02
「……」
ヨハンは咄嗟に、上着で包んだ拳銃の安全装置のレバーをさげる。
ソフィアが警告しなかった、ということは――背後に驚異はない。
「隣の路地」
肩から小鳥のような重さがなくなった。
「おいおい――放っておけって」
そう窘めたが、妖精の少女は好奇心に駆られたのか――1人で様子を見に行ってしまう。
追いかけると、ビルの壁を陰にしたソフィアが――口の前で指を立てた。
「旅行者が強盗に遭ってる――武装を確認ずみ」
肩に立つと、耳元に口を寄せてソフィアが小声で言った。
「人数は?」
彼女は指を4本立てた。
「……ギリギリだな」
ヨハンの使う拳銃は弾倉に9発、薬室に1発の弾丸が込めてある。
不意を打ったと仮定して、先に2人は撃てるだろう。
しかし、残りの強盗が反撃してくれば――予備弾倉に交換している間に、10発以上は撃たれる。
遮蔽物のない近距離では、こちらの練度に関係なく――数の暴力を覆すことは厳しい。
彼は冷徹な決断を下す。
「邪魔しちゃ悪いから、帰ろうぜ」
ヨハンは、強盗に遭った旅行者を見捨てると言い出した。
しかし、妖精の少女が首を振った。
「駄目――私たちが見過ごしたと後で発覚したら、帝国軍は市民の信用を失う」
「元から信用されてねえよ――だいいち、アホの旅行者の命ひとつで失われる信用なんか、大事にする価値あんのか?」
彼は例によって、レトリックを悪用し――自分たちが介入することに異議を唱えた。
だが、
「ある」とソフィアに断言されてしまった。
「……」
ヨハンは少し黙って、簡単な作戦を立てた。
「上から小銭をばらまけ――連中が気を取られた隙に仕留める」
「撃ち損じたら?」
「そのときは、お前さんの〝猫じゃらし〟の出番だ――目潰しをかけて、1人ずつ各個撃破だ」
「了解」
「行け」
ヨハンは、ソフィアにペンスやファージングといった――硬貨を持たせて、ビルの上に移動させた。
上着を羽織りなおして、拳銃のスライドを少し引き――薬室の装填を確認した。
「!」
地面に小銭が落ちる音がした瞬間、ヨハンは飛び出した。
構えた銃の照準が、強盗をなぞるようにして速射していく。
最初の1人の後頭部を1発で射抜いたのは、コンマ2秒の瞬間だった。
次の2人に2発ずつ撃ち込む、時間にして――1秒半から2秒の間だろうか。
普通の人間からしたら息をつくような短い時間を、軍人は最大限に利用するよう訓練を受ける。
特に、銃撃戦においては。
残弾は残り5発。
予想通り、強盗に遭っていた被害者は――壁際に追い込まれる形で中央にいた。
「なんだ!? 手前ぇ!」
最後の1人が被害者を盾にして、回転式の拳銃を構えた。
「銃捨てろ! 捨てやがらねえと、コイツの頭ぁ吹っ飛ばすぞ!」
「さっきも言ったけど――それは無理だよ。その銃じゃ」
銃を突きつけられていた、被害者の若者が言った。
「おい、嘘だろっ!?」
ヨハンは珍しく声を出すほど驚いた。
「やあ――また会ったね」
強盗の被害に遭っていたのは、魔界連邦の中核州を治める藩王の公子――サムエルだった。
「ここで地獄への片道切符をくれてやるぜ!」
ヨハンは拳銃を構えて、サムエルに言った。
もはや強盗のことなど、完全に忘れている。
「地獄なら、この前も行ってきたよ――この前の戦争と戦死者のせいで、人口が増えちゃってね。少し狭くなってたけど、君たちが思ってるほど悪いところじゃない。特に、君は気に入ると思う。どうだい? 君の死後、地獄に堕ちるというのは?」
「言われなくたって、その予定だ!」
ヨハンとソフィアが路地裏で、強盗たちと戦っていた頃。
第99連隊基地で、部下たちとの訓練を終えたミリアムは――上機嫌で執務室に戻った。
隙あらば覗いてくる、不届きな上官のいない間に――シャワー室を独占できたからだろう。
「失礼――少尉殿、お聞きになりましたか?」
「なにごとだ? 上級曹長」
執務室に入ってきたシニアは、基地に届けられた夕刊を手にしていた。
1面の記事には、大きな見出しが入っている。
ミリアムは〝魔界の貴公子、サムエル殿下――帝都へ〟という、トップニュースを一瞥し――驚いて部下と顔を見合わせた。
記事には、
〝週明けの月曜日に、特別列車にて帝都に到着する〟ともあった。
そこで、いくつかの式典に出席し――正式な講話条約の締結を進めるという。
彼の立場は、魔界の連邦政府に属する――外務省事務官たちの責任者であり、特使とのことだ。
その他の内容は、サムエルの生い立ち――魔界の中核州における、藩王公子としての序列など。
他にも、いくつか持っている肩書への補足があった。
「停滞している講和交渉を進めるために、河の向こうからお偉方がおいでになるという噂があったのですが――まさか、公子殿下が自らお出ましとは。魔界は大胆ですね」
「この、サムエル殿下とやらが例の――先日の作戦で介入してきた魔族か」
「大尉のお話では、その通りかと」
ヨハンとサムエル、素行不良の帝国陸軍大尉と魔界の貴公子が再会した。
2人が〝挨拶〟を交わしていると、強盗は混乱しつつ――主導権を取り戻そうとする。
「おい! 手前ぇらなんだっ!? 知り合いかっ? なにをわけのわかんねえことを……」
「うるせえ! まとめておっ死ね! 〝猫じゃらし〟だ!」
合図でソフィアが光を発振、強烈な光線を照射した。
夜間の高高度を飛行する飛竜に向けて、遠距離から攻撃目標を指示できるほどの輝度と――緑色の波長で発振される光線は、直視すれば簡単に人間の視力を奪う。
場合によっては失明する。
昼間であってもそれは有効だ。
「がっ!?」
強盗の生き残りが怯んだ隙を、彼は見逃さず――引き金を2回絞った。
さらに、残った3発をサムエルに向けて撃つ。
「おかげで助かった――ありが、あばば」
いつかの戦場で邂逅したときと同じく、魔族には銃弾が通用しなかった。
弾倉が尽きて、拳銃のスライドが後退して止まった。




