらく唸っていたが、ヨハンは観念して言う。
「こうしよう――〝偶然、視界不良で緩衝地帯に不時着する空軍の飛竜がいるか〟を、ババアに訊いてみる」
「よろしいかと」
その日の、ハーレークイン小隊は〝夜間実弾演習〟をすると告げて、第99連隊基地から出かけた。
翌朝の新聞の1面は〝帝都銀行を襲った不審火〟という見出しが飾った。
また同日の真夜中に、冒険者組合教会で大量の個人情報が盗み出されるという怪事件も起こったものの、それは社会面の隅のほうに追いやられた。
「なぜ無関係の冒険者の情報まで……?」
ミリアムが訊いた。
「決まってんだろ? ルートビア野郎のだけ盗んだら――真っ先に俺たちが疑われちまう。だが、その他大勢のをまとめて盗んだら? 〝別の犯人がいるかも〟って思わせるためだ。帝都のギルドには商売敵も多いしな」
ヨハンは細巻きをつけてから、燃えるマッチを巻物を積み上げた束の中に捨てた。
着火剤には、携帯糧食を温める固形燃料を塊で放り込んである。
「木を隠すなら森」
ソフィアが言うと、若い上官は頷く。
「それそれ――灰は灰に♪」
巻物の束は、みるみるうちに燃えていった。
無駄に悪知恵が働く指揮官だと、ミリアムは呆れるしかなかった。
「初体験はロマンチックにしたいだろ? 俺に任せろ!」
離陸した飛竜のキャビンの中で、ヨハンは唐突に言った。
「……」
「やめてください、大尉っ! 実戦任務ですよっ!?」
無表情のソフィアと、不埒な上官を窘めたミリアム。
2人の乙女たちの反応に目もくれず。
指揮官は、私物の真っ赤なラジカセを足もとから引っ張り出した。
キャビンの外部入力端子にケーブルを繋いで、
「ポチッとな」と彼は再生ボタンを押した。
流れてくるのは古典的なロックンロール――ロングトールサリーだ。
ヨハンが歌うと、他の屈強な兵士たちも〝悪ふざけ〟に便乗する。
メアリーおばちゃんにチクるんだ♪
ジョンおじさんがまた浮気したぞ♪
この自虐ネタに飽きちゃっただろ♪
ならこっちで暴露してやるからさ♪
オー・ベイビー・イエイヒーハー♪
うー☆ フー・ベイビー・イエー♪
夜のお楽しみ会が捗るぜ イエー♪
「ヒャッハー!」
サリーって女が無駄にいい身体だ♪
おじさんの好みに、ドンピシャで♪
オー・ベイビー・イエイヒーハー♪
うー☆ フー・ベイビー・イエー♪
夜のお楽しみ会が捗るぜ イエー♪
「ヒャッハー!」
「うるさい――男子校の修学旅行?」
妖精の少女が、辛辣で素直な感想を述べた。
「いいえ――それ以下です」
ミリアムも小声で本音を漏らした。




