08
地面を抉る、連続爆発が立て続けに起きた。
西から東にかけてのひと薙ぎ。
次に、南から北へかけての掃射。
1秒ほど間をおいて、低周波のノイズのような発砲音のうねりが上空から響く――無慈悲な殺傷力を雄弁に語った。
着弾したのは、魔族の少年がいた辺りだ。
サンダーボルトⅡ級飛竜、ホッグ中隊の近接航空支援による斉射の結果。
彼の従えていた人間の兵は、残らず吹き飛ばされた。
「無事かっ!?」
やや離れた場所から、擲弾筒を片手にヨハンが本隊と駆けてくるのが見えた。
先ほどの赤い煙幕弾でわかる。
〝アベンジャー〟を誘導したのは、彼に間違いない。
到着が早く、後続がいない――ということは、彼はブラボー・チームとの合流を待たず。
本隊の4人のみで追いかけてきたのだ。
ミリアムの意識がはっきりしていたら、おそらくその無謀な行動に――いつもの小言をはじめるところだろう。
彼女に代わって、メイソンが声を張り上げる。
「無茶しすぎです! 大尉! どこまで馬鹿なんですかっ!? もう少しで、俺たちのほうがアベンジャーで吹っ飛ぶところでしたよ!」
そう抗議したものの、メイソンの表情は明るい。
世界大戦の末期に、中尉の新任中隊長だった頃からそうだ。
彼は普段は不品行を重ねて、戦場では概ね模範的に戦う。
無茶をするのは常に、仲間の命が危険に晒されたときに限る――そして必ず陣頭に立つ。
そのため、ヨハンは前線の兵や下士官からは絶大な信頼を寄せられ――同時に佐官や将官たちからは疎まれ、忌み嫌われた。
「魔族の糞ったれはどこだっ!? いまので始末できたか?」
「あいにく――僕はまだここにいるよ」
サンダーボルトⅡ級の飛竜たちが放つ、大口径機関砲の連続する直撃だったはずだ。
その絶大な火力を、魔族の少年は生身のまま耐え抜いたのか。
どうやって凌いだのか見当もつかない。
だが、服には焦げ跡ひとつとして見られない。
「君が指揮官かね? 状況は変わらないと理解したら、降伏したまえ――停戦合意に基づいて階級に相応しい待遇を約束……」
「話が長ぇ! ペンテコステ派のラジオ伝道師かよ! 手前ぇは!」
ヨハンは魔族の少年の降伏勧告を無視した。
その上、小銃で狙いをつけるなり――弾倉の残弾を一気に速射した。
しかし、魔族の少年には銃弾が効かないのか――やはり無傷だ。
「今畜生! 不意打ちしたのに! ノーダメなんて――ずるいぞ!」
ヨハンが自分の所業を棚上げにして喚いた。
何らかの方法で銃撃を無力化した魔族の少年は言う。
「人間の下劣さのカリカチュアだね、君は――交渉を拒絶するなら、やむを得まい。僕の近衛たちのように、君らにも一方的な死を与えよう。偽旗作戦と化学兵器密造の件は、搦め手で裏を取らせてもらう」
魔族の少年は両手を合わせて、指を組み合わせる。
ヨハンたちにはまったく聞き取れない言語で、謳い上げるように何事かを呟きはじめる。
「これは古代魔術の詠唱――彼はアストロミック・スペル、極大呪文を使おうとしている」
ソフィアが警告した。
その間にも魔族の少年の周囲に、詠唱によって徐々に古代語の数式に則った魔法陣が描かれ始めていく。
「あの野郎の弱点はなんだっ!? 十字架か! ニンニクか! それとも、賛美歌か! 誰か、歌えるやついないかっ!? 俺は〝変人アル〟の替え歌の方しか知らないんだ!」
無力な指揮官が喚いている肩の上で、妖精の少女が事態の深刻さに追い打ちをかける。
「極大魔術は術者本人が魔法陣の中心になって、4精霊の力を1点に集中して周囲に無差別に作用する――つまり、逃げ場はない。彼が予告した通り」
「ちょい待て、4精霊うんたらなら――お前さんがガチれば、妨害できんだろ? 本気だせや! メスガキちゃん!」
「やってる――追いつかないだけ」
「帰ったら早口言葉の練習させるからな!」
「……」
絶体絶命だというのに、緊張感に乏しい上官の代わりに――妖精の少女は嘆息を漏らした。
その時、
《……ックス――シックス。こちら、ハーレークイン・ファイブ。感明を送れ》と呼ぶ声がした。
端末水晶の通信が回復したのか。
シニアからの通信が届いた。
「なんでだ? 急に直ったぞ」
ヨハンが首を傾げると、ソフィアが答える。
「おそらく、通信帯域を妨害していた本人が――別の呪文を発動しようとしている」
「あの魔族のガキか――なら、上のホッグにも繋がるだろっ!?」
「彼に通常火器は通用しない」
「いいからやれ! チャンネル0―81だ!」
そう言いながら、彼は野戦服と防具の間に挟んでいた地図を広げる。
ソフィアは上官に強い口調で命じられるまま、再びホッグ・ワン――リョーエン大尉との間に通信を繋いだ。
地図を広げて、現在位置と攻撃目標を割り出したヨハンは言う。
「ホッグ・ワン、ホッグ・ワン! こちらハーレークイン・シックス! 至急、CASを要請! ブレイク、攻撃座標は――538―942、538―942! 南から進入し、マーク84を全弾投下しろ! ブレイク、上空のハーキュリーズに告ぐ。バンジョウ大尉は東にトラフィックをとって、南に旋回して退避! ハーレークイン・シックス、アウト!」
ヨハンは攻撃座標を指示した。
横軸と縦軸を3桁ずつ、ということは――コンマ1クリックの範囲だ。
人体を目標にするにしては、大雑把すぎる指示だろう。
それから、時間を稼ぐために、
「スモーク・アウト!」と言って、擲弾筒に白の煙幕弾を込めて撃った。
極大呪文の詠唱に入った魔族の少年に向かって、煙幕弾は緩い放物線を描きながら飛んでいく。
指揮官に倣って、擲弾筒を携帯していた部下も煙幕弾を撃つ。
辺りは濃霧のような煙が、風にのって充満していった。
《ハーレークイン・シックスへ――ホッグ隊は了解した。これより支援を開始する。南から侵入。ブレイク、ホッグ・スリーはFACを務めよ。先行して、目標指示スモークを撃て。以後は貴官にBDAを一任する。残りは我に続け。全騎マスターアームを再びオン》
サンダーボルトⅡ級、近接航空支援型飛竜の爆弾搭載量は最大で7トン強。
重量と飛行バランスの関係で、マーク84と称される2000ポンド爆弾は1騎につき3発が限界となる。
4騎編隊で飛ぶホッグたちが、合計で9発の爆弾を使用するはずだ。
「逃げろ! 漕げ漕げ! ボート漕げだ! お嬢さんたち!」
「ヨハン、さっきの座標は間違ってる――彼には命中しない」
「……まさか大尉」
ソフィアの忠告を聞いて、メイソンが何かを察した。
その間にも、端末水晶を通じて――航空支援に来ている飛竜たちの交信が、ヨハンの端末にも混信してくる。
《ボムズ・アウェイ、ボムズ・アウェイ――ホッグ・スリーに告ぐ、爆撃効果判定をせよ。我らはもう一周し、次はマーク82だ。ツーとフォーも続け。各機6発、全弾を投下》
どうやら、ホッグ中隊もヨハンの意図を理解したらしい。
彼らは軽量だがより搭載数の多い、マーク82――500ポンド爆弾を18発、追加で投射するようだ。
数秒ほどおいて、遠くから遠雷のような轟音と地響きが――立て続けに聞こえてくる。




