01
「最悪――最悪」
「なんで2回も言った? 仕方ねえだろ――先着限定なんて知らなかったんだ」
ヨハンとソフィアは休日を利用して、帝都の中心街に来ていた。
妖精の少女が、母親――ティターニアへの贈答品を選びたいというので、運河沿いのデパートメントに案内してきた帰りだ。
ところが、ソフィアの希望した――物音に反応して踊る花の玩具は、製造会社が経営破綻したことがわかった。
そのため〝フラワー・ロックンロール〟は、流通在庫しかないという。
夏至の日の売出しで、在庫が放出されると聞いたため――2人は滅多に入らないデパートメントを訪れたものの、見事に空振りとなった。
「私が選んだ上着のほうが、似合うのに」
自分の買い物が失敗した不満を解消するためか、あるいは〝乗り心地〟を良くしようとしたのか。
妖精の少女はヨハンの私服を見立てた。
しかし、熟考を重ねて選びぬいた服をにべもなく却下されたことで――彼女は余計に機嫌を悪くした。
「お前さんが選んだやつは、どれも窮屈すぎるんだよ――俺はもうちょっと、緩めのが好きなんだ。紅白で縞々の〝紳士の鞘〟も、白の方が好きだし」
「ふーん」
非番ということもあり、ヨハンは私服を身に着けている。
下はインディゴブルーのデニムに、ヌバック革のジョッパーブーツ――上は麻のボタンダウンシャツに、背抜きをした薄手の黒い上着を羽織っている。
特注の靴を除けば、どれも既製品で――まったく貴族将校らしくない。
「シャツの裾を外に出したら? それが今の流行だって、ミリアム少尉が読んでた雑誌にも書いてあった」
「銃に引っかかるから、やーだ」
私服の彼は拳銃を右腰の後ろ、ベルトの内側に隠す――ボタンで両刃を出し入れするナイフは、その反対側にある。
銃と同じく目立たないよう、ナイフは専用の鞘を介して――ベルトと水平に固定してあった。
「非番のときの武装は、軍規に引っかかる」
彼女の指摘は正しい。
だが、彼は銃の秘匿携帯許可書を取得しているので――厳密には法に触れない。
この有能な才媛ならば、百も承知だ。
つまり、相棒が自分好みの服を着てくれないことに――文句を言いたかったのではないか。
〝引っかかる〟という揚げ足をとって、言葉遊びに興じたのがその証拠だろう。
「……」
「内緒」
「なにも言ってないぞ?」
「ん」
夏至が近いこともあって、もうじき夕刻だというのに太陽はまだ高かった。
週末だからか、駅まで続く通りの歩道は人で埋め尽くされている。
「すごい人出――別の道がいい」
「遠回りになっちゃうだろ――我慢しろ」
そう言った彼が、唐突に立ち止まった。
「どうしたの?」
ソフィアが怪訝に思って訊くと、ヨハンは歩道で親子連れに風船を手渡している道化師を一瞥した。
「あれ撃ちたくなっちゃうんだよなあ」
彼は、道化師に〝いい思い出〟がないようだ。
それを知らない妖精の少女が、
「風船を?」と訊いた。
それには答えず、彼は、
「たまには回り道をしよう」と言って、路地を曲がろうとする。
「裏道なら静かに通れる」
「治安が〝賑やか〟だから、さっさと抜けようぜ」
「ん」
帝都の運河沿いは、再開発が始まった地区や一部を除いて――帝国でも屈指のスラムだ。
ここには武装した憲兵ですら、巡回には滅多にやって来ない。
また、銃声が鳴ったとしても――この辺りの住人はほとんどが不法入居者で、その程度のことでは通報もされない。
耳を澄ませると、遠くから怒鳴り声や子供の泣く声――ガラスか食器の砕ける音が聞こえてくる。
「……」
ヨハンは上着を脱いで、腰に差してある拳銃を抜いた。
「敵?」
「この辺を通るときのマナーみたいなもんだ――ほら、レストランでナプキンを膝にかけるだろ? あれと一緒だ」
彼は、脱いだ上着で拳銃を包むように保持すると――そのまま歩く。
「もしも強盗に遭ったら、隠して撃つってこと?」
貴族の身分で、侯爵家で甘やかされて育った割に――彼はこういうところでの用心を欠かさない。
「撃たれるより、上着を駄目にするほうがマシだろ」
妖精の少女が瞬いた。
彼女は何かを思いついたらしい。
「撃ったら、新しい上着が必要になる――こんどこそ私が選んであげる。嬉しい?」
「黙って後ろを見てろ」
「監視につく」
ソフィアは彼の肩に腰かけて、背後に気を配った。
「あれなに?」
薄暗い路地の交差する小さい広場には、室内球技に使うゴールポストが立ててあった。
地面にはうっすらと、ペンキで描いた歪んだ曲線が浮いている。
「貧乏人ほど、大きいボールで遊ぶんだ――失くしても見つけやすいようにな」
「ヨハンはエフライム中将の侯爵家で育ったから、小さいボールで遊んでた? ゴルフとかテニス?」
「ああ――22口径のプリンキングから始めて、今はもっぱら38スーパーが遊び相手だ。〝現場〟じゃ、ほとんど223の小銃弾しか撃たないけどな」
「銃は玩具じゃない」
「弄んでるのは、いつも敵さんの命だからセーフ♪」
「アウト――倫理的な意味で」
用心が功を奏したのか、あるいは青年と妖精の少女という組み合わせが――奇妙すぎたのか。
または、別の不幸な被害者が先客として――この裏路地を通り抜けようとしていたのか。
2人は何事もなく、表通りの見えるところまでたどり着いた。
「晩飯は食ってから帰ったほうがいいよな――それか駅で弁当でも買うか」
「キッシュがいい――山菜とチーズのやつ」
「たまには肉を食えよ――好き嫌いしてちゃ、おっぱいが育たないぞ?」
「ミリアム少尉みたいに?」
この場にいない女騎士の副官、巨乳が目立つのを気にしている同僚を――2人が揶揄したところで、すぐ近くから男たちの怒号が聞こえてくる。




