02
目を細めたヨハンは、上着のエポレットにクリップで留めた――端末水晶と直結したハンドセットに手をかける。
「シエラへ――シックスだ。全隊にピクチャーを送れ」
少し待つ。
狙撃班と一緒に飛竜に乗り込んだ、ソフィアから応答が返ってくる。
《全隊へ――こちらシエラ・チーム。ハーレークイン・ナイナー。目標を確認。東に時速35マイルで進行中。周辺状況に変化なし。態勢1―6、交戦規定3―2を維持。ブレイク、ブラボー・チームの1号車は地点〝マダガスカル〟へ移動して待機、到着しだい報告して。確認したら送れ》
先日のことだ。
装備の更新の折に、ヨハンはボーマン基地司令に上申した。
部下たち、各班長を務めている者にも――端末水晶を支給してほしいと。
このため、通信を統制するソフィアの負担が増えた。
だが、彼女は、
〝退屈よりマシ〟とむしろ、やる気をみなぎらせた。
部下たちが通信でやり取りしている間。
ヨハンは統合参謀本部から派遣された、今回の式典を警備する総責任者である――メイ中佐に報告する。
「中佐殿、間もなく公子殿下のご到着です」
「了解した――大尉、下がれ」
ヨハンは敬礼して立ち位置に戻った。
メイ中佐とは先日の軍議で初めて会った。
平民の出身で、苦労しながらも出世を重ねて――40歳を過ぎてから士官学校を卒業した人だと聞いた。
専門は警護ではなく、兵站部門だという。
つまり地道に実績を積み重ねてきたのだろう。
今回の任務を最後に、退役するという話だ。
性格の上ではまったく噛み合わないが、その綿密な計画を立てる姿勢や――胃薬を常時服用しなければならないほど、強い責任感の持ち主に対しては、ヨハンも敬意と好感を持ちはじめていた。
父親というものを彼は知らないが、メイ中佐のような人物がそうだったら――あるいは自分も違った人間に育ったのか。
「……」
ヨハンは珍しく考えてしまった。
間もなく、警笛を鳴らしながら――機関車がプラットホームに滑り込んできた。
乗客はごくわずかのはずだが、この日も客車は8両ほど牽引している。
当初は、必要最低限の車両にするという計画だったが、
〝標的の位置を暗殺者に知らせるようなものだ〟という声が上がり、変更された。
「うわ、エドワードかよ」
ヨハンは列車が停車すると、再びハンドセットに向かって告げる。
「シエラへ――シックスだ。怪しいヤツを見かけたら、先制して射殺を許可する。確認したら送れ」
《シエラ・ワン、了解》
《ツー、コピー》
飛竜で上空を旋回している狙撃手たちから応答が返ってきた。
「ハーレークイン全隊に告ぐ――シックスより一方通信で送る。交戦規定3―1、3―5へ移行。オープン・ファイアと任意交戦の判断は、これより各班長に一任する。シックス、アウト」
陸軍から選抜された楽隊が魔界連邦の国歌を鳴らし、他の参列者たちが拍手を贈る。
サムエル藩王公子が顔を覗かせた。
歓声と拍手がいっそう大きくなる。
浅黒い肌に濃い茶の瞳、金の刺繍の施された――丈の長い真紅の外套を羽織った、魔界の貴公子が黒檀のステッキを片手に降り立った。
帝国の2千年に及ぶ歴史の中で、公式に初めて魔族が帝都の土を踏んだ瞬間である。
実際には、ほんの数日前に〝フラワー・ロックンロール〟という玩具を買いに――密入国をしていたのだが、それはまた別の話である。
彫りの深い顔立ちに、柔和な微笑を浮かべ――幼さの残る少年のような魔族は、妖艶な色気を周囲に漂わせた。
積年の敵対国の帝都だというのに、彼にはまったく緊張した様子が見られない。
無理もない。
彼は魔族の中でも、ひときわ強大な力と魔力を振るう〝使徒〟の末裔なのだから。
人の姿のままで、雷雲を自在に呼び出し――任意の場所に雷撃を見舞うことができる。
また、これは未確認の情報だが――彼は3対6枚からなる〝熾天使の翼〟を有しているという。
事実は定かではない。
しかし、彼には〝宵の明星〟という称号が与えられているということは――実際には12枚の翼があるとも、推測されている。
かつて彼と交戦して、生存した帝国軍人はごくわずかしかいない――具体的には、ヨハンたちがその〝生存者〟である。
サムエルは屈託のない笑顔で、周囲を沸かせる。
人間でいうなら15歳ほどに見える、そのせいか――どこか世間知らずそうな印象を与えそうだ。
驚くべきことに、この特使は数人の官僚だけを伴って来た。
通常、藩王の公子の外遊ともなれば侍従から護衛といった――最低でも数十人の団体で動くはずだが。
「目立ちたがり屋のクソガキめ」
ヨハンは小声で悪態をついた。
部下とともに、足早に近づいて彼の周りを固めた。
「また会えて嬉しいよ――スミス大尉」
サムエルの右側に立つと、彼は踵を浮かせて背伸びをしながら――耳元で囁いてきた。
〝仕事の邪魔をしたら俺が殺すぞ〟
ヨハンは本人だけに伝わるよう、唇だけを動かして告げた。
「楽しみにしておくね」
魔族の少年は読唇術の心得があるのか、あるいは思考の表層を感知できるのか――護衛部隊の隊長が漏らした悪態を正確に把握したようだ。
帝国政府を代表して、式典には外務尚書が出席する。
彼と握手を交わしてから、記念撮影のために移動するよう促された。
サムエルとヨハンたちが先行する。
「殿下、こちらへ――新聞社がお写真をお願いしたいとのことです。煩わせて申し訳ございませんが、ご協力を賜れれば幸いです」
ヨハンは流暢に、丁寧な口調で言った。
「写真機の前では、この前みたいに指を2本立てないでくれたまえ――特に手の甲をあちらに向けるのは絶対だめだ」
「丁寧な前フリだな? クソ殿下」
「あは♪」
どういうわけか、サムエルの中では外務尚書との記念撮影に――ヨハンも一緒に映り込むことが確定しているらしい。
「シックスは〝エンジェル〟と移動する」
《シックスへ――シエラも確認した。異常なし。ナイナー、アウト》
ソフィアの返事を聞きながら駅舎の中に入るなり、
「せっかくこうして会えた、この良縁を大事にしたい――記念にもう1枚どうでしょうか?」とサムエルは提案した。
新聞社は魔界の貴公子のリップサービスに喜び、外務尚書もこれに便乗した。
「これで君も一緒に写れるね」
サムエルの狙った通り、ヨハンも写真に撮られた。




