03
ヨハンは副官の諫言を、左の耳から右の耳に素通りさせた。
彼はポケットから細巻きを取り出して、
「火、くれ――火」とソフィアに魔法で煙草に火をねだった。
「嫌」
妖精族のソフィアは即答した。
便利だという理由で、マッチ代わりにされれば無理もない。
舌打ちして、ヨハンは自分で火を付ける。
次に、居並ぶ下士官たちの中心にいた、眼帯の老兵――シニアに訊く。
「全員、上級空挺徽章は取れたんだっけ?」
「はい――大尉。先週、全訓練過程を修了いたしました」
シニアは慇懃に答えた。
「ギリギリだったな――そんじゃ、空挺の手配だ。それから降下地点を決めるぞ。目標地域の南側の5クリック以内で、最適の場所を選定しろ。そしたら、バンジョウ大尉に正式に飛行要請を出す」
シニアは片方しかない目を瞠目させた。
経験豊富な彼は、指揮官が何をしようとしているのか――すぐにわかったらしい。
「南側ということは」
「夜に降りる――HALOでな」
ヨハンはこともなげに言った。
HALO――高高度降下、低高度開傘は危険を伴う。
夜間であればなおさらだ。
しかし、現地は停戦協定に伴って、軍隊の駐留と展開を禁じられた非武装地帯である。
緩衝地帯に、軍隊が入るところを見られるわけにはいかない。
敵にも味方にも。
また、速やかに部隊を展開させるには、空挺が最善手だ。
さらにヨハンは言う。
「それともうひとつ、必要なものがある――ルートビアって野郎の、正確な位置座標を随時受信しないと話にならん」
「ルートヴィヒ」
ヨハンの言い間違いを、ソフィアが律儀に訂正した。
それに取り合わず、上官は銃剣を抜いて、地図上の円をなぞっていく。
「この範囲を小隊で捜索ってのは、ぞっとしない――1クリック以内に絞るぞ」
直径1クリックの円の端から端までは、平地であれば徒歩で20分。
走れば10分で移動可能な距離だ。
武器の有効射程を加味すれば、分散した味方が待ち伏せにあっても――5分少々で、援護位置につける、ということらしい。
「しかし、大尉――ゼブルン氏の〝コンパス〟の情報は、ギルドによって秘匿されておりますが」
ミリアムが割り込んだ。
「取りに行けばいいだろ?」
「どうやってですかっ!?」
「俺たちが腰からぶら下げてるのはなんだ? 股間の――紳士の蛇口じゃないぞ」
「下品」
ソフィアが言って、不埒な上官から距離を取ろうとして翔んだ。
「生意気なメスガキちゃんめ」
「ん」
ヨハンはわざとらしい口調でふざけ、ソフィアの短いスカートを指で弾こうとした。
妖精の少女は上に飛んで、あっさりそれを躱す。
「おっと、今日も白か――でも、お前さんにはピンクが似合うって言っただろ?」
上を見ながら、ヨハンは親指を立てて言った。
下着を覗かれたソフィアだが、彼女は怒った様子もなく、
「あなたの好みなんか、知らないもん」と淡々と答えた。
ミリアムが上官の不品行に対して注意を怠ったのは、彼の発言の意図のほうが深刻な問題だったためである。
ヨハンが先ほど匂わせたのは、言うまでもなく拳銃の使用――武力行使である。
この指揮官は、冒険者組合協会の本部を襲撃し、必要な情報を強奪するつもりだ。
「無茶苦茶です! そんなの、法を犯すことになります!」
ミリアムは副官の権利である――不当な指示に対して異議を唱えた。
しかし、ヨハンはまったく気にしていないようだ。
「先に御託を抜かしたのは連中の方だろ? うちじゃツケは利かないって――よその馬鹿どもにも思い知らせないとな」
この上官はやはり危険人物だ。
任務を達成するために〝手段を選ばない〟とは聞いていた。
だが、ここまで正気を失っているとは――想像以上だった。
「大丈夫だって、殺すやつはちゃんと生命保険に入ってるのを選ぶから――それなら誰も損はしないだろ?」
物騒な減らず口を飛ばすヨハンの耳を、ソフィアが引っ張った。
「待って――私は反対」
妖精族というのは変わっているとは聞いていた。
それでも、この気が触れた上官と違って、常識をわきまえている――はずだ。
「正面からの襲撃は、こちらも多少の被害を被る危険性がある」
「ん……?」
ソフィアの諫言はしかし、ミリアムの期待した方向と少し違っていた。
「したがって、少数班による潜入工作が妥当――それから、陽動と撹乱も必要。銀行を放火すべき」
「特務准尉……?」
「それだ! さすが、お前さんは俺の良き理解者だ――脅迫してまで軍に無理やり入隊させてよかったぜ」
「ん」




