03
休暇が明けると、ミリアムは無事に退院――部隊に復帰した。
再び態勢が整ったところで、ヨハンは統合参謀本部に出頭を命じられた。
新しい任務の通達を受けるため、ではなく――上流のダム湖を空軍が〝誤爆〟した経緯の説明。
ならびに、魔族との戦闘の報告――それから〝来訪者〟を回収できなくなった件。
これらの釈明を直に行うため。
彼はシニアを伴って出かける用意をしている。
ミリアムはミリアムで、病み上がりだというのに――休暇を経て士気が低下した部下たちを、
〝鍛え直す〟と言い出し、訓練に張り切った。
統合参謀本部からは例によって厄介な命令を〝土産〟にされた。
帰ってきたヨハンたちは、談話室で騒いでいる部下たちを注意するために踏み込んで、
「気をつけ! 隊長のご帰還である!」とシニアが声を張った。
小隊長と小隊軍曹が戻ってくると、談話室で休憩していた屈強な軍人たちはいっせいに威儀を正して振り返る。
「敬礼も整列もいい、そのままで――それより、乳袋少尉殿とメスガキ准尉ちゃんはどこだ?」
ヨハンは部屋の中を見回した。
ミリアムとソフィアに次ぐ、序列となる先任の下士官に――シニアが促す。
「ローガン1等軍曹、メイソン1等軍曹――報告せよ」
「にゃーん」
ローガンやメイソンより先に、談話室のテーブルの中央に置かれた箱から声がした。
「……ん?」
「にゃーん」
もう1度、鳴き声が聞こえるとともに――慌ただしくミリアムが戻ってきた。
「待たせたな、諸君――酒保の需品係から、必要な物資を調達してきた! 猫ちゃん猫ちゃん、待たせちゃってごめんね。すぐご飯にするからね!」
彼女は両手に荷物を抱えているため、前がよく見えないようだ。
「……」
「……」
ヨハンが無言で振り返る。
これまでに見たことがないほど、顔の筋肉を緩ませていたミリアムと目が合った。
「あ――大尉っ!?」
「物資の調達ご苦労だな――さすが、副官様だ。独断専行を旨とする、うちの小隊の手本として〝命令にない任務〟をやってのけたわけだ。なんだっけ? 〝猫ちゃん〟のために」
彼は意地悪そうな口調で、裏声を交えながらミリアムの真似をして言った。
「あ、いや――その、これは……」
品行方正にして、文武両道で有能な副官が狼狽したところで、
「ミリアム少尉、帰ってきた?」と猫のいる箱からソフィアの声がした。
ヨハンは嘆息して言う。
「そこにいたのか」
「猫の毛皮が、どれくらいお布団に適しているかどうか――それを検証中」
「なんだそれ?」
「お昼寝」
ソフィアが悪びれもせずに言った。
「捨ててこい」
部下の報告を聞いたヨハンは即座に言い放った。
その隣には、憮然としたまま立っているシニアもいる。
談話室は途端にブーイングの嵐となって、部屋の中の空気を切り裂いた。
その中心にいたのは、意外にもミリアムだ。
「ご無体です! 大尉!」
「そーだそーだ!」
「上官の横暴だ!」
「くたばれ大尉!」
「パワハラ上官!」
「セクハラ魔神!」
「動物愛護精神!」
下士官たちも無責任に便乗してきた。
ヨハンの怒号が響く。
「黙れ馬鹿ども! 捨てるのが嫌だってなら、保健所だ! 兵舎でペットを飼えるわけがねえだろっ!? うちはもう、妖精を飼ってるんだから、それで我慢しなさい!」
彼はそこで、談話室のテーブルの箱を見た。
「あとそこ! 上官のお説教タイムに、猫と遊ぶな! というか、なんだっ!? その〝光る線〟みたいなやつっ!?」
注意されたソフィアは、周囲の光を集めて収束させ――波長の安定した光線を指先から〝発振〟させる。
光線を揺らし、猫の注意を惹いて遊ばせている。
「さっき覚えた」
「マジかよ、それ遠くに届くなら目標の指示に使えるんじゃねえか? 空爆の要請とかで――って、そうじゃねえ! 猫で遊ぶなって言ってんだろっ!?」
「猫と遊んでる――接続詞と助詞を間違うのは、未就学児以下。あなたの知性がそれとおんなじ」
妖精の少女の辛辣な物言いは相変わらずだった。
彼女は一貫して、ヨハンの知性をこきおろす。
「なんだとっ!? もっと褒めろ!」
「大尉、それにエインセル准尉も――本題に戻りましょう」
見かねたシニアが仲裁したところで、談話室のテーブルを見る。
たった今まで角を突き合わせていたはずのソフィアが、問題の箱にとりついて言う。
「ミリアム少尉――この子、お腹がすいたって」
「大変だ! 用意しないと!」
ミリアムは訓戒の途中にも関わらず、談話室を飛び出した。
普段の規律正しい彼女からは信じがたい言動だ。
「おい!」
ヨハンが呼び止めるが、彼女は我を忘れている。
その背中を見送ると部下たちに向き直って彼は言う。
「まったく――この件は、小隊内で処理するぞ。絶対に外に漏らすなよ? というか〝訓練中に、演習場をうろついてる猫を拾いました〟って報告をボーマン大佐に出したら、俺の正気が疑われちゃうもんな」
〝とっくに手遅れだ〟
〝そもそも24時間365日、常に正気じゃない件〟
口にこそ出さなかったが、居並ぶ下士官たちは互いに顔を見合わせて――頷きあっている。
遠慮や忖度というものをしない、妖精の少女が訊く。
「なら、一緒に住んでいい?」
「それとこれとは別だ! 基地で猫を飼うのは駄目だ! 捨てろ!」
「誰かが引き取ればいいんじゃないですか?」
下士官の1人が言った。
「いいわけあるか! お前さんは馬鹿か? それとも馬鹿のフリをして、俺を試してんのかっ!? 兵舎で寝起きしている兵隊どもが猫を飼うってのは、基地で飼うのと一緒だ!」
「では大尉が……」
「やなこった! 俺は生き物は嫌いなんだ――たったいま嫌いになった」
「意地悪」
ソフィアが小さな声で呟いて、背中にある蝶の翅を揺らした。




