06
ミリアムは――部下たちに〝待機〟を命じた。
それから、ソフィアとシニアの2人を伴って――上官が不在の執務室にマイアを案内した。
応接ソファの上座に彼女を迎えて、
「どうぞ――閣下。少尉もお召し上がりください」と言って、シニアが恭しくカップを2つテーブルに置く。
「大義なり」
竜王が返事をし、シニアは一礼し――無言でさがった。
ヨハンに忠を尽くすため、小隊軍曹に甘んじている――この上級曹長は、本来ならば将軍や元帥たちの従卒を務めるのが似合う。
あるいは大貴族の執事長や家令か。
マイアの向かいには、背すじを伸ばして座るミリアムがいる。
小隊の指揮官代理として、緊張した面持ちで詳しい経緯を聞かされる。
「……」
ミリアムの横には、ソファの背もたれに腰かけるソフィアもいた。
彼女は、人間社会の序列や儀礼を飛ばして、
「で――ヨハンはいつ戻るの?」と妖精族らしい奔放さで尋ねた。
「エインセル准尉、閣下に対して無礼であろう――控えよ」
「嫌――ミリアム少尉がさっさと聞き出さないのが悪い」
「っ!」
「まあ、よいではないか――そう畏まらぬでも。これでは、妾が意地悪な姑になってしまうぞよ」
マイアは2人の乙女たちを落ち着かせてから、優雅な所作でカップに口をつけた。
それから竜王は語る。
「さて、坊やは詳しい経緯を帝国のさるお方に報告する手筈じゃ――済み次第、こちらへ戻ってこよう。太傅にして帝国空軍中将と貴族院議員を兼任する、この妾が保証してつかわす。これでよいか? エインセルの子よ」
「ん――ご褒美に、ジェネラルのご飯の当番を譲る」
〝ジェネラル〟とは、この基地で表向きは飼っていないことにされた――野良猫の愛称だ。
以前、マイアが表敬のために訪れた際――この竜王は2歳の猫と親しく過ごした。
その証拠に彼女は目を輝かせた。
「おお、それはよき哉!」
「遊ぶ権利もつける」
「僥倖じゃ!」
それからマイアは、従卒の部下にあるものを運ばせてきた。
「そなたに届けよとの由じゃ」
ソフィアへの贈り物だという。
テーブルの上に、見覚えのある紙袋が置かれた。
封の部分には、見るからに上質で――手が切れそうなカードが留めてある。
〝ひとつ貸しにしておくよ――宵の明星〟
中にあったのは、サングラスをかけてエレキギターを携え――物音に反応して踊る、花の玩具だ。
それは、ソフィアが母親への贈り物にしようとしたものだった。
同じ物を求めて、魔界の貴公子も帝国に密入国した。
「ん」
妖精の少女が指を鳴らした。
花の玩具はゆらゆらと身を躍らせる。
ほぼ同じ頃。
「コナリー少佐――そろそろ、自白の時間だよな」
前日の昼からこの未明、15時間に渡って続く――取調室での事情聴取で、ついにヨハンは口を利いた。
勾留が長引き、お互いに疲れを露わにしていたときだ。
「ふむ?」
憲兵隊の将校が身を乗り出した。
「くたばれ」
「っ!?」
言うなり、ヨハンは両手を突き出した。
そのまま――上着の襟を剥がすようにして相手の身動きを奪い、頭突きを見舞う。
次にコナリー少佐の髪の毛を掴んで、横向きに――こめかみから机に叩きつけた。
それからわざと上着の拘束を解く。
「っがぁあ!」
先制攻撃に怒った相手が、腰から拳銃を抜こうとしたところ――その手をとった。
親指の関節を反対方向にねじって、根本から関節を脱臼させる。
勢いに任せて肘を喉に打ち込んだ。
「あらよっと」
そのまま彼は拳銃を奪い――呆気に取られた調書係を睨みつける。
「銃を左手で抜いて、床に捨てろ――さもないと、少佐の硬い頭の風通しをよくするぞ?」
ヨハンは憲兵本部の事情聴取室で、コナリー少佐から銃を奪い取って――彼を人質にしながら立てこもった。
憲兵隊は投降と少佐の即時解放を求めて、交渉しようとした。
「カプチーノをよこせやぁあああ! 皆殺しにするぞごらぁあああ!」
ヨハンは、話の通じない狂人のように喚いた。
直後に彼は、
「ルビコン川を渡るなら――泳ぎきるか、溺れるかだ。もう、後戻りはできないぞ」
普段と打って変わったように――冷酷な声だった。
「何のことかわから――うっ」
ヨハンは無言でコナリー少佐の小指を折った。
「指はあと8本――その次は足だ」
「わかった! 教える!」
「……どうせ嘘だろ」
薬指を折った。
「本当だ! 本当のことを言う!」
「遠慮するな――抜き打ち〝アンケート〟を楽しめ」
そう囁いたところで、彼は物音に合わせて――目線を動かした。
「!」
ヨハンはいきなり、取調室のドアを撃った。
「突入するならうまくやれ! 下手くそども!」
そのまま〝アンケート〟は続き、両手の指を全て折られたコナリー少佐は――上官の名前、今回の筋書きを親切な悲鳴とともに教えてくれた。
間もなく、憲兵隊の本部に宮内省の馬車が到着する。
迎えに現れたのは、正装であるモーニングを身に着けた――ローゼンクランツ宮内尚書、本人だ。
ヨハンは挨拶を省いて、部下たちの様子を訊く。
「基地の連中は?」
「は――そちらには、太傅エフライム侯爵が御自ら、玉体をお運び遊ばして御座います」
ローゼンクランツは恭しく拝礼して答えた。
それを聞いて彼は大きく息をつく。
「そうか――ババアの年の功で、悪ガキどもも収まったわけだ。世話をかけたな、爺さん」
「御意――こたびは災難でした。臣の不明を平にお赦し賜りたく存じまする。神皇子ヨハネ・ユージン・ヒルカノス大公殿下」
ヨハンが今上〝神姫〟ヴィクトリアの双子の兄であり、女系保護と伝統を維持するために廃嫡された――皇族の男子だと知る者は、ごく限られる。
この極秘事項を知るのは〝神姫〟本人、ヨハンを猶子として養育した太傅であり竜王のマイア、それからこの宮内尚書だけだ――公式には。
彼は不用意な発言をした勅使を叱る。
「黙れジジイ! その諱と氏で俺を呼ぶな――神皇子ヨハネもヒルカノス大公も、この帝国のどこにも存在しねえ! 俺はヨハン・スミスだ! ババアが貴族どもから奪った、スミスの苗字だけが俺のもんだ!」
彼は珍しく、個人の感情を剥き出しにした。
「その覇気、その不撓不屈――いずれも陛下の懐剣の役がため、ゆめゆめ、お忘れめさるな。ヨハン・ユージン・スミス大尉殿。重ねて老人の非礼をお詫びする。どうか許してくれたまえ」
皇族に傅く、数多の侍従たちの長たる宮内尚書ともあろうものが――貴人の〝諱〟を軽々しく口にするはずがなかった。
つまり、
「わざと俺を煽ったのかよ――食えないジジイだ」とヨハンは彼の意図を察した。




