07
目標を確保した、ミリアムたちのアルファ・チーム。
彼らは予定の経路を辿って移動中だ。
唐突に端末水晶が不具合を起こし、
「アンダー・ファイア!」と誰かが敵からの攻撃を報告した。
伏兵に遭ったとわかり、
「防御態勢! 敵は北東! 距離は至近!」とミリアムは、部下たちに指示を下した。
担架ごと奪取した目標を木陰に隠し、自分たちも遮蔽物で身を守る。
「っ!」
敵のいそうな方角に見当をつけて速射する。
それに呼応して、敵の放つ銃弾が空気を切り裂く甲高い音がした。
耳の近くや頭上を、敵による無言の殺意が通り過ぎる。
背後からは斜面に着弾した時に立つ、乾いた枝を折るような音が続く。
彼女は遮蔽物にした木の幹に平手をついた。
その手の親指と人差し指で輪をかたどって――自動小銃を簡易的に固定する。
「……」
銃を構えながら、身体を傾けつつ片目で覗くように窺う。
木立の向こう――谷筋をはさんだ、反対側の斜面から撃たれているのがわかった。
「……っ」
照門と照星を敵と重ねて、目の焦点を照星に集中させる。
標的がぼやけたところで引き金を静かに絞る。
敵を1人倒したところで、ミリアムは端末水晶をとって――指揮官に状況を報告、応援を頼もうとした時だ。
不具合を起こした端末水晶が、果たして機能するかどうか。
その不安がよぎった。
それが一瞬の隙を生んだ。
「っ!」
彼女は汗に濡れたような、不快感を脇腹に感じた。
防具の合金製の抗弾プレートを避けて、横向きの銃弾と破片がめり込んだ。
別の木に当たった跳弾が、運悪く飛んできたのだろう。
血の染みが野戦服に広がりはじめる。
〝撃たれた〟
そう自覚したとたん、ミリアムは脳裏に様々なことがよぎっていく。
部下たちの無事。
目標に流れ弾が当たっていないか。
傷の深さ。
そして指揮官、ヨハンはどこにいるのだろうか――と。
「少尉! シメオン少尉殿! 急所は逸れてます! お気をたしかに!」
ミリアムをメイソンが呼んだ。
彼は危険に身を晒すのを覚悟で、散発的な銃撃を受けつつ駆けつけてきた。
「すまない――1等軍曹」
「いいから傷の圧迫を――撃たれたらそうしろって、あなたが教えたんでしょうがっ! 俺たちに!」
「そうだった……」
メイソンは手際よく、サージカル手袋を着けて――ミリアムの防具と装具をはずした。
それから服を切り、傷の具合を診る。
ミリアムは自分の手で脇腹を押さえた。
手で押さえると血の滲みがどんどん広がっていく。
その瞬間、火傷に火を近づけたような――激しい痛みが彼女を襲った。
「っ!」
「だめです! しっかり押さえて!」
メイソンが代わって傷口を圧迫してくる。
「いいから、1等軍曹――そなたも、各個に反撃せよ。守勢にまわると、目標が危険だ」
痛みのせいか、腹筋に変な力が入る――そのため、いつもの凛とした声が張れなかった。
代わりに先任の下士官が大声を出す。
「分隊! 制圧射撃をしながら、スモーク展開! ソフトカバーを作れ!」
メイソンは仲間に呼びかけて、煙幕を張るように指示した。
「ポッピン・スモーク!」
その掛け声で誰かが煙幕手榴弾を投げた。
また、擲弾筒を構える別の仲間が、
「スモークアウト!」と言って煙幕弾を敵の位置に放った。
その間に、メイソンはミリアムの服の下に手を入れる。
「触りますよ――少尉」
身体を両手で撫でまわすように、腹部から胸の上――次に腰から背中の上を調べた。
同様に下半身も足首から膝、太ももから股にかけて――出血や傷の有無を調べる。
「……う」
「駄目です――じっとして。傷は盲管銃創のみ。貫通していません」
「跳弾で、低威力――だった、はず」
短く区切るように、ミリアムは答えた。
おそらく弾丸は横向きになって、内臓の手前で止まっている。
止血剤と血液凝固剤がガーゼと一体化した、銃創用の自己粘着包帯を腹部に巻く。
止血の処置をしてから、モルヒネと抗生物質を注射器で投与した。
こうなったら、ここを動くことは難しい。
となれば、こちらに向かっている――ヨハンたち本隊とブラボー・チームを待つ他ない。
ミリアムの傷は急所をはずれていたものの、出血が多い――早急に外科手術が必要だ。
煙幕が囲む中、
〝徐々に敵が距離を詰めてくる〟と仲間が知らせてきた。
同じ頃、ヨハンたちはアルファ・チームが釘付けにされている場所へ――移動中だった。
「ホーキンス! 俺の背中から鏡とパラコードをとってくれ――サバイバルキットに入ってる」
ヨハンは部下に背嚢から、中心に孔のあいた信号用の鏡を取り出してもらう。
「これ持って、木の上まで翔べるかっ!?」
彼はそれに短く切った紐を結んで、ソフィアに差し出した。
「ん」
妖精の少女は肩からそれを掛けて、背中から生えるアゲハ蝶のような翅を震わせた。
「私が絶対に助ける」
ソフィアは誰にも聞こえない、小さな声で呟いた。
負傷していてもミリアムは冷静に自己診断をする。
「ひどく寒い――失血性のショック症状だ……」
「わかってます――少しご辛抱を」
そう言いながら、メイソンは自分の背嚢から雨具を取り出して――ミリアムの身体を包む。
被弾したミリアムの応急処置を、メイソン1等軍曹がしているときだった。
敵の攻撃が止まったところで、
「帝国軍よ――抵抗はやめたまえ」と呼びかけられた。
戦場に似つかわしくない、穏やかな少年の声だ。
メイソンが木の陰から覗くと、平服――チャコールグレイの3つ揃いを着た少年がいた。
浅黒い肌を輝かせながら彼は言う。
「これ以上、その女の子の血を流してはだめだ――投降してくれないかな? 誇りにかけて、決して、悪いようにしない。この僕が約束しよう。なにしろ、君たちからは自国のダムに〝なぜ化学兵器を混入させようとしていたか〟誰の命令で、この偽旗作戦に従事しているのかを聞きたいからね。停戦中に古代遺跡に隠れて、化学兵器を密造していたことも問題だ」
「……自国のダム?」
「化学兵器? 何の話だ?」
仲間たちは口々に、首を傾げていた。
それよりも目前の現実――敵の方が問題である。
まるで悪い夢だ。
敵の軍を背後に従えているのは――普通の少年にしか見えなかった。
しかし、メイソンは長らく軍隊にいる。
大戦中の初期――軍曹になりたての彼は1度だけ魔族を見たことがある。
帝国に恭順する竜族と同じく、普段は人の姿をしているが――ひとたび、封印を解いて真の姿になれば、絶大な魔力と局所的な災害のような、苛烈な攻撃をしてくる。
とりわけ〝使徒〟の一族が最も危険視される。
なにより、彼らは封印された人の姿のままでも――強力な魔法攻撃をしてくるのだから。
「僕の名は……」
魔族の少年が名乗ろうとしたとき、
「ん?」と彼は首をかしげた。
その足元から、赤い煙幕が立ち上る。
空軍との合同演習で、メイソンたちはそれをよく目にした。
昼間の赤い煙。
それは上空の飛竜に対して、近接航空支援の際に指示する〝攻撃目標〟だ。
「不味い! 伏せろ! デンジャー・クロース! アベンジャーが来る!」
そう言って、メイソンはミリアムをかばうようにして――覆いかぶさった。
同時に別の仲間――擲弾手が、
「フレア・アウト! カラー、グリーン!」と言った。
彼は真上に向けて、緑色に発光する信号弾を撃った。
飛竜に誤爆や誤射を避けてもらう、味方の位置を知らせるための手順だ。
間もなく、ミリアムやメイソンたちアルファ・チームの上空――背後から1騎の飛竜が急降下してきた。
ホッグ中隊、サンダーボルトⅡ級の騎影が通り過ぎる。
その主砲である〝アベンジャー〟が放たれた。
毎分3900発、1発1発が手榴弾の威力に匹敵する――砲弾の豪雨が2度に区切られて降った。




