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ハーレークインたちの外交儀礼【隔日夜更新】  作者: Fughse
第5章 コラテラルダメージは保険の適用外

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挿絵(By みてみん)

《ホッグ・スリーよりワンへ――目標に効果あり、効果あり。ハーレークイン小隊に警告しますか?》

《無用ぞ――そも、彼奴らはそれどころではなかろう》

 ホッグ隊の指揮官――リョーエン大尉が言った通りだ。

 ヨハンたちに応える余裕はなかった。

「みんな逃げるぞ――とにかく、今は斜面をのぼれ! 全力で〝Bダッシュ〟だ!」

 彼は後続の味方――ブラボー・チームに、谷筋に降りないよう注意する。

「ブラボーへ――シックスだ。斜面をトラバースして、地点〝ヴァレンシア〟で合流だ。ブレイク、エコーへ。〝ウプスラ〟を放棄しろ! LZは当初の〝ワシントン〟から〝クサンティッペ〟へ変更する! シックス、アウト」

 併せて、エコー・チームにも合流地点を変更すると伝えた。

 端末水晶の通信を閉じ、ヨハンはメイソンたちとともに――怪我をしたミリアムを引っ張り上げていく。

 間もなく、離れた場所にいるはずの魔族の少年の声が――聞こえてくる。

《愚かな人間たちよ――君たちを葬る、僕の名を恐怖とともに胸に刻むがいい。僕はサムエル、宵の明星を司る真の魔族だ》

 少年の甘い声が耳元で囁かれると、頭上で暗雲が立ち込めていく。

 それとともに、稲光が輝き――砲声のような轟音が轟きはじめた。

「や!」

 妖精の少女――ソフィアが瞠目して、両手で耳を塞いだ。

 彼女は雷が嫌いだ。

 いつか、ヨハンはその母親――妖精族のエインセル婦人から聞かされたことがある。

 野戦服のポケットを指さすと、

「ん」と言って、彼女はそこに滑り込んできた。

《我が霹靂にひれ伏すがいい》

 雷雲を呼び寄せて、狙った場所に雷を落とす――これがサムエルの極大呪文のひとつだ。

 人間の姿のままで、こんなことをできる――魔族の中でも絶大な力を持つ〝使徒〟は計り知れない力を持っているようだ。

 しかし、

「おや?」とサムエルは妙な物音に首を傾げた。

 照準を合わせて、ヨハンたちに雷撃を見舞おうとしたとき。

 谷筋に立つ彼の背後に、突如として轟音を響かせながら土石流が流れこんできた。

「ダムを破壊したということは――証拠隠滅? いや、もっと根が深いのか」

 サムエルは、必死でミリアムを引っ張り上げているヨハンを見上げた。

 目が合うと、彼は指を2本立ててサムエルに向けた。

「……」

 勝利宣言かと思えば、手首を返してそれを反対にする。

 帝国の下町では伝統の――相手を罵倒するときに使う最上級の合図だ。

「素敵な宣戦布告だ――また会おう」

 サムエルが推察した通りだ。

 ヨハンは谷筋にあるダム湖を固めている土壁を、上空にいるサンダーボルトⅡ級の飛竜たちに攻撃させた。

 その結果、決壊したダムからは大量の土石流が谷筋に流れ込んでくる。

「……」

 微笑したサムエルは、振り上げた拳をそのままにした。

 彼はヨハンたちにあえて雷撃を落とさず、土石流の濁流に呑み込まれていく。

 ヨハンたちから見えない位置で、巨大な光で覆われた――3対6枚からなる〝熾天使の翼〟が水面から現れた。

 みるみるうちに水量が増して、そこには濁った川が現れる。



 追手がないことを確認したヨハンたちは、ブラボー・チームと〝ヴァレンシア〟で合流した。

 それから、予備の着陸地点である〝クサンティッペ〟で、シニアたちのエコー・チームと再編成を果たす。

 大型輸送飛竜、バンジョウ大尉を誘導してくれたのはシニアだった。

 その道すがら、メイソン1等軍曹が――先ほど魔族の少年から聞かされたことを話す。

 帝国陸軍が目論んでいたという、不可解な〝偽旗作戦〟と――ダム湖で使用する寸前で阻止された〝化学兵器〟の件だ。

 帝国軍は、停戦に隠れて――実は遺跡で化学兵器を密造していた疑い。

 それらの非人道作戦を阻止するために、魔族は自ら精鋭軍を率いて――停戦を反故にする危険を冒して、帝国領へ不法越境してきたのではないか。

「俺が知るか!」

 ヨハンは吐き捨てるように言って、続ける。

「魔族の御託を聞くほど、暇じゃねえ!」

「……ですよね」

 戦場経験の長いメイソンは、それでも腑に落ちない様子だ。

 だが、上官と同じく魔族の少年の話よりも――深刻で心配なことが目の前にある。

 ミリアムの容態だ。

 キャビンの中での救命処置が、辛うじて間に合った。

 副官である新任の少尉の額に浮かぶ汗を拭きながら、妖精の少女が訊く。

「ミリアム少尉――痛い? モルヒネをもっと足す?」

 そう訊かれた彼女は、目を閉じたまま血の気を失った――青い顔で言う。

「いいや、エインセル准尉――モルヒネの追加投与は心拍数が下がって危険だ。このままでいい。貴官の心配だけで、充分だ」

 医療担当の彼女らしい、冷静な自己診断だろう。

 顔色は悪いものの、その表情は――かすかな微笑を浮かべている。

 おそらく、心配するソフィアを安心させたいのだろう。

「寝てて――もう答えなくていいから」

 ミリアムの容態は命に別状ない。 

 とはいえ深手には違いなかった。

 しばらく静養する必要があるだろう。


 落ち着いたところで、シニアがヨハンに訊く。

「ところで、大尉」

「ん?」

「HVT――目標はどうされましたか?」

「あ……」

 ヨハンは火をつけようとした細巻きを取り落した。

 指揮官に代わって、ソフィアが答える。

「目標〝来訪者〟なら――今頃はあの土石流に流されてる」

 元々は古代遺跡で敵に狙われた〝来訪者〟を確保することが任務だった。

 想定外の事態が連続したため、ヨハンはそれを放棄したことになる。

 上級曹長が渋い顔をした。

「……大尉」

「いやだって、仕方ないだろっ!? 魔族だぞ、それも〝使徒〟っぽいやつ! マジもんの! あんなヤバイのに絡まれて、こっちは大変だったんだ!」

 ヨハンは情けない声を上げて、弁解した。

 しばらくして、シニアは嘆息まじりに言う。

「またしても〝コラテラル・ダメージ〟ですか?」

 ヨハンは大きく頷く。

「そうそうそれ――っていうか、どーせまた転生だか、転移すんだろ? 〝来訪者〟って。じゃあ、いいじゃん? それに、上から言われた通り〝誰にも渡さなかった〟し。〝魔族の大魔法のせい〟でしらばっくれようぜ! だめ?」

「小官はなにも聞かなかったことにいたします――それから、これは独り言ですが〝空軍の近接航空支援の際に使用されたマーク84が、魔族のアストロミック・スペルの影響によって、上流のダムを誤爆した可能性〟もあるかもしれません」

「さすがシニアだ! ぬへへ」

 ヨハンは誤魔化すためか。

 いつもの赤いラジカセを繋いで、テープを回す。

「ポチッとな♪」

 この場にまったく相応しくない、明るいドラムソロと脳天気なシンセサイザーのイントロ。

 そして〝歌〟がはじまる。


   言わせないで あたしが未熟なんて♪

   足元も覚束ないの あなたのせいで♪

   マイペースでいいじゃん それが私♪

   遠くへつれてって テークオンミー♪

   賭けるなら、安牌なんて切らないで♪

   遠くへつれてって テークオンミー♪

   いなくなっちゃうよ 待たないもん♪

「トゥル・トゥルットゥー♡ パラ・パ・パッパー♪」


 不謹慎な合いの手を挟んだのは、もちろんヨハンだ。

 歌詞から察するところ、この小隊長はまったく反省していない。

 その上、彼は言う。

「まあ、水に流せってこった」

「泥水だったけど?」

「戦争に綺麗事は通じないんだ」

「ふーん?」

 ヨハンとソフィアが、いつもの調子で言い合った。

 だが、部下たちは疲れ切っており――誰も何も言わなかった。

 代わりに妖精の少女が愚痴をこぼす。

「報告書は長くなりそう――ヨハンのせいで」

 その小言を聞いた小隊長が呟く。

「マジぴえん」


第5章 コラテラルダメージは保険の適用外

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