04
昼食会の次は、そのまま官邸の会議室に場を移す。
そこで、サムエルが連れてきた官僚たち――帝国の外務省の役人の顔合わせを兼ねた、実務者協議の初回が行われた。
当然ながら、サムエルも魔界側の全権代理人として――その場に同席する。
初回は現状と互いの要求事項の確認に終始するため、さしたる問題もなく進行していく。
会議室の廊下で待機するヨハンが、
「官邸で仕掛けてくるような、アホがいいな――そしたら、馬鹿の半分をこの世から一掃できるぜ♪」と不穏なことを言った。
会議室の中にいる〝権力者たち〟と、講和を妨害しにくるテロリスト――両方を始末したいようだ。
だが、ここでも大した問題は起きなかった。
続く、戦災孤児育英のための養護施設の視察。
そこでは、過激な市民団体が抗議のために乱入してくる〝茶番〟があったくらいで――銃声も爆弾も鳴りを潜めていた。
「あー、きっつ」
馬車の中で、ヨハンは冷水で濡らしたハンカチを両目に当てている。
早朝からずっと、周囲に気を配ったり――ビルの屋上に狙撃手がいないかを見たりで、彼は目を酷使していた。
「外交とは忍耐の連続だ――それに今回の進行は僕の経験では、かなり上手く行っている方だと思うよ」
夕方。
ヨハンとサムエルは、魔界連邦と帝国のバナーを掲げた――陸軍の大型馬車から降りた。
この日の滞在先は、帝国の中でも最も新しいホテルだ。
建物としてもかなり巨大で、20階建というだけでも――この国では稀に見る高層建造物だ。
屋上には飛竜の発着場まで設えられている。
ホテルの中は地階から5階まで、吹き抜けの商業施設で――6階に宿の受付とラウンジがある。
そこには、軽食を出す喫茶店も併設される
6階、宿の受付までは――エスカレータという、階段状のリフトが設置されている。
低層と高層で、乗るエレベータも分けられている。
最上階のスイートを使う要人のために、20階にしか止まらないものもある。
それに乗り込むためには、専属の係にルームキーの提示が必要だ。
その特別エレベータの前を、ヨハンたちは素通りした。
「いいのかい?」
「厨房の先にある貨物用を使う」
「ああ、なるほど――今日はご苦労だったね、スミス大尉」
「まだ終わってねえよ」
ヨハンの言う通り、レストランの奥には――各階に物資や従業員を運ぶエレベータがある。
武装護衛隊のブラボー・チームとして、先行してホテルの内部を確保した――ミリアムに彼らは出迎えられた。
ヘルメットをはずして、彼女はそれを小脇に抱えつつ言う。
「報告いたします――20階を確保。18階以上の各部屋は、予定通り宿泊客の退去済です」
副官の女騎士は敬礼して報告した。
「了解した――少尉、メイソンと代わって少し休め。おつかれさん」
「は――大尉」
2人の話が終わると、サムエルが前に出た。
魔界の貴公子は、胸に手を当てて――略式だが礼儀正しく挨拶をする。
「僕の名はサムエル――魔界のしがない魔族だ。君が元気そうでよかった。過日は被弾してて、話す暇はなかったからね」
サムエルの態度は、旧知の友人にでも言うように――親しげだった。
彼が言う通り、初めて両者が対峙したときは戦場で――その際にミリアムは敵弾によって負傷していた。
彼女を撃ったのは、魔界の貴公子に仕える近衛兵だった。
「恐縮であります――公子殿下」
「マスコミの前じゃないんだ――そう、畏まらなくて大丈夫だよ。ええと、シメオン少尉だったね? 戦闘服もいいけど、いずれは舞踏会で晴れ着も見てみたいな。君の美しさに目を奪われ、みんなダンスどころではなくなるだろう」
「マジかよ――今畜生」
「大尉っ! 弁えてください!」
「んん?」
サムエルが首を傾げて、ヨハンの顔を仰いだ。
「誠に不本意ではありますが――小官も殿下のご見識に賛同いたしたく存じます」
ドレスをまとったミリアムは、さぞかし見目麗しく――夜会で映えるだろう。
この魔族の少年の座興に、素行不良の隊長も同意した。
ヨハンが威儀を正して、そう言ったこと――それ自体が悪ふざけを助長した。
ミリアムが時間を止められたように瞠目し、
「あはは」とサムエルは笑い出した。
「……お戯れはそこまでに願います」
生真面目な女騎士は踵を返した。
ヨハンたちはあえて19階で降りた。
別のエレベータで先行した、アルファ・チームの部下と再合流し――こんどは非常階段で20階にあがる。
一見、無駄ともとれる不規則な行動をするのは――待ち伏せや罠を警戒しているためだ。
宿泊予定の下の階で、いったん降りるように助言したのは――小隊軍曹であり、上級曹長のシニアだ。
「貨物エレベータで、20階にあがることは稀です――小官なら時計と連動する仕掛けで、標的が到着したら〝箱〟ごと爆破します」
無人のフロアは当然ながら静かそのものだ。
「室内、クリア!」
「オール・クリア!」
「安全確保――大尉、どうぞ」
ヨハンは部下に先導させて、サムエルの部屋をあらためて制圧してから――入室した。
「君も少し休むといい――僕もちょっと疲れたよ。ああ、せっかくだから夕食を一緒にどうだい?」
ヨハンは懐から紙入れを取り出した。
中からけばけばしい、スパンコールの施された名刺のような紙を指で挟んで――オリエント様式で造られた紫檀のテーブルに置く。
「これは?」
「誰かと一緒にいたいんなら、そこに連絡しろ――頭と股の緩い女が寄ってくるぜ。ただし、金だけはたっぷり用意しとけ」
彼は意地悪そうな口調で言った。
だが、サムエルにはまったく通じない。
「へええ――なるほど、帝国にも娼館はあるんだ。一度、行ってみたいと思っていたんだけど。皆に駄目だって言われててね」
「シエラ・チームへ――シックスだ。ハーキュリーズを、LZ〝ワシントン〟に降ろせ」
《シックスへ――シエラのファイブです。ハーキュリーズと向かいます。ETAは3分。シエラ、アウト》
ヨハンはシニアを呼んで、上空で待機している飛竜を屋上につけるように命じた。
彼らはそれに乗って、ホテルからほど近い――川沿いの安宿に移る。
ハーキュリーズのキャビンの中で、ヨハンはシニアに訊く。
「で、花火のリサイクルは出来たんだよな? シュミットとベイツがはりきってただろ?」
その2人は、ハーレークイン小隊において――爆発物の取り扱いを専門とする。
「全て予定通りです――大尉」
上級曹長、シニアは短く答えた。
真夜中。
地震のような衝撃とともに――仮眠用にとった、川沿いの安宿のベッドにいたヨハンは目を覚ました。
「あーらら――こらら♪ こりゃ、大変だ」
窓から外を見る。
帝都の誇る高層ホテルは、サムエルが宿泊しているはずの20階から屋上にかけて――丸ごと爆薬で吹き飛ばされたのだとわかった。
「おら! マスカキやめてパンツをあげろ!」
ヨハンは拳銃を片手に、幼年学校の指導教官軍曹――ドリル・インストラクターの口調を真似しながら、隣のベッドを蹴飛ばした。
同じ部屋にいた人物を叩き起こすために。




