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「あくまで〝事情聴取〟というのが厄介ですね――逮捕となれば、法に則って弁護士を立てる権利を保証し、勾留期限も48時間と決まっていますから」
「こうなったら、憲兵隊にも圧力が及ぶ有力者に――助力を乞うべきではないか」
ミリアムが言った。
その〝有力者〟がマイアだということは、名前を出さずとも3人とも理解していた。
ヨハンの養母にして、空軍の中将――貴族院議員、そして帝国〝神姫〟の守役たる太傅を2千年に渡って務める女傑だ。
その権勢を〝悪用〟すれば、法も捻じ曲げられる。
さらに、彼女には――もうひとつ心当たりがある。
だが、できればそれには頼りたくない。
なにより〝私的な目的のために〟法を悪用しては、自分たちの上官を陥れた――憲兵隊の一部と同じではないか。
ヨハンならば、迷わず目的を優先するだろう――しかし、ミリアムは誇りを旨とする気高い騎士だ。
時間だけが経過していく。
伝令が執務室を訪ね――ボーマン大佐が呼んでいると告げた。
再び、基地司令室に通されると――ミリアムは悪い知らせを受け取った。
例の強盗事件において〝目撃者〟が現れたらしい。
そして、その証言で――ヨハンの過剰防衛と私刑の容疑が固まったそうだ。
〝スラムの住人、4人を一方的に射殺〟
〝将校による、第1級殺人〟
〝最大量刑は1人につき30年――2人以上は死刑または終身刑〟
明朝、正確には――数時間後に起訴される。
「このタイミングで目撃者の登場など、不自然であります――スラムの住人は、他人の犯罪行為に関わるほど、暇ではないでしょう。いわんや、憲兵隊が絡んでいるならば、誰も捜査に協力などしません」
「私は目撃者を当たる――いい?」
ソフィアが言った。
「単独でスラムへ行かせるわけにはいかん――4人ほど連れて行け。武装は拳銃のみ許可する」
ミリアムが頷いた。
「ん」
妖精の少女は飛び出すように、執務室を出ていく。
鈴の音とともに翅を揺らし、妖精の輝く粉が軌跡を残して遠ざかる。
それを見送って、シニアが言う。
「小官は部下と〝夜間実弾演習〟の準備をしてまいります――大尉をお迎えに上がるかもしれませんので」
ミリアムは瞬いた。
この思慮深い、落ち着き払った上級曹長は――たった今、暫定の小隊指揮官であるミリアムに対して、
〝憲兵本部を急襲して、ヨハンを救出する〟と暗に言ってきた。
「……本気か? 上級曹長」
彼女は思わず訊かずにはおれなかった。
「はい――少尉殿。責任は全て、小官がとらせていただきます。その代わり、大尉は必ず助けてご覧にいれましょう」
「……」
シニアは踵を返して、執務室を出ていこうとした。
その非の打ち所のない所作に、彼の覚悟が表れている。
彼は本気で、小隊長を助けるために――自分の全てをかけるつもりだ。
ヨハンはたしかに問題の多い、というより――常に厄介ごとの中心にいる、素行不良の上官だ。
しかし、ミリアムの知っている限り――貴族出身の士官で、彼ほど下士官や兵たちに信頼されている軍人を見たことがない。
それに、彼女自身もヨハンがいなければ戦死した場面が――いくつもある。
これは、あの鼻持ちならない不真面目で不謹慎で覗き魔の嫌味な上官に――借りを返す好機だろう。
ミリアムはそう考えて、自分を正当化した。
「待ってくれ――上級曹長」
「なんでしょうか? フォン・シメオン少尉殿」
「私の実家は伯爵家だ――父は貴族院にも籍を置き、法務尚書とも懇意にしている。どうにか、とりなしを頼んでみる。だが、それにはいま少し時間がかかる」
ミリアムは言葉を選びながら、自分が何をするつもりか話した。
シニアは頷き、上官の言葉を聞いた。
「夜明けまで待ちます」
未明の空が白みはじめた頃。
第99連隊基地にソフィアが戻ってくると、目撃者の情報を持ち帰ってきた。
その人物がスラムの住人であること。
住居に踏み込んだときには、既に失踪したことが報告された。
さらに妖精の少女は、
「現地は〝消毒済〟だった」と付け足した。
「おそらく、憲兵隊の仕業でしょう――裁判まで、彼らのセーフハウスで軟禁されているはずです」
「ん」
ミリアムはミリアムで、基地の端末水晶から家宰に連絡をとった。
緊急だと告げて父親に代わってもらい、不当な拘束を強いられている上官の窮地を救ってもらえないか――相談した。
その条件として、彼女は少なくない代償をこれから払う。
まず、断り続けていた縁談の話を進めること。
伯爵令嬢として社交界に復帰し、
〝淑女に相応しい振る舞いを取り戻す〟と約束させられた。
要するに〝父親の推薦する相手との見合いを進め、早く結婚し――世継ぎを生め〟ということだ。
「……」
シニアは部下を全員召集し、市街戦装備を身に着けるように命じた。
ただし、私服着用――身分証等の携行は厳密に禁じて。
また、自身も野戦装具を身に着けて――待機していた。
追加した弾帯のポーチをひとつ空にし、彼は予備の拳銃をそこに入れて蓋をしている。
「なぜ拳銃を2挺も?」
「片方は、大尉にお届けする分です――あの方は、武器が手元にないと、すこぶるご機嫌を悪くしますので」
「細巻煙草も持っていったら? 駄々っ子には〝おしゃぶり〟が要るもん。減らず口を聞かずに済むし」
ソフィアの皮肉に、ミリアムは微笑した。
「……」
彼女は上官の机に置いたままの、未開封の細巻煙草を1つとって――胸ポケットにしまった。
指揮官のいないハーレークイン小隊が、予定外の〝夜間実弾演習〟に出発しようとした直前だ。
第99連隊基地の正門を塞ぐように、6頭立ての巨大な馬車が止まった。
「間に合ったようじゃの」
馬車から降り立ったのは、帝国の太傅であり竜王にしてヨハンの養母――マイアだ。
「エフライム中将閣下!」
ミリアムは幌馬車の御者席から飛び降りた。
空軍の礼服を身につけた童女を迎えるなり、ハーレークイン小隊の面々はいっせいに威儀を正して直立――整列した。
敬礼を返しつつマイアは言う。
「シメオン少尉――まずは、武装を解除せよ。今なら〝何もなかった〟ことにできるでな」
ミリアムが驚いていると、ソフィアが訊く。
「どういうこと?」
竜王は鷹揚に頷く。
「先刻、帝国内閣宛に書簡が届いた――魔界の連邦政府からの〝感状〟じゃ。それによると〝強盗に遭った同胞を、危険を顧みずに助けた勇士を称えたい〟と」




