01
「付き合ってられるか! そんなに椅子を尻で磨きたきゃ、好きなだけやってやがれ! 代わりに俺も〝ご機嫌いいとも〟の主題歌を、歌って踊ってやる! フルコーラスで! お昼休みはブギウギダンシング♪ あっちそっちこっちどっち♪ いいとも……」
ヨハンが喚いた。
歌声のせいで、いつにもまして――やかましかった。
場所は統合参謀本部の会議室で、彼は両脇を警備兵に抱えられ――退席を余儀なくされた。
末席、というより壁際に立っていたミリアムが――豪奢な金髪を揺らし、頭を下げる。
「みなさま申し訳ございません――スミス大尉は、あくまで任務に対して忠実で熱心がすぎるのであります。どうかご容赦を願います。されど、要人警護において〝武装が拳銃のみ〟では、対処可能な脅威が限られてしまいます。決して衆目につかないよう、善処いたします。なにとぞ、騎兵型自動小銃と非殺傷の手榴弾の携行、これらを再検討していただきたく存じます」
便宜上〝道化師〟と呼ばれる、目的・正体が不明の――テロリスト集団がいる。
彼らが帝国を襲ったのは、公式には数年前の弑逆未遂事件だ。
帝都で大きな出来事があるたびに、彼らは蠢動する。
そして、これから――帝都には史上初となる、魔族がこの帝都の土を踏むのだ。
後宮に参内した折に、ヨハンは〝神姫〟ヴィクトリアから非公式の勅命を授けられた。
〝平和の使者たる、魔界の藩王公子――サムエルが暗殺されないよう、万事を尽くせ〟
〝そのためには、ありとあらゆる超法規的行動を認める〟と。
帝国と魔界における講和交渉の、魔界連邦側の全権代理人――サムエルが、もしも帝国国内で暗殺されれば、間違いなく講和交渉は打ち切られる。
そうなれば、停戦合意も破棄され――帝国と魔界連邦との間には、修復不可能な溝ができる。
先の世界大戦が、消化不良のまま停戦を余儀なくされた軍の上層部は――むしろ、それをこそ望んでいるようだ。
こうしてハーレークイン小隊は、味方である帝国軍が全く信用できない情勢下で――かつての敵国の要人を警護するという無理難題に臨む。
にもかかわらず、要人警護を任されたヨハンは――会議室から叩き出された。
「どっちかなあ」
制服を身に着けた部下とともに、駅のプラットホームに整列していたヨハンは――唐突につぶやいた。
今日の彼は珍しいことに濃紺の礼服姿だ。
胸には略綬と勲章の複製が付けられ、左の腰には剣を右には拳銃をさげている。
礼服と同じ濃紺の外套は、防水性を考慮して――ギャバジンの生地で仕立てたものだった。
足元を固めているジョッパーブーツも、いつものヌバック革ではなく――つま先と踵が光沢を帯びるまで磨き込んだ、フルグレインレザーの黒を履いていた。
外見だけを見れば、立派な貴族の青年将校だ。
ただし、口を利かなければ。
「――っ……」
遠くから、列車の警笛が聞こえてきた。
今日における帝国の物流を支えているのは、大陸を縦横に走る鉄道網をおいて他にない。
それは、大河の対岸にあるもう1つの大陸国家――魔界連邦も同じだ。
世界大戦が始まる前に、間に横たわる中洲の都市国家郡を経由して――大河を渡る、この横断鉄道は封鎖された。
しかし、ようやくこれが元通りの姿となる。
帝国と魔界が歴史的な講話をはかるための、象徴として――鉄道の横断が必要だと、両国の首脳は合意に至った。
「……」
ヨハンたちの周りは、彼と同じく礼服を身に着けた関係省庁の役人――憲兵隊から派遣された警備兵、陸軍の軍楽隊の姿もある。
素行不良の小隊長が、滅多に袖を通さない礼服を着ている――その理由はひとつだ。
魔界連邦からの要人を迎えるために他ならない。
数日前。
統合参謀本部に召喚された彼は、魔界連邦の現主流派にして――政権の要職である外務長官に就く藩王の公子、サムエルを護衛するように命じられた。
命令を受領したヨハンは、いつものように兵舎の談話室に部下を集め――部隊の編成を行った。
小隊は大きく分けて、3つの班に分ける。
第1班、アルファ・チームはヨハンが自ら率いる9人の直衛部隊――武装は拳銃のみを携行する。
彼らはサムエルの周りを固める。
第2班、ブラボー・チームはミリアムが指揮を執る――武装護衛隊だ。
こちらは野戦服と最低限の防具を身に着け、幌馬車に分乗して不測の事態に備える。
彼らは市街戦を想定し、銃身を短く改良した自動小銃と――非殺傷のいくつかの手榴弾や、擲弾筒を持ち込んでいる。
人数は16人で、4人組ずつに分けて運用される。
第3班、シエラ・チームは2人の狙撃手が上空を旋回し続ける飛竜のキャビンに乗り込み――監視に就く。
同時に必要に応じて狙撃の援護を行う。
また、同乗するシニアが全体の統制を執り――ソフィアが各班への通信を中継する。
シニアには関係各機関との渉外や、交渉も担当してもらってもいる。
ヨハンが担っても良かったのだが、
〝トラブルの元が増えるだけ〟とソフィアが却下した。
「どっちかなあ」
もう1度ヨハンが疑問を漏らし、
「なにがです?」と隣の部下、ベイツが訊いた。
「この時間に3番線を走ってるのって、トーマスかエドワードのどっちかだよな? トーマスならいいけど、エドワードだったらちょっと嫌だなって」
「なんかの験担ぎですか? 大尉」
別の部下、ホーキンスが無駄口に便乗してくる。
「ほら、エドワードってすぐ脱線するじゃん――縁起悪くね?」
その雑談をきっかけに、端末水晶を経由して小隊内の通信では――到着する列車を牽く機関車の色が、青か緑かを賭けの対象にしはじめた。
《ハーレークイン全隊へ――ブラボー・チームのセブンである。私語を中止せよ。もう1度だけ告げる、私語を中止せよ。ブレイク、大尉はもう、余計なことを言わないでください。確認を請う、どうぞ》
案の定、ただちにミリアムが不要な通信を止めさせようと注意した。
通信に参加していなかったにも関わらず、なぜか――彼女はヨハンが元凶だと、即座に気づいた。
肩をすくめて、
「シックス、了解」とヨハンは応答した。
間もなく、遠くの方から黒煙が立ち上ってくるのが――駅のプラットホームに立つヨハンにも見えた。
「随分と、きなくさい狼煙だな」
彼は小声で呟いた。




