01
2つめの実戦任務が始まる前。
「大尉! なにをしてらっしゃるのですかっ!?」
「なにって、見りゃわかんだろ? 仕事サボってんだ♪」
「まったくもう! また、こんなに書類を溜めてるんですか――小官まで、ボーマン大佐に叱られるんですよ?」
「上官の身代わりで偉いさんのお小言を頂戴するのと、ヘマした上官の身代わりになるのが副官の仕事なんだぜ♡」
「違います! 絶対、違います!」
「ヨハンのせいで、また――お風呂に入るのが遅くなりそう」
例によって、2人の乙女たちに不品行を咎められていたとき。
シニアが士官の執務室に現れた。
「大尉――統合参謀本部に可及的速やかに出頭せよ、とのことです」
「げげ――絶対、悪い知らせだこれ。あそこに行って、良い話を聞いたためしがないもん」
彼は助けを求めるように、ミリアムを見た。
彼女は目が合うと、
「小官はこれより、大尉が溜め込んだ――これらの大事な文書を仕上げ、大佐に提出せねばなりません」と言って、書類の束を机からかき集めた。
次にソフィアを見る。
妖精の彼女は人間用のペンを抱えて、文書の上で――踊るようにペン先を走らせている。
「私も忙しい――そもそも准士官待遇の軍属に、命令を受領する権限はない」
「あー、もうっ」
彼は諦めて、椅子の背もたれにかけてある――丈の短いトレンチ・コートを掴んだ。
「俺とシニアは〝ルビャンカ〟に行ってくる――留守の間、指揮権は少尉に一時的に移譲。シニア!」
「はい――お供します」
慌ただしく支度をする上官と、その付添の上級曹長がいなくなった。
執務室には急に静寂が訪れる。
「統合参謀本部を、よりにもよって〝ルビャンカ〟と称するとは――まったく、大尉ときたら」
書類仕事にかかりながら、ミリアムは呆れた。
その名前の施設は、帝国史のどこにも記載されていない。
ただし、民間の伝承として残っている。
千年前の世界大戦の頃。
当時の帝国軍が捕虜にした〝魔界の原住民を虐殺した〟という、いわくつきの施設をルビャンカと称する。
「ヨハンにしては教養のある皮肉」
妖精の少女が辛辣な口調で上官を〝褒め〟た。
「不謹慎すぎるではないかっ」
清廉潔白にして由緒正しい伯爵家の令嬢はそう言って、かねてから抱いていた疑問を同僚にぶつける。
「そういえば、大尉と貴官は親しげだが――付き合いは長いのか?」
「違う――知り合ったのは、ミリアム少尉と同じ時期」
彼女は簡潔に、どうやって自分が小隊に加わったか――その経緯を話した。
ヨハンの口説き文句はこうだった。
〝俺といっしょにヒャッハーしようぜ! 戦争は楽しいぞ!〟
〝次の戦争と、その次の戦争のためだ♪〟
極めつけに、彼はこう言った。
〝この文書を燃やされたくなかったら、俺の部下になれ――軍属の扱いで、階級と待遇は准尉。仕事は通信・分析担当の特務と、貴重なパンチラ要員だ♪〟
ミリアムは呆れ返って二の句が継げない様子である。
「……」
「そうして、私はヨハンに隷属する契約で軍に入った。だから軍属の扱いなの」
ミリアムの手がいつの間にか止まっていた。
何度かその話は耳にしたものの。
てっきりそれは、妖精族一流の比喩表現だと――ミリアムは思っていた。
「妖精族全体の市民権と引換に、貴官を軍属とさせるなんて――ましてや、陛下の御手によって認められた御親筆の公文書に火をつけようとするなど……」
一体、あの上官はどこまで気が触れているのだろうか。
ミリアムは口にしかけた。
その様子を観察していたソフィアもまた――書類の上で〝踊る〟のをやめていた。
「どうかした? ミリアム少尉」
「あ、いや――貴官たちの関係がその、我ら人間のとは少々、異なっているような気がして」
「ふーん」
冷たい赤い宝石の瞳が、ミリアムを見上げた。
「ところで――ミリアム少尉は〝ロンバルディアの貴婦人とシシスベ〟って知ってる?」
その問いかけに彼女は咳き込んだ。
「どこでそんなっ!? ああ、大尉に決まっているな――まったくあの方は、どうしてこう公序良俗に反することばかり、貴官に吹き込むのだろう。まったく」
妖精の少女は同僚を不思議そうに見あげていた。
ヨハンとシニアが戻ったのは、夕刻を過ぎてからだ。
帝都の中枢までは馬車で2時間ほど。
飛竜を使えば15分で行き来できる。
せっかちな彼のことだ。
上官のボーマン大佐と、飛竜のバンジョウ大尉に頼み込んだのだろう。
ということは、かなりの時間を統合参謀本部で過ごしたことになる。
「出動だ」
憔悴したヨハンは執務室に戻ると、ミリアムとソフィアに静かに告げた。
コートを雑に畳んで椅子の背もたれに放った。
それから、机の上に尻を半分だけのせて、細巻きを取り出す。
「古代の遺跡って、帝国に何箇所かあるだろ? たまに来る、ほら、なんていったか――エイリアンじゃなくて。異世界から転移? してくる変な奴ら」
「もしかして〝来訪者〟のこと?」
ソフィアが訊くと、ヨハンは膝を叩いた。
「そう、それ――それの調査に向かった学者さんと、護衛の傭兵どもが消息不明になったらしい」
ヨハンが話している間に、シニアは執務室から地図の巻物をいくつか取り出している。
「手伝おう」
「恐縮です――シメオン少尉殿」
シニアが選別した地図を、ミリアムが運んで――余っている机に運ぶ。
地図を広げたところで、上から透明のフィルム上のカバーをかけ――作戦立案の準備が進む。
「統合参謀本部はCSAR――戦闘捜索救難部隊を派遣したが、正体不明の軍に奇襲されて全滅したんだとさ。で、俺たちの出番ってわけだ」
ヨハンはそれから、統合参謀本部から通達された――新しい命令を話した。
任務の内容は、戦闘捜索救難部隊を攻撃した敵勢力の偵察が主だ。
また、敵が魔界連邦の軍だった場合、速やかに排除するたため――空軍による爆撃を誘導すること。
〝敵〟が遺跡に侵入することを阻むのが、最優先だとされた。




