04
ソフィアが訊く。
「偶然ができすぎている――そう言いたいの?」
「いいえ――もっと姑息かつ、私怨めいたものを感じます。何者かが大尉を貶めるために、状況を私的に悪用した可能性があるのではと。覚えていらっしゃいますか? 我々の最初の任務を」
「たしか……」
ミリアムが視線を落として思い出そうとした。
その間に、ソフィアが短く内容を要約する。
「緩衝地帯でのCSAR――極秘裏のHALO降下。しかる後に、ゴーレムの〝守護者〟を撃破。白金級の冒険者を拉致同然に救出した」
「そう――たしか、ルートヴィヒ・フォン・ゼブルン氏の救出で、私たちの初陣だ」
「ん」
2人の乙女たちが口々に言ったところで、シニアは本題に入る。
「かのギルドが誇る英雄殿は、現憲兵総監であるフォン・ゼブルン元帥閣下の養子にして甥御でございます――彼は我々に対して〝余計な世話〟〝不当な扱い〟〝無礼な態度〟と、たいそうなご立腹だったそうで。おそらく、大尉の〝評判〟は元帥閣下や、その周りのお歴々の耳にも届いているかと」
「……貴族の社会は狭く、横に繋がりが深いからな」
ミリアムは頷いた。
「その私怨? ふーん――貴族の知性って、ヨハンと同じくらい低いの?」
人間社会のしがらみに囚われない、妖精の少女は辛辣に言った。
「それだけならば――まだよいのですが」
「?」
妖精の少女が首を傾げた。
「上級曹長――何が言いたいのか、聞かせてくれまいか?」
「は――やはり公子殿下の単独行動を、憲兵隊が許したのが引っかかります。彼らは〝怠け者〟ですが無能ではありません」
軍歴40年に達する、上級曹長が含みを持たせて言った。
その迫力に、ミリアムは少しだけ気圧されたが――気になることを問いただす。
「まさか〝わざと〟サムエル公子殿下から目を離したと? スラムで強盗に遭う可能性を無視して――そんな馬鹿な」
「むしろ、それが狙いだったのではありませんか」
ミリアムが瞬いた。
彼女も、シニアの言いたいことがわかってきたようだ。
ソフィアが訊く。
「どういうこと?」
「未必の故意による暗殺です」
副官の女騎士と上級曹長の視線が交わり、老兵が短く言った。
今度はミリアムが口火を切る。
「しかし、そんなことをして、誰がなんの得をするのか? 帝国の地で、魔界の要人を亡き者とすれば、講和交渉が全て破綻する――そればかりか、再び戦端が開かれるだろう」
「仕掛けた者たちの狙いが、そこにあるとしたらどうでしょう? 殿下から目を離し、強盗を雇って襲わせるか――または救出の際に〝誤射〟をするか」
「いくらなんでも……」
ミリアムは否定しようとした。
しかし、両国の停戦合意がなされて以後――講和交渉は遅々として進まない。
これを理由に、軍部や議会の主戦派が交渉を打ち切って――あらためて、魔界連邦との決戦に臨もうとしている。
そういう噂話は、いたるところから漏れ出ていた。
「私たちにできることは?」
ソフィアが話を先に進めようとした。
「さしあたっては、所定の手続きに則るべきかと――軍規に基づいて、大尉の即時解放を求める上申書を、基地司令たるボーマン大佐に出して頂き、我々からも嘆願書を憲兵本部に送付するところからですね。よろしいですか? 少尉」
シニアはミリアムに許可を求めた。
実務はともかく――ヨハンがいない以上、小隊の指揮官は彼女である。
「ああ……」
「では、かかりましょう」
シニアが柏手を打って、それを合図にミリアムとソフィアは動き出した。
「おい、上等兵――なんだこの泥水は?」
ヨハンは帝都の中心にある、憲兵本部の事情聴取室に軟禁されていた。
すぐに帰れるはずだと思っていた彼は、空腹も手伝ってか非常に機嫌が悪かった。
あるいは、既に6時間近く――狭い部屋にいることが原因かもしれなかった。
ヨハンはコーヒーを運んできた兵卒に絡んでいる。
「俺がこの世でただひとつ我慢できねえのは――カプチーノを注文したのに、ミルクの商標をとっただけの、乳化させた植物油をぶち込んだコーヒーだけだ。滅びろ、コーヒーフレッシュ!」
彼は横柄に言うと、紙コップを壁に向かって投げつけた。
中身がこぼれて、どす黒い茶色の中身が白い床を汚す。
それを黙って見ていた、憲兵隊の上級指揮官――コナリー少佐は淡々と話す。
「では大尉――もう一度、はじめから確認したい。貴官は、強盗の現場に遭遇した。そこで帝国市民の義務であるところの通報を怠ったのはおろか、警告も威嚇もせず、一方的に4人を射殺した。この時点で、君はいくつかの軍規を犯した。軍人による第1級殺人は1人につき、懲役30年だぞ? 帝国刑法においては、過剰防衛と私刑を犯した罪で立件も可能だ。さらに、助けたと君が主張した強盗の被害者とやらはその場から逃走した。このため、君の正当性を立証するのは困難だ。そして事後、我々が到着した。以上に間違いはないかね?」
「……」
ヨハンは両手を揃えて、テーブルの上に出した。
「……? なんのつもりだ?」
コナリー少佐はそれを一瞥して訊いた。
「さっさと逮捕しろ――話はそれからだ」
「我々は貴官を逮捕した覚えはない――これはあくまで、通常の手続きに必要な口頭聴取だ。では、答えて貰えるかな? 我々の確認している事実と、君の主張に齟齬があるかどうか」
「……」
こんどは無言で返した。
「コーヒーの注文以外、口にする気はないのか?」
「逮捕じゃないなら、捜査に協力する義理はねえぞ――憲兵なら法律くらい守れ馬鹿」
彼はいつもの態度で言った。
コナリー少佐は、
「では再び、はじめから確認しよう」と辛抱強そうな口調で返してから頷く。
その時、
「失礼いたします」と憲兵隊の伝令が入室してきた。
コナリー少佐が椅子から立ち上がって、部屋を出た。
しばらくして、戻ってきたコナリー少佐は言う。
「目撃者が見つかったそうだ――スミス大尉、君が一方的にスラムの住人を射殺したと、そう証言した。既に宣誓供述書にも署名されている。さて、君とは長い付き合いになりそうだ」
「カプチーノの出前をよろしく頼む――こんどこそ〝本物〟を寄越せよ。しくじったら、殺すぞ?」
執務室に戻ったミリアムは――憮然とした。
基地司令であるボーマン大佐、ハーレークイン小隊の直属の上官の名で――憲兵本部に上官の拘束を解くように上申した。
ところが、
〝これは逮捕ではない〟という答えと〝手続きが終了しだい即時解放する〟という応答があったきりだ。




