01
統合参謀本部はしばらくの間、ヨハンたちに待機を命じた。
それにはいくつかの理由がある。
まず、統合参謀本部はハーレークイン小隊の処遇について紛糾した。
彼らが不可抗力とはいえ〝来訪者〟を見殺しにした点がひとつ。
これだけでも、指揮官を更迭するには充分だ。
ただ厄介なことに、ヨハンたちはその際の戦闘で魔族――それも〝使徒〟の襲撃を撃退。
さらには極大呪文の発動を阻止したという。
不正規戦とはいえ、快挙としか評せない〝戦果〟を帝国陸軍にもたらした。
貴重なダムを破壊した点に関して、問題視する声もあった。
当事者からは、
〝魔族の極大呪文の影響化によって、航空支援にあたった飛竜の爆撃が逸れた可能性がある〟という趣旨の報告書が提出されている。
また、これに関しては空軍からも正式な報告として、
〝不幸な事故が起きた〟とハーレークイン小隊の行動を正当化する知らせが入った。
報告書にあった〝魔界連邦軍を装った、帝国軍の偽旗作戦〟と〝遺跡での化学兵器研究とダムでの使用未遂の可能性〟については、一笑に付された。
〝停戦交渉を有利に進めようと目論む、魔界による情報撹乱〟として。
そもそも、調査をしようにも――肝心のダムは破壊され、遺跡は水の底に沈んだ。
ただ、統合参謀本部は明らかに何かを隠している――これだけはわかる。
結局のところ、責任の所在が有耶無耶になってしまった。
諸々の事情を勘案して、ハーレークイン小隊の処分は保留となる。
あらためて、内偵中のシメオン伯爵令嬢からの報告書を待つ――という結論に至った。
そのシメオン少尉、ミリアムも負傷し加療中だ。
命に別条はないが、ミリアムの全治には2週間かかる――という話を軍医から聞いた。
ヨハンは、シニアと相談した。
交代で1週間の休暇を与えてもらうよう、ボーマン基地司令に話を通すためだ。
執務室を訪ねると、ボーマン大佐は言う。
「よく命があったもんだ、そう思わんか? 大尉」
ボーマン大佐は、元々統合参謀本部の幕僚補に就いていた。
大戦の最中に帝都で行われていた派閥闘争に敗れて、閑職に追いやられた人だ。
また、帝国は封建的な社会構造が根付いている。
黒い肌の有能な平民が、白い肌の無能な貴族に命令を下すことに――公然と異を唱える。
そうした、歪んだ風潮がいまだに存在する。
「まあ、防具の性能と運――乳の大きさに助けられたようなものですかねえ」
「違う――貴官ら全員のことだ。その魔族は〝サムエル〟と名乗った。間違いないか?」
「はい」
「彼は魔界連邦の中核州を束ねる藩王の嫡子だぞ――ふたつ名は〝宵の明星〟だったか」
「えっ!? マジかよ!」
「口を慎め、若造――どこに耳がついてるかわからんのだ」
「……失礼しました、大佐」
「統合参謀本部からも、貴官らハーレークイン小隊に休息を取らせよとのことだ――私からも異論はない。しかし、スミス大尉。貴官には副官が不在の間、溜め込んだ書類を提出してもらう。それとも赤い罫線の紙切れがいいか?」
ヨハンは瞬いた。
「そんな、俺だけ休暇は返上ですかっ? いっぱい戦ったのに! オマケにスケベな女騎士の乳袋でパフパフ・チケットも反故にされたし! あんまりです、大佐。だいたい……」
そう異議を唱えたが、上官が机の上に見慣れた箱を置くと、
「あらら」と口をつぐんだ。
ボーマン大佐は箱を開いて言う。
「私のシガーボックスから葉巻をくすねておいて、ただで済むと思ったか? もういい、失せろ! 貴様の御託には付き合わん!」
ヨハンは敬礼して踵を返した。
「……」
不出来な部下を執務室から叩き出すと、ボーマン大佐はため息をつく。
彼の机には――旧知の友人から貰った情報をまとめた、油紙の茶封筒がある。
中身は先日の作戦に関する資料だ。
発端は、古代遺跡の調査に向かった学者とその護衛が消息を経ち――戦闘捜索救難部隊が正体不明の軍に急襲されたことだった。
その敵の正体を見極めるために、ヨハンたち――ハーレークイン小隊は、統合参謀本部の命令で現地に送られた。
そこで彼らは、魔界の藩王公子サムエルの近衛部隊と交戦し――これと痛み分けをした。
ところが、奇妙なことがある。
最初に、古代遺跡を調査しに行った学者とその護衛に関する情報が――全て出鱈目だった。
その上、遺跡にはここ数ヶ月にわたって――化学兵器に転用可能な、材料が少量ずつ搬入された形跡があった。
偽旗作戦はともかく、あの古代遺跡を隠れ蓑にして帝国が化学兵器を研究していた可能性は高い。
それを察知した魔界の貴公子、サムエルが自ら軍を率いて――帝国の非人道作戦を妨害しにきたのではないか。
ハーレークイン小隊への出撃命令は、統合参謀本部から出ている。
ということは、捏造された情報と不確かな敵のために――ヨハンたちは死地に駆り出されたことになる。
「まったく、わけがわからん」
基地司令の執務室を出たヨハンは、ポケットからいつもの細巻きではなく――大佐が愛煙している大ぶりの葉巻を取り出した。
自分の立場や状況を知らない彼は、呑気なものだ。
「持つべきものは、残業代の先払いをしてくれる上官だ――ぬへへ♪」
兵舎に戻るとヨハンはいつもの談話室に部下たちを集めて、交代で休暇をとらせると告げた。
部下の半分が陽気に兵舎を出ていく声と、シニアの暇乞いの挨拶を聞き――ヨハンは机に向かった。
机の上にあるカップで、ソフィアは湯浴みをしながら、
「また間違ってる――こんどは綴りが」と無防備な裸を晒して言った。




