01
「あら――なにを愉しそうにご覧になっていらして?」
後宮の庭園で、〝神姫〟ヴィクトリアは来客に訊いた。
庭園に設えられた白亜のガゼボにいた客は、主君に気づいて、
「これはご無礼をした――許されよ、陛下」と椅子から立とうとした。
〝神姫〟はそれを制して言う。
「どうかそのままで――太傅」
君主は古くからある名誉職で来客を呼んだ。
後宮に上がることを許されている者は少ない。
広大な版図を誇る帝国でも、両手の指の2倍ほどだ。
これは安全保障上の理由が背景にあり、公然の名分としては〝伝統〟とされている。
具体的には〝神姫〟の名のもとに任命された、各省庁の責任者たる尚書。
武官においては陸海空3軍の長官と統帥本部総長、参謀本部議長、憲兵総監といった元帥たち。
それに職務上の必然性にもとづいて、近衛連隊の指揮官――またはその代理も含まれる。
文官としては、宮内省の侍従の高官とその補佐官といった人々だ。
もっとも、それは公になっているものに過ぎない。
一部の特権階級の人は、例外的に参内を許された者もいる。
この日の客のように。
帝国空軍中将にして、統合参謀本部次官補。
帝都防空基地司令。
貴族院立法審議委員。
あるいはエフライム侯爵、そして竜族の長――竜王。
悠久に近い年齢を重ねているだけあり、とにかく彼女には――いくつもの肩書があった。
マイア・ウンドーミエル・ケレブリーアン・フォン・エフライム。
矮小な人間に合わせた〝短い名前〟を名乗ることが、この2千年の間は多い。
竜族の長にして、世界でも稀に見る長寿を誇る――彼女の容姿は童女の姿だ。
なにかの悪い冗談としか思えなかったが、太古にある呪いを受けたせいだという。
そのため、人間の姿をとるとき――マイアはこうなってしまうらしい。
力だけなら、この地上に並ぶもののいない実力者が――普段は童女の姿をして、人を惑わせているのだ。
この日の、マイアの装いは――豪奢なフリルやタフタの折り重なった、臙脂色のワンピースとケープを身に着けていた。
つまり私服であり、この日の参内は〝私用〟ということになる。
その古風な身なりは、貴族の女の子が抱いている陶器人形のようだ。
椅子にかけている足が、地面に届かず――ぶらぶらと宙に揺れる。
犬の尾のように、それは彼女の感情をよく表していた。
「坊やはようやっておるようじゃ」
「それは重畳です」
マイアの手にあるのは、空軍の部下から提出された作戦報告書の束だ。
あれから、ハーレークイン小隊はいくつかの作戦に出動した。
そこで少なくない戦果を持ち帰っていた。
麻薬カルテルの秘密工場の爆破―――――破壊工作。
地方領主の武装蜂起を未然に阻止――――暗殺。
捕虜収容所に取り残された同胞の救出――戦闘捜索救難。
〝聖域〟の森での希少動物の密猟の阻止――自然保護。
どれもが不正規戦で、栄光や名誉とは無縁な任務ばかりだ。
こういうときこそ、彼らに出番が与えられる。
ただ、ハーレークイン小隊は任務に対して――完璧に忠実であったとは言い難い。
例えば、麻薬カルテルの工場が吹き飛ばされる前に――精製された麻薬が数ポンド紛失したとか。
あるいは武装蜂起した地方領主が所蔵していた、宝飾品が何者かに持ち出された。
挙句、帝都のいくつかの質店によく似た品物が並んでいたこともある。
捕虜の収容所にいた人間だけではなく、動物に至るまで残らず回収した。
〝聖域〟の森での自然に保護に際しては、狩猟では禁止されているトラバサミに密猟者を追い込んだ。
その上、密猟者が好んで使う大口径ライフルで狙い撃つなど。
密猟を阻止するために、ゲリラ戦方式と称して〝目には目〟を体現したようだ。
「いささか、羽目を外しすぎですわね」
ヴィクトリアは短い失笑を漏らして、扇子で口もとを優雅に覆った。
マイアは報告書に視線を戻して、眉をひそめる。
「この〝猫じゃらし〟とやらが、何なのかわからぬが――これによって、夜間も精密な空爆を誘導できるようになったそうな」
「猫じゃらし……? 戦場にそんなものをお持ちするのでしょうか」
「臣の不明をお許しあれ――妾も寡聞にして、さような通称の兵器を聞いたことはござらぬ」
ヴィクトリアは首をかしげる。
マイアは報告書のファイルを閉じた。
「臣として謹んで、陛下に上奏を仕る――信賞必罰は武門のよって立つところ。したがって、いかに不正規戦とはいえ、これほどの戦果を成さしめたことを賞すべし。他の将兵の範と示すためにも、叙勲を推薦してはいかがか。大戦が終結すれども、功を成した武人を陛下の御名で賞す。これにより、軍の慰撫と忠を尽くすべき象徴を思い出させることになろう」
マイアの上目遣いに対して、ヴィクトリアは目を伏せた。
「それに関しましては、頑なに固辞されてしまいましたの――先の、魔族との遭遇戦で、部下の方が負傷された折に、名誉戦傷章を叙すべきかご相談したのですが〝そういうのはやめとけ〟と」
「ほう?」
「わたくしが内閣を経ず軍に勅をかける――これが政府と軍部における摩擦の一因となり得ると、ご懸念されておいでですの」
「あっはっは!」
マイアは無邪気な子どものように声を立てて笑い出した。
「なんとなんと――失敬、非礼を詫びよう。しかし〝あの〟坊やが、こうも人の立場に対して気遣いをするとは。よき子に育ったものよ。されど、信賞必罰を厳にした場合、坊やは褒めてつかわせばよいのか叱ればよいのか、判断に迷うところがございましょうや」
「ええ、まったく」




