03
しばらく行軍していると、斥候から止まるよう、手信号の指示が伝わった。
何者かの足跡を見つけたという。
副官のミリアムと小隊軍曹のシニアに全周警戒を任せ、ヨハンは前に出た。
彼は狙撃班の観測手――スポッターである、斥候のコワルスキーに合流すると、
「どう思う?」と訊いた。
狙撃手と組む観測手は、軍の中でも主計科に準ずるほど地味な役職だろう。
しかし、狙撃手を長く経験した――真の精鋭にしか務まらない。
狙撃を任務とする者は、ほとんど2人だけで敵地の深くに侵入する。
僅かな痕跡も見逃さないように訓練を受けている。
観測手は狙撃手が〝仕事〟だけに専念できるよう、導くのが最大の任務だ。
360度を常に警戒し、必要があれば邪魔者を始末する役目をも担う。
彼らは目立たないだけで、隠密潜入と脱出の専門家だった。
「1人ですね――軍靴とは違います」
ヨハンも周囲を見る。
コワルスキーは、銃剣を使って等間隔に地面に引いた線を参考にしている。
2人は揃って、地面に頬ずりするようにして――足跡を確認する。
たしかに1人だけのようだ。
偶然ここに入り込んだ、現地の住人だろうか。
「いいえ、現地人ではなさそうです――足跡の枠に対して、ブロックパターンがひとまわり小さいでしょう?」
「高い革靴にありがちなやつだな――革の靴底の裏に滑り止めのゴム底をあとから貼り付ける、アレだ」
「はい――体重は115から120ポンド。身長はおよそ5フィート5から6インチ。大尉とそれよりちょっと小柄な、少尉のちょうど中間くらいの背丈です」
コワルスキーは足跡の深さと歩幅を元に、その主の特徴を分析して言った。
「俺の背をバラすな――せっかく5フィート8ってサバよんでるのに」
「正確には5フィート6・93インチ――ブーツの底を足して5フィート8に一致。つまり見栄っ張り」
間にソフィアが割り込んできた。
「おいやめろ! とにかく――場違いだな」
「しかも、そこからここまで、ちょっと歩いて――1歩だけ踏み込んだところで、足跡は消えちゃってるんですよ。空に飛んでったみたいに」
「止め足からの〝釣り針〟って線は?」
ヨハンは訊いた。
止め足というものは、動物などがよくやる――自分の足跡を辿って後退して痕跡を隠す技だ。
釣り針は痕跡を隠して迂回してから待ち伏せする――ゲリラの戦法だ。
「いいえ――大尉」
コワルスキーは首を振った。
「まるでバーバ・ヤーガだ」
コワルスキーが育った、この地域ではそういう名前の怪物がいるという伝説があった。
もちろん、おとぎ話にすぎない。
彼はたんに得体の知れないものをそう表したつもりだろう。
「そのお化けって――黒のスーツ着てて、特注のカスタム拳銃を持ってる、鉛筆1本で3人も殺せるヤバいやつじゃないだろうな?」
ヨハンの無駄口に、コワルスキーは笑って返す。
「なんですかそれ――大尉じゃあるまいし。あ、バーバ・ヤーガが持ってるのはキネとホウキです」
そこにソフィアも割り込んでくる。
「ヨハンは鉛筆で3人も殺したの?」
「俺のときはシャンパン・グラスだ――こう、いい感じに折ってからプスッとやった♪」
「ふーん」
さしあたって驚異にはならないと判断し、ヨハンたちは先に進むことにした。
古代遺跡に近づくにつれて、少しずつだが敵の痕跡が見つかりはじめた。
ヨハンたちは遺跡の出入り口を射程におさめる――小高い場所に本陣を兼ねた、指揮所を置いた。
それから地形を利用して、簡易的な防御陣地を構築する。
こういう偵察任務の際、防御力はあまり重視されない――何よりも見つからないことが最優先だ。
現地の植生を観察し、それに溶け込むよう――偽装網とオリーブ色のパラコードで、木の枝や葉を被せていく。
「お昼寝用のハンモックは?」
ソフィアが訊いた。
「ほらよ――メスガキ妖精ちゃん」
ヨハンは予備のバンダナにパラシュート紐を結んで、枝と枝の間に渡した。
「ん――まあまあ」
妖精の少女は満足そうに頷いている。
火の扱いには細心の注意が要る。
だが、糧食の簡易炊爨や衛生管理のためにはお湯が不可欠だ。
そのため、穴を2つ掘り――地中でトンネルをつなぐ、ダコタ式のカマドを彼らは作ることが多い。
こうして陣地ができたところで、次の行動に移る。
分隊をさらに分割し、4人組で構成される複数の小銃班を斥候として周囲に派遣したところだ。
少なくとも中隊規模、2百人近い敵が――既に遺跡に入り込んでいると見られた。
それとともに、交戦の形跡も見つけた。
周りに帝国陸軍の戦闘捜索救難部隊――また、調査団とその護衛の傭兵と思しき遺体もあった。
それらの位置情報を記録させ、偵察から戻った部下たちは休息をとらせている。
シニアに部下を6人預け、退路を確保するよう命じた。
それから、ヨハンは偵察として、遺跡の様子を見る。
監視をはじめてから、半日近くが経つ。
「……」
ミリアムは、遺跡への突入を進言すべきかどうか迷っていた。
敵がもっと寡兵であれば、彼女はすぐにそうしたいところだ。
しかし、現状の情報では彼我の戦力差は――8倍の人数差がある。
正面から撃ち合えば――鏖殺されるのは目に見えている。
かといって、敵が出てくるところをシラミ潰しにするのも難しい。
攻撃を受ければ、敵は遺跡の中に立てこもってしまうだろう。
そうなれば、互いに消耗戦を強いられ――結局は兵力の大きい方が優位に立つ。
飛竜の航空支援、あるいは後方基地の砲兵隊に火力支援を頼めば――火力では優位に立てる。
しかし、それでは救出目標が、爆撃に巻き込まれてしまうだろう。
常識的に考えるならば、
「ここは援軍を要請してはいかがでしょう?」とミリアムは進言した。
「それはいいけど――到着するまで敵にも待ってて貰えないか、誰が頼むんだ?」
「しかし、なにもしないよりは」
ミリアムは内心の苛立ちを抑えつつ言った。
自分の案を却下したということは――この上官は代案を持っているはずだ。
なければ、あらためて副官の権限で援軍の要請を正式に諫言すればいい。
ヨハンは短くなった細巻きを地面に捨てて言う。
「じゃあ、やるか――少尉、班長たちを招集してくれ。警戒線はそのまま維持しろ」
「了解いたしました、大尉」
敬礼して、ミリアムは踵を返した。
彼女は静かな小走りで、周囲に展開している小隊の部下を呼びに行く。
退屈な哨戒と偵察、監視からの解放――待ちわびた戦闘を予感してか、その足取りは軽い。
その後ろ姿を一瞥して、ヨハンは笑みを浮かべて言う。
「はりきっちゃてまあ――お尻を揺らして、かわゆいこと♡」
「他に褒め方を知らないの?」
ハンモックに揺られる妖精の少女が、冷徹な声で――彼の不品行を窘めた。




