04
帝国軍では士官の階級を持つ者には、家族構成に合わせた住宅補助が与えられる。
将校、特に少佐以上の階級では――さらに待遇は良くなる。
もっとも、帝国軍の将校のうち――約半数がヨハンやミリアムのように、貴族の称号を持っている。
このため、あまり有効に扱われない制度のひとつだろう。
ミリアムは出自が伯爵令嬢ということもあり、基地の中にある既婚者向けの戸建て官舎を借りているようだ。
〝未来のスケベな愛人のため〟と言ってはばからないヨハンは、基地の近くにあるアパートに住んでいる。
だが、家主と掃除夫以外に入ったことがある者はいない。
「お前らの魂胆はわかってるぞ」
素行不良の小隊長は言った。
「上手いこと少尉をおだてて――この畜生を引き取らせるつもりだな? でもって、猫を心配するフリをして、あわよくば上がりこむつもりだろうが!」
「……」
そう決めつけられた部下たちは、再び互いの顔色を窺う。
「……」
誰かが小声でつぶやく。
「その手がありましたか」
「聞こえたぞ! ホーキンス!」
「実際、大尉は猫がお嫌いなんですか?」
小隊に解散を命じ、執務室でヨハンとシニアは休憩をとっていた。
「あんたまで、何を言い出すんだよ――嫌いなのは猫だけじゃない。犬も小鳥も、他にもネズミとか、魚とか、蛇なんか特に嫌いだ。だいたい、畜産でも養殖でもないのに〝動物を飼う〟っていうのが気に入らん。それに1匹でも認めたら、次から次にキリがなくなるだろ?」
「世の中には、色々な趣味嗜好をもつ人がいますから」
「もし〝生類憐れみの令〟が下ったら、従うほかないけどな――今は駄目だ。前フリじゃねえぞ?」
「……さようで」
シニアはカプチーノマシンを操作しながら言う。
「おや?」
蒸気が噴き出して、温めた牛乳が泡立ちながら出てくる――はずだが、いっこうにその気配がない。
それに気づかない上官は、話のわかる部下に持論を聞いてもらうことに夢中だ。
「あんただってわかってるだろ? うちの小隊は遊撃部隊だ。任務によっては何ヶ月も、年単位での遠征だってあるかもしれない――俺たちがいない間、猫はどうすんだ? 他人を雇って世話をさせておいて、帰ってきたらどんな顔で会えばいい? それとも、小隊の備品扱いにして、戦場に連れて行くのか? 本人の同意も署名もなしに? それをやったら、軍隊ですらなくなっちまう。ところで、カプチーノはまだか?」
訊かれたシニアは、済まなそうに言う。
「それが大尉――申し上げにくいのですが、ミルクの補充が必要なようで」
「……」
彼は顔を上げた。
この基地で、カプチーノに使うミルクを最も消費するのはヨハンだ。
しかし、何者かがそれを使い切った。
犯人の心当たりはすぐにつく。
「絶対に追い出してやる――そこで聞き耳を立ててるやつらも聞こえたな! 猫は飼わない! わかったかっ!?」
声を張ると、ドアの向こうの廊下から――部下たちの逃げ出す足音が響く。
立ち上がったヨハンは腰から拳銃を抜いて、
「誰も手を汚したくないなら、仕方ない」と言った。
「どちらへ?」
「ちょっくら、動物愛護法を破ってくる――でもって、巨乳の女騎士とパフパフしながら、メスガキ妖精のお尻ペンペンだ。あんたは、ボーマン大佐に〝言い訳〟をでっち上げてくれ」
彼は拳銃を片手に、執務室のドアを蹴破るように開けて廊下に出た。
血迷った上官の背を見送ると、シニアは基地司令の執務室がある兵舎に向かう。
「まったく――不器用なお人ですな」
「!」
ミリアムは談話室に飛び込むなり、テーブルの上に置いてある箱を持ち出した。
呆気にとられている部下たち、箱の中で猫と一緒にいるソフィアが――揃って怪訝な顔を浮かべるのも構わずに、足早に兵舎をあとにする。
建物から出ると、ミリアムは言う。
「まずいことになってしまった、エインセル准尉――大尉は本気だ」
「ミルクの補充を忘れてたのが発覚した?」
「そうではなく――いや、それもそうなのだが」
彼女は歯切れの悪い物言いをした。
「とにかく、基地の外へいったん撤退しよう」
「そのあとは? この子と一緒に、私たちも逃げるの? どこへ?」
「それは……」
無垢な妖精の少女が痛いところをついてきた。
正義を信奉する女騎士は答えに窮したのか、基地の門の前で立ち止まってしまう。
そこで声をかけられる。
「どちらへおいでかな? 悪い子ちゃんたち♪」
拳銃を片手に先回りしたヨハンが門の前に立っていた。
そのただならぬ様子に、守衛たちが口々に言う。
「あ、これヤバいやつだ」
「……あのクソヤバ大尉じゃん」
「くわばら、くわばら」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
向かい合う3人を見た門の守衛たちは、我先にと防弾加工の施された小屋に逃げ込んでいく。
この基地の関係者ならば、誰でも同じようにするだろう。
特に、カプチーノが飲めなかったときのヨハンが――銃を手にしているならば。
彼は定型句で警告する。
「無駄な抵抗をやめて、猫を捨てろ!」
「嫌」
ヨハンが大真面目な口調で命じると、ソフィアが箱から顔を出して拒否した。
「……」
「戦いに勝って――勝者の権利で彼を黙らせる」
不意にソフィアが言った。
「っ!?」
ミリアムは瞠目した。
妖精の少女はさらに続けて言う。
「猫も助けられなくて、帝国が守れるの?」
この〝叡智〟を名前の由来に持つ、怜悧な妖精はヨハンと戦うと言いだした。
猫を守りたければ、自分に付き合えと。
彼女たちは普段のヨハンの訓練を間近で見ている。
拳銃による早撃ち、専用の狙撃銃を用いる長距離の狙撃まで――およそ射撃と呼ばれる類のもので彼女がヨハンに敵うものはひとつもない。
強いて言えば、近接戦闘の剣術や銃剣術ではミリアムのほうが上手か――しかし、その差は僅かなものだ。
それに、ミリアムには上官を斬るつもりなどないし――そもそも規律を乱しているのは自分たちだという負い目もある。
おそらく、彼も自分を撃つ気はないだろう――だが、話し合いが平行線を辿る以上、別の手段を講じるしかない。
「やむを得まい」
ミリアムはついに覚悟を決めた。
「私はいつでもいい」
そう言って、ソフィアも猫の箱から出た。
2人の乙女たちの様子を見た彼は、嬉しそうに言う。
「かかってこい♡」




