04
小銃の改良というものは、どこの国でもそうだが――なかなか進まない。
理由はいくつかあるものの、予算が最大の問題だ。
政府や軍の上層部は、民間を巻き込んで新兵器開発と運用に巨額を投じる。
そうなると歩兵用の銃や、個人装備は後回しになってしまう。
今では考えられないことだが、近代以前まで遡ればもっと過酷だった。
兵士の給金は未払い。
支給品も入隊したときの一度きり。
遠征先から、文字通り裸足で帰ってきた兵が多数いた。
程度の差こそあれども、組織的な体質はそう簡単に代謝するものではない。
特に、貴族制度の残る〝帝国〟ならばなおさら。
ヨハンは自分と部下には常に完璧な装備が必要だと、しつこくボーマン大佐に進言した。
ボーマン大佐も兵卒から成り上がった人であり、その主張には一定の理解を示したものの――上層部が予算を増額することはなかった。
そもそも、この第99連隊基地――というよりハーレークイン小隊には、通常の歩兵小銃小隊では考えられないほどの設備が既に与えられている。
現内閣が、統帥本部総長と統合参謀本部議長に直訴して設立された――という手前、破格の厚遇と予算が既に割り当てられていた。
それを知った上で、ヨハンは足りないと駄々をこねた。
〝なら自分らでどうにかします――その辺の銀行を襲ってでも〟
こうして、ハーレークイン小隊は任務に赴くたびに――持ち主や所有者が有耶無耶になる場面で、物資というより金目のものの現地調達に勤しむ。
シニアからそうした裏話を聞いたマイアは、ようやく報告書の奇妙な部分に合点がいったようだった。
「ところで、上級曹長」
「は」
「お主なら、存じておるやもと思うたが〝猫じゃらし〟とは――なんぞや?」
「それは、装備品ではございません――閣下」
「……?」
夕方。
〝訓練がある〟と詐称し、マイアから逃げたヨハンが戻ってきた。
執務室の来客用ソファでは、猫を膝にのせた竜王が嬌声を上げている。
その様子を一瞥するなり、心から憮然としたヨハンが言う。
「いい歳こいて、なにやってんだよ……」
「おお! 坊や――いまな、これなるエインセル嬢に〝猫じゃらし〟とやらを披露させておるところじゃ!」
ソフィアの操る光線に釣られて〝ジェネラル〟が談話室のテーブルを踏み台にして、勢いよく跳んだ。
その前足が天井をかすめていく。
「よく跳ぶものぞ――飛竜にも引けをとらぬ!」
「今のは新記録――さすがジェネラル」
ソフィアはそう言いながら、手を叩いてジェネラルを褒めている。
「まったく大した小動物じゃ――ほれほれ、褒美をとらす。カツオという回遊魚の身を干して、薄く削った珍味じゃ」
オヤツで猫を呼び寄せて与え、それを無邪気に喜ぶ姿は――まるで人間の少女のようだ。
ヨハンはシニアからの報告を聞いてからここに来た。
そのため、彼女の用が全て終わったと思っていた。
「早く屋敷に帰れよ――いつもご自慢の6頭立ての馬車はどうした?」
「なにを申すか――妾はまだ帰らぬぞよ」
「は?」
「とはいえ宿の用意はないからのう――坊や、可哀想なこのおばばを泊めておくれ」
「やなこった」
ヨハンは即答した。
それから彼は執務室のドアが細く、中途半端に開いているところを目ざとく見つけて――大声を張る。
「そこ! 人の家庭事情をじろじろ見てんじゃねえ! 失せろ馬鹿ども! このロリコンどもめ!」
覗き見していた部下たちが、足音を立ててその場から遠ざかる。
彼らが興味深くするのも無理はない。
普段は飄々と、あるいは誰に対してもふてぶてしく振る舞うヨハンが――マイアが来てから、こうも〝やりにくそうにしている〟のだから。
「……?」
ハーレークイン小隊の内部事情に精通していない、空軍の中将は不思議そうな顔をしている。
彼女はしごく当たり前といった様子でヨハンを諭す。
「子というものは、田舎から母親が様子を見に来たらば――褥に新品の敷布を用意し、食事や風呂の世話をし、思い出話をしながら眠りにつくものじゃ」
「よそはよそ! うちはうち!」
「口の減らぬこと――まあ、それはとまれ、表敬にわざわざ訪ねてきた空軍の重鎮を無碍に扱わば、陸軍との間に要らぬ溝ができよう。ほれ、ここはそなたの器の大きさを見せるところぞ。わかれば、せいぜい妾を歓待するがよい」
「自分の立場を悪用して、相手の弱みにつけ込むなんて卑怯だぜ!」
「それ、ヨハンがいつもやってること」
ソフィアが指摘した通りだ。
彼は、しばしば自分の立場と相手の弱みを利用した振る舞いをする。
なるほど、まさしく彼女はヨハンを育てた人だ――とハーレークイン小隊の隊員たちは、全員が納得した。
「後事はどうか、小官たちにお任せを――大尉は中将閣下のおもてなしに、傾注なさってください」
ミリアムが副官として、恭しく正論を言った。
その頬が緩んでいる。
彼女もまた、傍若無人なヨハンが養母の尻に敷かれている――この日の様子を楽しんでいるのだろう。
「できる部下どもをもって、俺はしあわせだー……」
文句を言いつつ、腕にマイアをしがみつかせたまま――ヨハンは帰り支度をする。
この他人の目を全く気にしない、似たもの母子は表に出るなり
「これ坊や、跪いて妾に傅く栄に浴するがいい――いっぱいあんよして、もう疲れたのじゃ。肩車をしてたもれ、抱っこでも可なり」
「あーもう、しょうがねえな」
ヨハンは嫌そうに、その場で片膝をついた。
その背に、
「ひゃっほい♪」と嬌声を上げて、マイアが飛び乗る。
「いや、元気じゃねえかっ!? ざけんなババア!」
竜の王は猶子の文句を無視し、肩に腰かけて楽しげに言う。
「出発進行! ポッポー!」
そのまま童女の竜王が手拍子をすると、ヨハンが朗々と歌い出す――マイアも合いの手をはさむ。
これが踊り念仏の新しいブランドさ♪
みんなでロコモーションに便乗じゃ♪
流行りに乗らなきゃ損をするだけだ♪
みんなでロコモーションに便乗じゃ♪
背中のロリババアだってこの有様だ♪
読み書き算盤なぞよりAじゃろうが♪
さあ、さあ、ロコモーションを踊れ♪
楽しそうに歌いながら、2人は基地の外へ出た。




