表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーレークインたちの外交儀礼【隔日夜更新】  作者: Fughse
第6章 猫と風が吹けば桶屋がもうかる真相

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/56

02

挿絵(By みてみん)

 ヨハンは集中力を使い果たした。

 ペンを机の上に転がし、椅子の背もたれをきしませ――天井を仰ぐ。

「お前さんも休暇中だろ? たまにはあの怖いおっかさんに、顔を見せに帰れ――せっかく親孝行できる相手がいるんだから」

「いいの」

 ソフィアは言った。

 シニアにも休暇を与えたため、ヨハンはカプチーノが飲めず――ブラックのコーヒーを口にする。

「あなたのそばにいたいから――と言ったら、嬉しい?」

 相変わらず表情を変えずに、妖精の少女は言った。

「へいへい――嬉しくてたまらないね。メスガキちゃんがうろちょろするせいで、仕事は進まないし小言は頂戴するし。世の中の所帯持ちって、みんなこんな感じか? って、なにやってんだ?」

 いつもの益体のない無駄口を聞かされたソフィアは、いつの間にか背中を向けていた。

 妖精の少女がどんな表情をしているのか、ヨハンからは見えない。

 しばらくすると、カップの湯船から上がったソフィアは何も言わず――書類仕事を手伝い始めた。

 心境の変化でもあったのか、

「目の前にやりかけの書類があるのは精神衛生によくない」と言った。

 山のように積み上げられていた書類だった。

 それらは、ソフィアがペンを抱えて〝踊る〟と――みるみるうちに片付いていく。

 夜。

 夕食をそのまま執務室で摂ると、ようやく仕事が終わった。

「お礼をさせてあげる――ケーキがいい。あと、外で食べたい」

「こんな時間にやってる、マトモな店があるか――いや、待てよ。〝あそこ〟なら、絶対に食い物があるはずだ。お高くとまってるヤツが住んでるもんな」



「本当に、お店があるの?」

「店があるとは言ってないぜ」

 ヨハンはソフィアを連れて、帝都の中央まで外出した。

 2人がいる道の横は、一面――白亜の高い壁が外界との境界線のように、そびえていた。

 そこは宮殿の外壁に面した通りだ。

 間もなく通用門が見えると、ヨハンは近づいた。

 彼はそこで、純度999でプラチナ製の――一般には存在すら秘匿されている、特別な身分証を出した。

「武装を全てこちらに」

 近衛兵に言われた通り、ヨハンは拳銃や予備の弾倉。

 それから腰に下げている銃剣と、ボタンを押すと刃を出し入れできる――両刃のナイフまで預けた。

「ネクタイと襟の裏」

「おっとそうだ」

 ソフィアに指摘されてから、ヨハンはネクタイの裏に仕込んである――硬質樹脂の非金属製の隠し武器を差し出す。

 拳を握り込んで、指の間から細い刃が突き出す形の――プッシュ・ダガーだ。

 また、上着の襟からは鋼線を加工した――絞殺用のワイヤーを取り出す。

「……」

 呆れ返った近衛兵たちの冷たい視線に2人は見送られた。 

「後宮――初めて入った」

 ソフィアは、巨人が通れそうなほど天井の高い廊下を――上から下まで行ったりきたりしながら、飛び回っている。

 背中のアゲハ蝶に似た翅を揺らして、輝く妖精の粉を廊下に撒いている。

 どうやら、宮殿の内装や意匠――調度が興味深いらしい。

「今日はピンクのレースなんだな――まるでひと晩10ギニーの高級淫売婦みたいで、好みだぞ」

 例によって、ソフィアの下着を仰ぐように覗いて彼は言った。

「あ、そう」

 近侍に案内されるまま、窓に面したサロンに通された。

「まあ――よくいらっしゃいました」

 そこで待っていた女性が声を上げて、2人を歓迎する。

「夜半に妖精さんと出会えるなんて――まるでおとぎ話みたいで、愉しいですわ」

「陛下……?」

 ソフィアが〝神姫〟ヴィクトリアを見て、瞬いた。

 ヨハンから見ても驚いているのがわかった。

 帝国の最高権力者は駆け寄らんばかりに足早に近づき――優雅な仕草で彼の手をとった。

「ご無事の〝還御〟を、このヴィクトリアより、心から寿ぎ申し上げます――それから、フォン・シメオン少尉の予後はいかがでしょう?」

「前半だけ不適切」

 ソフィアはいつもの無遠慮な口調のまま、短く指摘した。

 還御とは辞書にある通り、帝室に連なる高貴な者の帰還を祝す言葉だ。

 帝国の最高権力者たる〝神姫〟が、他者に用いるべきではない――本来ならば。

「大丈夫だ――しかし、お前さんに心配されたと知ったら、逆に心停止しちまうな。貴族特有のビョーキで」

「まあ――では内緒、ということで」

 2人が親しげに話しているのを見て、ソフィアは交互に彼らを見た。

 不思議でたまらない、といった様子だ。

 妖精の少女は、この双子の関係を知らないのだから――無理もない。

「どういうこと?」

 その素朴な疑問に、彼らは揃って誤魔化す。

「淫蕩な秘密の関係です♪」

「人間の世の中は複雑なんだぜ、メスガキちゃん」

「それ、聞いたことがある――〝ロンバルディアの貴婦人とシシスベ〟っていうの。お母様が言ってた。合ってる?」

「はい――そうです♡」

 ヴィクトリアが首肯して、

「ぜんぜん違う!」とヨハンが訂正した。

 その上、双子の妹は言う。

「以前は衆人環視の下で、組敷かれたこともあります――耳元で〝可愛いじゃん〟と仰っていただけましたの」

「それを持ちネタにするな!」

「ふーん?」

 妖精の少女は2人の抱える秘密に、少しだけ興味を惹かれたようだが、

「そんなことより――早くケーキを食べたい」と言った。

 目前の妖しい色気よりも、優先したいことがある。

 自分に常に正直なところが妖精らしさのあらわれだろう。

「さすがはティターニア様のご令嬢にして、エインセル家はじまって以来の才媛ですわ♪」

「自己中こそ、メスガキ妖精ちゃんの取り柄だもんな――ぬへへ」

 ヨハンの軽口に、

「あなたの次に?」とソフィアはいつもの調子で応じた。

 ヴィクトリアは失笑を漏らした。

 そのまま、夜の短い時間を――〝神姫〟は双子の兄と妖精の少女とともに過ごした。

 翌朝から始まる、いつもの退屈な政務と国事行為で――玉座の御簾の中にあって〝神姫〟は不思議と機嫌を麗しくしていたらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ