03
新聞社の特派員たちから、サムエルには矢継早に質問がぶつけられる。
「殿下――護衛をお連れなさらなかったのは、なぜでしょう?」
記者の1人に訊かれた魔界の貴公子は、ヨハンの腕を掴んで――文字通り〝盾〟にして答える。
「それは、この彼のせいさ――僕の近衛を務めていた中隊が、過日の戦闘で壊滅させられて。人員の補充が間に合っていないんだ。昨日の敵が、今はこうして僕を守ってくれている。人の縁とは、なんとも不可思議な運命が司っているのかな? これは我が連邦と帝国の復縁を予言する、兆しかもしれない」
先日のことだ。
帝国軍の一部が、自国領土内でダムに化学物質を混入させ――それを魔界の仕業とする、偽旗作戦を画策した。
それを、サムエルたちが察知したらしい。
彼は自ら近衛兵を率いて、帝国軍の部隊を撃滅した。
そこに、正体不明の敵に攻撃を受けたとして――ヨハンたちハーレークイン小隊が、偵察と確認に来た。
不幸な遭遇戦の末に、ヨハンたちは――サムエルの近衛兵を、空軍から派遣された飛竜たちの近接航空支援で排除した。
ハーレークイン小隊を無力化するため、サムエルは極大呪文を発動しようとした。
だが、肝心の――偽旗作戦に帝国が使おうとしたダムが、戦闘の巻き添えで破壊されたため、撤退した。
ダムを破壊したのは、空軍の飛竜の爆撃だが――誘導したのはヨハンだった。
この出来事をきっかけに、彼らの間には――奇妙な縁が生じた。
サムエルは、日付と具体的な出来事を誤魔化しつつ話した。
おそらく、悪気はない。
しかし、当然ながら――このことでヨハンは機嫌を悪くした。
「スミス大尉! 今の王子殿下のお言葉の真偽について、お答え願います!」
「軍事機密に関わる――個別の作戦活動に関する質問に答える権限を持っていない。それよりお宅の新聞、いつになったら、あのクソ漫画の作者をクビにするんだ?」
「それが外国の王族を警護する近衛の態度ですかっ!?」
「帝国陸軍の品位を疑われてしまいますよ!」
「うっせえばーか! ローガン――鉄のカーテンをおろせ」
ヨハンは質問を無視して、部下に命じた。
ローガン1等軍曹は、ハーレークイン小隊の中でも屈指の体格と膂力の持ち主だった。
その彼には、巨大な鉄板を削り出した――即席の防弾盾を持たせてあった。
「おっと手が滑った」
ローガンが白々しく言って、食い下がる記者のつま先に鉄板を落とした。
「っ――」
記者が息を呑んだ、直後に彼は悶絶してその場で崩れた。
1枚につき重量が20ポンド、それを〝鉄のカーテン〟は2枚使用する。
総重量は50ポンドで、正面は至近距離の小銃弾はおろか――重機関銃の直撃にも、1度は耐えられる鉄塊だ。
そんな代物が、革靴の爪先に落ちてきたら――骨折は免れないだろう。
とはいえ、不躾な質問を重ねてくる記者は――これで何人か減らせた。
「今のうちです――殿下」
ヨハンは部下とともにサムエルを囲んで、半ば強引に移動を再開した。
護衛は〝概ね〟順調だった。
駅での記念撮影を経て、戦没者慰霊の共同墓地での献花と黙祷を行った。
サムエルは王族に相応しい、完璧な礼儀作法と所作で――特使としての義務を果たしていく。
この式典で、もしも敵が狙うとしたら――超長距離による狙撃だと、ヨハンは推測した。
並の狙撃手が〝普通の〟ライフルで狙撃できる距離は、800ヤードだという。
しかし、魔族のそれも〝使徒〟を狙う人間が、普通のライフルを使うわけがない。
対戦車ライフルか、50口径の重機関銃を改造した武器が想定された。
ヨハンたちは軍議の席で、
〝1クリック半の範囲が危険区域だ〟と事前に進言した。
しかし、人手不足と帝都の混乱を避けたい憲兵本部から――全ての建物の封鎖と、市民の強制退去は却下された。
やむを得ず、ミリアムの指揮するブラボー・チームを3手に分けて――最も狙撃に適した、建物の最上階と屋上を急襲させた。
《シックスへ――ブラボー・チームのセブンです。屋上、最上階ともにオールクリア。空振りです》
しかし、その懸念は外れ――慰霊の式典は滞りなく進んだ。
肩透かしを食ったような気分だった。
ただ、それよりもサムエルの行動がはるかに彼を疲れさせた。
「次はこちらです」
ヨハンが彼を案内しようとするたび、
「うん♪」とサムエルは素直に頷いた。
しかし、魔族の王子は遠巻きに見守っている見物客に向かって――無造作に歩きだす。
「ファっ!?」
ヨハンは慌てて、小走りで彼の背を追いかけた。
「ごきげんよう――帝国市民諸君。僕はサムエル、魔界の魔族だ。帝国と我が祖国がもう戦争をしなくて済むよう、話し合いを進めるのが僕たちの望みだ」
浅黒い肌の美少年は、群衆に向かって親しげに語りかけながら――事前に憲兵隊が張り巡らせた、仕切りの綱を跨いでいく。
「……」
サムエルが近づくと、群衆たちは同じ距離を保って――遠ざかってしまう。
その反応を見た彼は、気分を害した様子もなく――微笑して語りかける。
「まるで〝未来〟のようだね――近づけども、決してたどり着けない。でも、歩み寄る努力と対話は続けよう」
彼は穏やかに――諭すように言った。
あるいは自らに言い聞かせるように。
ほとんどの帝国の人間が、魔族を初めて目の当たりにして――恐れと好奇の間で、気持ちが揺れているのだろう。
サムエルは集まっている人々に向かって言う。
「君たちの中には、魔族を憎んでいる人もいるだろう――あるいは懐中に短剣を忍ばせているかもしれない。それもいい。憎むことも敵を殺そうとすることも、自由だ。ただ、僕としては友好的でいたい。そのことを知ってもらう、これが初めの1歩となれたら嬉しく思う。詳しくは、明日のタブロイド紙を読んでみたまえ。一部1ペンス2ファージングで売ってるから。ただし、マンガはこの護衛の彼いわく〝クソつまらない〟らしいね♪」
その即興のスピーチは、レセプションでスピーチライターの原稿を読み上げるより――はるかに、帝国市民の心に刻まれたのではないだろうか。
こうしたことを平然と、自然体で行う――屈託や悪意のない王族ほど、外交上の強敵はいない。
おそらくだが、この後に控える講和交渉で――帝国の外務省の事務官たちは苦戦を強いられるだろう。
魔界の連邦政府は、彼の〝個性〟を知った上で――サムエルを特使に任命したのか。
「……殿下、どうぞこちらに」
眉間とこめかみに皺を深くしながら、ヨハンは言った。
行く先々でこの調子だ。
このため、政府官邸での昼食会は――予定を1時間ほど遅らせて始まった。




